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日本橋七福神

  信仰心は全くないのだが、昨年から年初に日本橋七福めぐり・・・もどきをしている。
 
 以下、日本橋七福神めぐり 公式サイトから抜粋すると・・・・
七福神のいわれ
・七福神への信仰は、室町時代よりはじまり、年々盛んになっています。
・日本橋七福神めぐりは、すべて神社で構成されています。
・巡拝距離も短く、日本で一番巡拝が短時間に参拝できるのが特長でます。
・日本橋通りや人形町通りは、江戸下町の伝統を持つ繁華街。
・懐かしい下町情緒に触れながら、参拝いただけます。
令和7年 日本橋七福神めぐりのお知らせ
 一部神社の混雑緩和の観点から、令和7年正月の日本橋七福神めぐりは下記のとおり開催いたします。
〇日本橋七福神授与品(色紙・宝船)について
「揃いの色紙」(七社押印済)・「揃いの宝船」(七神像と船)を
水天宮・小網神社・松島神社・椙森神社・笠間稲荷神社・末廣神社の6社で授与いたします。
*ご用意数が無くなりましたら終了とさせていただきます。
色紙・宝船 巡拝方式は行いません。
〇各神社 ご参拝は例年通り可能です。
〇正月期間中は各神社とも激しい混雑が予想されます。
境内への入場制限等行う場合がございます。なにとぞご了承ください。
・・・・
 
 七福神の神社は、人形町を中心に、蛎殻町、浜町、堀留町にあり、当家はおおよそその中心であり、どの神社も徒歩数分の範囲だ。
 
 7神社と祭っている七福神は、以下の通り。
   笠間稲荷神社     寿老神
   小網神社       福禄寿
   宝生弁財天水天宮境内 弁財天
   末廣神社       毘沙門天
   椙森神社      恵比寿神
   神社      大国神
   茶ノ木神社     布袋尊

 手始めに2日は、わが家に直ぐ近くの末廣神社に行った。ビルに挟まれ、申し訳程度の小さな神社で、普段は前を歩いても気が付かない。
 「日本橋七福神めぐり 公式サイト」によると・・・・
当社は慶長元年(1596)以前に稲荷祠として鎮座。・・・幕府に仕える武家からの崇敬も篤く、旗下火消頭に庇護や祭事の 奉仕もさせている。毘沙門天の御神徳は勝運向上が有名だが、そ の昔当社は疫病鎮めの信仰も集めたことから病気平癒はもちろん、 厄除け、財運向上、福徳繁栄など多聞天の別名のとおり、今では様々 な御神徳を求めて祈願する参拝客が多い。・・・・
 とあるが、お正月以外に参拝客を見かけることはほとんどない。
この日に限り、数十人が並び、交通整理人も出て大賑わいだ。並ぶほどもなかろうと、写真を数枚撮って、参拝した気分になって終了。

ビルに挟まれる末廣神社

 4日は水天宮に近い茶之木神社に行った。ここは巨大タワマンの隣にあり、神社前にスペースが確保されてオープンな雰囲気だ。
 例によって、「・・・公式祭サイト」によると・・・・
 「お茶ノ木様」と町内の人に親しまれている茶ノ木神社の御祭伸 は倉稲魂大神。昔この土地は徳川時代約三千坪に及ぶ下総佐倉の 城主(十八万石)大老堀田家の上屋敷であって、この神社はその 守護神として祀られたものである。社の周囲に巡らされた土提芝 の上に丸く刈り込まれた茶の木がぐるりと植込まれ、芝と茶の木 の緑が実に見事であったと伝えられている。今でも防災・生産の 神様として信仰を集めている。・・・・
 ここは道路の角に面しよく目立つ。普段でも参拝客を見かけることがあり、それなりに流行っているようだ。4日は想定通り、中々の人出で、2,30人が並んでいる。我々は勿論並ぶつもりはなく、道路の向いから証拠写真を撮って参拝したつもりになり、一件落着。

ビルに囲まれる茶之木神社

 この後、順次頼神社を回るつもりだが、何処も長蛇の列だろうから、道路の向いから証拠写真を撮って済ますことになる。これでご利益があるとは思いにくいが・・・・

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