光と影(2)
ストリッパーの彼女たちが東京に帰ってしまった後には
入れ替わり立ち替わり 誰かが寝泊まりして行った。
そこで生活する人たちの顔が変わっていく度に
遊び方のニュアンスも 変わっていった。
誰かがどこかで手に入れてくる
聞いたこともないようなものを 仲間たちといつも共有した。
一人ではやりたくないっていう 心理も働いたのかもしれない。
そこにいる仲間たちと一緒にだったら
怖くないって思いもどこかにあったかもしれない。
円座に座った 10人ぐらいの仲間の顔の前 至近距離を
まるでメリーゴーランドが回るようにして 飛び回ったこともあった。
もう名前も忘れてしまった。
ありったけの試せるだけの種類を試した。
メキシコのシャーマンが儀式に使うという伝説のものを
誰かが どこかで手に入れてきて 共有する。
誰もが 疑うこともなく ためらうことなく 口にする。
怖さよりも 好奇心の方が 断然 優っていたんだろう
若かった私たちは あっち側の世界を無性に知りたがった。
皆が同じように感覚を共有しあって過ごしていると
まるで 生死を分けあった 何もかも分かち合える連帯感
みたいなものが生まれ始めていた。
お互いに互いの生と死を見守ってもいた。
オーバードーズした仲間たちが戻ってくるのを一緒に待った。
普段見せることのない 人間の深部の部分までさらけ出して
えぐみも汚さもドロドロも 全て共有していた。
隠そうとする理性さえも 排除された世界だった。
日常で私たちが見ている景色は
手に触れることができ、実際に目で見て存在を確認できる世界。
でも実はその世界が
この世界の全てではないんだと 気づき始めていた。
五感以外にも普段開くことのない第六感を解放して
ものが構成されている粒子ひとつひとつ
色の構成ひとつひとつ
音の構成ひとつひとつ 細部に渡るまで認知することができた。
今まで生きてきた世界の裏側にある世界の存在
二面性に思いを馳せるようになった。
季節は巡る
誰もが どことなく浮かれた 突き抜ける太陽の夏の季節が終わり
季節は巡り 冬がきた。
八重山の冬は ちょっと格好をつけたい人が
セーターやジャケットを羽織るくらい。
薄手の長袖があれば 十分な気候だった。
秋がきて冬が来ると
ふらりと漂流している若者たちが 日本中から石垣に集まり出す。
これは季節の風物詩。
幻覚キノコが採れる季節だからだ。
そして冬にはサトウキビを刈る、キビ刈りという仕事も季節労働者たちを
呼び寄せる。
観光客たちが去って静かになった島には
違う目的で日本中から集まる若者が
その島の 人口密度を 再び高めることに一役買っていた。
私たちは新しい仲間を迎えて 少しニュアンスを変えた
新しい旅を楽しむようになった。
初めて キノコを口にしたのは
いつもの煤けた薄暗い 古民家だった。
仲間が 集まって
それぞれが 作ったオムレツや 蜂蜜漬けを持ち寄った。
決して美味しくはない苦味のあるキノコを
いかにして美味しく食べられるかが課題でもあった。
何に関しても 適正な量があり
特に初めての経験の場合には間違えた量を摂らないように
きちんと指導してくれる 経験豊富な仲間も必要だったし
自分がどんな状態になっているのか見守り続けてくれる
暖かい仲間も必要だった。
決して一人 どこかの都会の狭いアパートの一室で摂ってはならないもの。
悪夢に入り込んでしまった場合 救い出してくれる人が必要だったし
そうでなければ ふらふらと電車の線路に飛び込んでしまいたくなるのも
無理はないからだ。
強制的にハイにさせてくれるものではなく
その時の自分自身の心境を反映させ その濃度を圧倒的に濃縮させて
自分自身に返してくる そういうものだからだ。
堕ちていくその底は見えない。
その時私は
生きてきた時間の中で一度も見ることのなかった
あまりにも美しい世界を見ていた。
瞳孔が開き切ってるからか 光の悪戯が猛烈で
光の筋のプリズムの色合いまで全て可視化できた。
美しい曼荼羅の模様が 常に視界の中で 移動しうごめいていた。
瞼を閉じても
瞼の裏側で 光の筋と 万華鏡の中を覗いたような
完璧にまで崇高な 美しい世界が広がっていた。
それは留まることなく 常に動いてさえもいた。
飽きることなくいくらでも眺めていることができた。
仲間たちは 大部屋にいた。
経験豊富な誰かが その場にいる皆をどこかに導くように選んだ音が
仲間たちを包んでいた。
思考は音によっても大きく影響を受ける。
ゆるやかで穏やかな曲。 曲がりくねった迷路のような曲。
己の自己の奥底まで どんどん堕ちていくような曲。
空に突き抜けるようなどこまでもポジティブな曲。
その場にいる仲間たちが スピーカーから流れる
その音によって 同じ情景を共有していることがわかった。
私は 音から 少し距離を置いて
自分一人で この美しい世界を堪能したいと思った。
汗を吸った 誰かが寝ていた湿った布団に横たわり
そっと目を閉じた
チャンダン香の 香りが充満していた。
民家全体が 薄い灯りに包まれて
布団に横たわり 目を閉じて
初めてみるその美しい景色が
一体どこから来るものなのか
見届けたいと思った。
私の記憶にそもそもあったものなのか
それとも 脳に作用した 幻覚作用が見せる景色なのか。
穏やかで美しく満ち足りた世界だった。
私たちは 何度も繰り返し 冬の間中 キノコを分けあって食べた。
日が昇る前の薄暗い牧場に 仲間と忍び込んで キノコを採った。
懐中電灯の中に白く浮かび上がるキノコは
陽の光を浴びてしまうと 広がりすぎ、乾いて
ダメになってしまうからだ。
牛の排泄物から 生えているそのキノコを
見つけた先から その場で食べ始める仲間もいた。
夜露で湿ったそれは 確かに苦かったに違いないないのに。
そんな仲間を見て 空が白み始めるまで笑い合った。
次のストーリー第3話
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