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ノベルゲーム「ひとつなぐものら」をプレイした者ら

 Vsingerとして活動されている椎名かいねさんが主導し「キネマ灯篭倶楽部」により制作されたノベルゲーム「ひとつなぐものら」をご存じだろうか。YouTubeに印象的なCMが公開されているのでそちらを見てもらいたい。(https://youtu.be/6KVe5MwzfxE?si=3Y_fKwIrIQ-2i_2s
 先日リリースされたこのゲームは、歌手・イラストレーター・声優と、椎名かいねのマルチな才能と熱意が存分に発揮されており、気鋭のクリエイターが織りなす幻惑的な世界観を体感させる印象深い一作であった。

 ここで新たなプレイヤーのために「ひとつなぐものら」がどのような作品であるか懇切丁寧に説明したいところではあるが、著者はゲームをプレイし終えて間もない。面白いゲームを遊んだばっかりの、あの陶酔に似た満足感に酔っ払っているのだ。そこで、ゲームについて紹介するのは公式ホームページに任せ、この記事では興奮ぎみの感想と考察を書き連ねることとしよう(ひとつなぐものら 公式HP (canva.site))。ここから先はネタバレの山、ゲームを遊んでから読むことをおすすめする。



「ひとつなぐものら」をプレイする者らの道程

 筆者である人魚の煮付け(以下”煮付け”とする)は、「ひとつなぐものら」をプレイするに際して、友人であるサルパを私宅に呼びつけた。サルパは煮付けの読書友達であり、数々の猟奇的な説話に親しんだ猛者だ。煮付けはかねてより「愛とは何か」といったとらえどころの無い疑問についてサルパと議論を重ねていた。「ひとつなぐものら」のテーマは愛であると聞いていた煮付けは、この機会にサルパとより有意義な議論がしたいという想いから、今回サルパと共にゲームを遊ぶことにしたのだった。決して1人でプレイするのが怖かったワケではない。

主人公が運ぶ「荷物」

死んだ人間については「死体」ではなく「荷物」と表現される

 ゲームが始まると、すでに主人公は進退窮まった様子。大きな「荷物」を抱え、常道を外れ、条理の境を踏み越えてゆく。「ひとつなぐものら」では徹底して死体を「荷物」と呼称する。

煮付け:この「荷物」って表現さ、養老孟司が書いていた本のこと思い出さない?
サルパ:ありましたね。『日本人の身体観の歴史』。
煮付け:そうそう。司法解剖なんかに関わっている人たちにとって、死体はかつて人間だった「モノ」ではなくて、生きていない「ヒト」である・・・みたいな話。死体を「モノ」として見る視線は、本来は「ヒト」として見るべき相手から目を逸らしているようなことなんかもなぁって、あの本を読んで思ったんだよ。そこのところ、この主人公はさ・・・。
サルパ:殺してしまった相手のことを、自分が殺してしまうまでは生きていた「ヒト」だと、認識できていないみたいですね。あるいは、意識的にこれは「モノ」だと思い込もうとしているのかも。
煮付け:それだけ主人公は追い込まれてるってことかな。まぁマトモな物の見方をしない人間だって可能性もまだあるけど・・・・・・こうも動揺しているのを見ると、殺人を犯してしまったのもアクシデントに近かったりして。

深月との出会い

 ・・・などと話し合っている煮付けたちを尻目に、主人公は「荷物」の解体を目撃されたことをきっかけに第二の殺人を犯してしまう。

やたらと気合いの入った描写に、煮付けはブルブル震え、サルパは瞳を輝かせていた

 主人公に絞殺された少女・深月は、しかし当然のように息を吹き返す。どうやら彼女は不死の存在らしい。かつて自死を選んだ深月は、何の因果か不死身となり、死に場所となるはずだった廃教会から出られなくなったという。それはそれとして、おいこのゲーム、ひょっとして出会った人を片っ端から手にかける猟奇殺人犯のロールプレイングじゃないだろうなと、先行きへの不安が募る煮付け。一方で落ち着き払った様子のサルパが、深月について淡々と考察を進めていく。

サルパ:深月の不死は、どうやら外因的なものみたいです。人間の生き死にを操れる上位存在がいるんですかね。
煮付け:あ、あぁそうね・・・教会から出られないみたいだし、この土地に備わった意思なき存在が能力を振るっているとか・・・・・・それかこの教会自体がそのような機能を備えた装置なのかも。
サルパ:ふむふむ。教会が彼女の自死を許さないというワケですか。深月も「これは罰だ」みたいなこと言っていますね。キリスト教では自死は許されていないはずですし、異能教会説はアリそうです。
煮付け:・・・ってことは、これから何度か、主人公に深月ちゃんが殺されるシーンを見せられるかもしれないってことなんじゃ・・・。
サルパ:あぁたしかに、先が楽しみですねぇ。

 ひょっとすると相方選びを間違えたかもしれないという一抹の不安を置き去りに、物語はどんどん進んでいく(というか、サルパの手が一切の躊躇を許さずテキストを送っていく。楽しんでくれているようで何よりだ)。

奇跡との出会い、人魚のナイフ

 教会内より外界での探索を優先した煮付けたちは、街の図書館で廃墟について調べ物を始める。主人公が慣れない調査に苦戦していると、「奇跡」という名の女性が声をかけてくる。

プレイヤーの荒んだ心を奇跡の明るい笑顔が癒やす。奇跡と一生調べ物してたい・・・・・・

 廃墟マニアを自称する奇跡は、要領を得ない主人公の質問にも朗らかに答える。この問答のなかで、奇跡はあるナイフの存在を匂わせる。そのナイフには人魚姫にまつわる謂れがあるのだと、奇跡が口にした、その瞬間。

ゲームをプレイする中で、ここが一番テンション上がったわ(煮付け)

煮付け:人魚姫に登場するナイフだぁ!???!!!?!??!?!?
サルパ:おー、人魚姫と言えば、煮付けくん最大の関心事じゃないですか。
煮付け:あたりまえだろ、俺より人魚姫のこと考えてる人間そういないぞ!
サルパ:それは言い過ぎな気が・・・人魚姫のナイフって、そんな能力があるものなんですか?
煮付け:うーん・・・アンデルセンの『人魚姫』だと、あのナイフは人魚姫の姉たちが魔女から手に入れてきた代物で、そんな大層な能力は無かったと思うけど・・・俺が知らない説話にそういうナイフがあるのか、このゲームに特有の設定か。どちらにせよ、人魚姫はあのナイフで誰も刺すことなく泡になっちまうし。わざわざこの説明が付されるくらいだから・・・。
サルパ:きっとこのナイフで、誰かが誰かを刺すんでしょうね。奇跡が主人公を、あるいはその逆か。
煮付け:えぇ嫌だよオレは・・・もっと奇跡と人魚姫の話してぇよ・・・・・・。

 煮付けの願いも空しく、奇跡の手にナイフは握られ、主人公の身体を切り裂く。奇跡は主人公が殺した恋人の妹であり、文句のつけようのない奇跡の怨嗟が主人公をこの世界から消し去ってしまう。

サルパ:やっぱり効きましたね、ナイフ。
煮付け:うぐぅああああ奇跡ィ・・・・・・分かっちゃいたけど辛い・・・・・・あの笑顔が忘れられない・・・・・・。
サルパ:いやぁ~奇跡が主人公を手にかけるシーン良かったです、絵に描きたいな~。
煮付け:言ったとおりさ、人魚姫は王子様をナイフで刺さないんだよ。翻って言えば、この物語において、主人公は王子様たり得なくて、奇跡は人魚姫ではあり得ないってことなんじゃないかな。
サルパ:なるほど。いくらでも深読みをさせてくれる、良いシナリオでしたね。そういえば人魚姫って、どうして王子様を刺さないんですか?
煮付け:あー・・・それはやっぱり、人魚姫が王子様のことを愛していたから・・・ってことなんだと思ってるよ。正直なところオレは納得いかないけどさ、自分の命を散らしてでも他人の道を守るって行為を、「愛」以上に適当に言い表せる言葉もないだろ。あ、でも・・・。
サルパ:奇跡に主人公を殺させたものも、亡き姉への愛だった、というように描かれていました。
煮付け:・・・そうだね。くそったれな人生の中で、きっと唯一の美しい思い出を、奇跡の姉への愛が形作ってた。あれが愛でないのなら、オレは自分の物の見方に自信が持てなくなる。
サルパ:このゲームのテーマが愛だというのは、奇跡との物語でよく分かりましたね。どうです、煮付けくんの定義は、このゲームでも変わりありませんか。
煮付け:前に書いた小説で、オレが仮定したやつね。「愛という言葉は、人は一人では生きてゆかれないということの受容と、そのための準備が人間存在には必要だということ」・・・・・・あえてこの定義に合せて考えるなら、奇跡は思い出の中の姉ナシに生きてはいけなかったってことかな。それを受け入れようとする準備として、姉を奪った主人公を殺すことが、奇跡には必要だった。準備を終えた奇跡は、自身の受容は現世で叶わないと分かっていて、だから主人公を殺した後、自らをも葬った・・・・・・どう?
サルパ:面白いですね。けど、その定義ってやっぱり、
煮付け:包括的すぎて、ズルイ?
サルパ:なんでも包含できちゃいそうな感じはします。
煮付け:う~~ん、そうなんだけど・・・でもやっぱり、そもそも愛という言葉はさ、人間のままならない姿を、ひっくるめて大事にするために生まれた言葉だと思うんだよ。奇跡の殺意と、姉への気持ちをさ、それらはまったく別々のものだって割り切ってしまうのは、彼女から目を逸らしていることになるって、オレは思う。殺意も思慕も、私は1人で生きてはゆかれないんだって、彼女が知っていなくちゃ生まれないだろ。
サルパ:そのあたりについても、これからもっと考えさせてくれそうです。ほら、図書館での調べ物ではなく街の探索を選んでみましょう。

賀子との再会、彼女の答え

 街を探索する主人公は、かつての恋人・賀子との再会を果たす。賀子によう過度な束縛を理由に別れた2人だったが、人殺しという耐えがたい重荷を負った主人公を、賀子は穏やかに受け入れる。

元カノの賀子。主人公にとって”過去”そのものである彼女が、プレイヤーの甘い、あるいは苦い過去をも呼び起し、ストーリーへの没入感を高める。アンダーリムが似合っておりとてもかわいい。

 謎の探偵役からの追撃から逃れるため、主人公は賀子のマンションに身を寄せる。主人公を脅かすものの無い夜のただなかで、賀子はしどけない姿で彼に迫る。2人の距離を等分する静けさが、かつての情と欲とを呼び起こす・・・。

賀子がベッドで眼鏡を外すことに関して、煮付けは二つの仮説を提唱している。一つは、そもそもあまり視力が弱いわけではなく、眼鏡を外しても十分に主人公くんの顔を見つめられるので問題ないという仮説。もう一つは、与えることが賀子の愛であり、自分が相手の愛を受け取ることには関心が乏しく、相手が見えずともよいという仮説。サルパは親切な友人なので煮付けの仮説に「キモいよ」とは言わないだろう。いっそのこと言ってほしい。

煮付け:あー・・・良い雰囲気だったのに、なんてこった、また・・・。
サルパ:すばらしい展開でしたね。こんどの絞殺シーンもよかったなぁ、イラストもそうですが、テキストの表現も凝ってて・・・。「ひぐらしの鳴く頃に」を思い出します。園崎詩音とか。賀子を見ていると連想してしまいます。
煮付け:賀子はとんでもない人だったなぁ。ここまで自分の恋や愛のために生きられるのは、正直ちょっと羨ましいくらいだけど。
サルパ:ぼくは賀子にとても惹かれますね。賀子の母親たちについてのエピソードも印象的でした。母の代から引き継いだ「愛とは何か」「愛が人に何を与えるか」という問いの答えを、賀子は得られたような気がします。そのような表情をしていました。
煮付け:賀子が愛していたのは誰なんだろう?主人公の人生をコントロールしようとする態度とか、最後の言葉を考えると・・・まるで主人公の瞳に映る賀子自身と愛し合ってたような気もしてくるけど・・・それは穿った見方をしすぎかな。
サルパ:そもそも、賀子はどうしてあんなふうに振る舞ってたんですかね。こうなることも分かってたみたいな・・・。
煮付け:常識的な幸福とは別のそれを、賀子は必死に探し求めていたのかもな。オレたち、というか主人公には「余裕のある厄介な相手」としか見えてないけど、人は矛盾を抱えた生き物だもの、賀子にも主人公への戸惑いや気後れする気持ちがあったのかもしれない。それでも答えを得るために・・・賀子にとれる最大の手段が、これだったのかもしれない。
サルパ:「求道これ道である」と言いますが、賀子の生き様そのものが、愛とは何かを説明する、ひとつの道筋となっているような感がありますね。
煮付け:ふーむ、賀子のこと、ただのやべぇ恋人にはしたくないもんだね。さて・・・ホーム画面にも変化があるし、いよいよ大詰めって感じかな。
サルパ:ですね。深月のことを知ることができそうです。それから、「ひとつなぐものら」がどのような物語であるかも。

深月との別れ、ひとつなぐものら

万華鏡とは多面鏡。
一つの鏡、1人の鏡像を前にするだけでは、あの美しい光を見ることは叶わない。

 一度目のプレイでは奇跡と出会い、二度目は賀子と出会った私たちは、三度目の”コイントス”で深月の過去を知ることとなった。「深月」とは彼女の名ではなく、彼女に与えられなかった両親の愛を一身に受けた妹の名だった。妹・深月は大病を患っていたようで、そのサポートに両親はかかりきり。深月が亡くなった後も、両親が姉に愛を差し向けることはなかった。

名前も呼ばれなかった少女は、絶望を引き連れ廃教会で祈りの言葉を口にする。
彼女の孤独な長き夜の、その一端が哀の調べを歌い継ぐ。

サルパ:これが深月の過去だったんですね。なんともしんどい内容でした。
煮付け:・・・・・・・・・・・・。(あまりにも悲しい深月の過去に打ちのめされ、無言で床に伏している)
サルパ:あの両親が、すこしでも深月の、いえ、”彼女”のことを見てくれていたらと、考えないではいられません。
煮付け:・・・・・・そう、だなぁ・・・・・・ここまでいくつかの愛を見てきてさ、それを否定したって仕様がなくて、そんなことをしていても答えには届きそうにないって、どうにも思えちゃうとこはあるよな。だから、両親の振る舞いは間違いなく足りてなかったけど、あの人たちの愛そのものは間違ってはいないというか・・・・・・月が自分を照らさない夜に、綺麗な月を見上げている人もいるというか・・・・・・ぬぅぅううんんんんん!!(唸り声を上げつつサルパの肩を叩いている)
サルパ:ひとつ考えてしまうのは、彼女には両親を見限って、あの家を離れて生きていく選択肢もあったんじゃないかということです。彼女は最後まであの家で苦しみ、ついには廃教会での自死を選ぶわけですけど。
煮付け:そうだなぁ・・・子どもってのはさ、親を安全基地として、自分の生きる世界を広げる探索をしながら成長するんだよ。安全基地としての親ってのは、ふと子どもがふり返った時にちゃんとこっちを見てくれていて、探索から戻った子どもを無条件に抱きしめてくれるような、そんな存在で・・・。言ってみれば、親やそれに代わる人の愛が、子どもの世界を広げるんだと思う。彼女の場合、生きる世界を広げるための安全基地に親はいなくて、かろうじてその代わりを務めてくれていたラジオも、あの夜に彼女を引き戻すことができなかった。
サルパ:彼女の資質如何によらない部分で、彼女は追い詰められていたというわけですね。彼女を孤独にしていたものこそ、彼女が欲していた愛なのかもしれません
煮付け:愛を知らなくても生きてはいける。でも、愛がなくては生まれてくることもない・・・かもしれないんだもんな、オレたちは。両親には、彼女のことがほとんど見えてないようなもんだったけど・・・反対に、彼女は自分を愛する人の姿を見つけられないでいたってことかもしれない。家を出て、進学や就職をして、別の誰かに出会って・・・誰かが彼女のこと、見えるようになったのかもしれない。でも、そんな彼女をこの世につないでおけるものが、彼女のそばには無かった。
サルパ:その誰かは、まさしくこの主人公ということになるんでしょうか。愛がなければ見えない・・・「うみねこの鳴く頃に」にもありましたが、自分が見えていないものが存在して、それを見えなくさせているのは、愛の不在であるという。
煮付け:すくなくとも、今この瞬間、主人公の目に彼女はちゃんと映ってる。今度は主人公があのナイフを拾ってて、この廃教会の秘密も解けてるけど・・・・・・どうなっちまうかね。

 ”彼女”の過去を知り、主人公は最初の殺人・・・恋人・葉月との過去を語る。自分が求めていたこと、自分を苦しめたもの・・・。追想の果てに、自分を愛していた葉月や賀子の心情を、さらには自分の不足を省みる。「荷物」は「荷物」ではなくなった。
 彼が”彼女”にできることは何なのか。”彼女”に何を与えられるのか。その答えを、彼は選ぶことを決意する。プレイヤーに呈示された選択肢は二つ。

主人公の手には、彼女に与えられる答えが二つも握られている。
あなたならどうする?

煮付け:ッスーー・・・・・・
サルパ:うぁぁあ、これは・・・・・・悩みますね。
煮付け:・・・悩ましい・・・けど、オレは決まってるかな。彼女がどんな苦しみを負っていても、彼女らしい人生なんてものがほんとうには手に入らないかもしれなくても。可能性ってのは、常に生者にのみ開かれてるものだから。
サルパ:う~~~~~~ん・・・・・・うーーーーーん!ここまで彼女はたしかな望みを持っていて、それを叶える手立てがあって・・・それをぼくらの気持ちひとつで・・・・・・。
煮付け:さぁどうする、オレは腹ァ決めたよ。
サルパ:・・・・・・では、ぼくは・・・・・・。

 悩めるサルパは「君の望む永眠」を、煮付けは「君らしい人生」を選んだ。選べる選択肢は一つ。互いに悩んで出した結論だった。話し合うのもよいだろうが、ここは互いの魂を賭けた拳技(またの名をジャンケンと言う)で決することとした。(下の動画はその一部始終を収めたもの)

 サルパの華麗な勝利によって、私たちは彼女に「君の望む永眠」を与えることとなった。この選択によって、人魚姫のナイフは再度ふるわれ、彼女は世界から存在ごと消え去った。そこに現れた謎めいた女性が指摘する。彼女は消えたはずなのに、君は彼女のことを忘れていないと。この世界からいなくなったのは、主人公が何かを与えてやりたいと願った「君」ではなく、自分を偽り名前を明かすこともなかった「深月」なのだと。謎の女性は重ねて言う。コイントスをしてみるのも一興だろうと。他でもない、画面の前の私たちに向けて。

煮付け:だぁあああああぁぁぁぁから言ったろうがうぁあぁぁぁああああ!!!!
サルパ:割としっかり選択ミスった感じしますね。
煮付け:んぐぐうぅ・・・まぁ、魂のジャンケンに負けたオレが悪い。それにミスってことでもないだろ。どっちが良いとか悪いって話でもないよ、きっと。
サルパ:そうですかね。じゃ、コイントスしてみましょうか。
煮付け:ちくしょうお前のこともっと悔しがらせたいよオレは・・・

これがエゴでも気休めでもいい。愛と呼ばれぬものでもいい。

 「君らしい人生」をと、男は願う。それがどこから湧いた望みか、きっと彼だって理解しないまま。愛とは何か、そんなことを考えている間にも、君は誰かに愛されていた。君が誰かを愛していた時間は、それがどうしようもない終点に辿り着くこととなろうとも、決して損なわれはしない。誰も誰かを愛さないで、愛されないで生きてゆけたら、それはもしかすると、君に罪を負わせなかったかもしれない。けれど。
 君の祈りを聞き入れたのは教会だけではなかった。星の海に漕ぎだした彼女もきっと。彼女がこれから生きてゆくなら、それは君の祈りの後先だ。君は風になる。周波数になる。灯光になる。そんなの信じられないだろうか。
 ハッキリしていることが一つだけある。心をないがしろにし殺人を犯し逃走の果てに血迷った君がいなければ、洋は生きてはゆかれなかった。それこそが、ひとをつなぐものらなのだと、君が覗く万華鏡の中に、そんな灯りがあればいい。

「ひとつなぐものら」をプレイした者ら

煮付け:いやぁ~~面白かった!
サルパ:ですねぇ~。
煮付け:こわい描写たっぷりで、声の演技も聞き応えばっちり!
サルパ:ヒロインたちの声優がぜんぶ椎名かいねさんなのはびっくりしました。
煮付け:事前に知ってたけど、黙っといて正解だったな。関連楽曲も聴いたけど、むちゃくちゃ良かった。
サルパ:ぼくは賀子の曲が好きでした。かっこいい。
煮付け:ほんと賀子のこと好きねぇ・・・。
サルパ:煮付けくんは誰がお気に入りでしたか?
煮付け:みんな素敵だったけど、オレは洋ちゃんかな。もっとなんでもないようなことを喋っていたかった。ラジオのこととか・・・。
サルパ:テーマは「愛なるものの正体」ということでしたが、見えましたか、正体。
煮付け:そうだなぁ・・・「ひとつなぐものら」がプレイヤーに教えてくれたのは、愛なるものの正体そのものではなく、愛と呼ばれる感情体験にはいくつもの形があって、そのどれが正しいとも間違っているとも言い難い・・・・・・ってことだったなぁとは思う。それともう一つ。「愛とは何か」という問いの答えを得るためには、きっと愛することか愛されることが必要であるということ。奇跡が復讐に命を賭したこと、賀子が死の淵で笑えたこと、洋が教会を出られたこと・・・主人公が祈りの言葉を口にしたこと。どれもが愛の証明であり、そのための解法でもあった。
サルパ:それはなんだか、矛盾している気がします。答えを知るために、答えを持っていなくてはいけない。そういうことですよね。
煮付け:そだね、自己矛盾。ひどい結論だって気がする。でも、どうせ答えなんて自分で見つけるものでしかないしさ。いつか納得のいく定義に出会うまでは、「ひとつなぐものら」の彼らもめちゃくちゃ苦労してたなぁって、折に触れて思い出すことにするかな。

 ノベルゲーム「ひとつなぐものら」は、「愛とは何か」というあまりにも重大な、けれど日常からはあっさりと立ち消えてしまうような問いと、じっくり向かい合わせてくれる一作だった。煮付けとサルパのプレイ時間はおよそ7時間。現在の価格は驚愕の0円。1人しずかに臨むもよし、私たちのように互いの価値観を照らし合わせながら遊ぶもよいだろう。その折には、あなたの感想や考察を、ぜひ私にも教えてほしい。答えまではずいぶん遠いけれども、そこに近づく確かな手立てが、互いの仮定を教え合うことであることには、間違いがないのだから。

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