エロエロ大国 タイの秘夜事情(4)
バンコク、カオサンロードに戻った私は、
なんというか 10戦10敗を期したボクサーの気分で
完全に戦意消失して どこに行く気も失せてしまった。
手にしている往復チケットが示す 帰る日にちが訪れる日まで
ただ漠然と時間が過ぎるのを カウントダウンする日々を過ごすことにした。
朝を寝過ごし 昼頃に起き上がった私は
ネチっと暑い空気を身体にまとわせたまま
人々の営みがとっくに始まっている街に降り立ち
朝ご飯とも昼ごはんともつかぬものを求めて屋台をさまよう。
そうなって初めて
腐れ切って 荒廃した空気を背負った
日本人男子が 結構 居ることに気づく。
自分と同じような 無目的な瞳をもった日本人だ。
珍しいものを探しに来ている観光客は
この時間にカオサンロードに居ることはない。
朝早くからどこかの観光地に出かけていって
夕方帰ってくるからだ。
それに そのような観光客はもっと 瞳がキラキラ輝いてる。
意欲的で キャピキャピしている。
その日本人たちは
昼頃起きてきて とりあえずの飯を食って
だらっと日がな どこかの宿の共有スペースで
マンガを読んでいたり暇そうにしている。
だんだんとそんな日本人の存在が気になり始めてくる。
この人達は 一体 なにをするために ここにいるんだろう。
わざわざバンコクまでくる必要なくないか?
一日マンガ読んでるだけだったら 日本でよくないか?
そうして数日すごしていると
相手の方も 私が荒廃してだらけた時間を過ごしている
「類友」と見抜いて
少しずつ話をするようになってくる。
同じような時間に起きてきて
同じように一日どこに行くこともなくずっとそこに居る。
類友が集まると いろいろな情報が行きかう。
「あそこの宿には 日本語のマンガがむちゃんこいっぱいあって
泊まってる友達がいれば、入ってずっと読んでいられる」
このような情報が だんだんと時間が経つにつれて
核心をついたものに変化していく。
「昨日俺、やばかったよ。
むちゃんこ酔っぱらっててさ、やりまくってさぁ。
朝起きたら そいつ野郎だったんだって!まぢびっくりした!」
「俺、この前 ○○で、コーラ代だけ払ったらお持ち帰りできたぜ!
ラッキーだった!まぢで!」
私が女で、そんな情報を必要としている、していない関係なく
話はどんどん盛り上がっていく。
完全聞き役の私の存在を ほとんど忘れているかのようだった。
どうやら この日本人たちは
日本よりもうんと安く「ヤル」ために ここに滞在してるらしいのだ。
(日本だったらそんな風にすることは
違法で認められてないかもしれないし)
タイという国の夜は どこに行っても決まって
「ねぇ、お兄さん、遊んでかない?」の日本語とともに
身体にピタッと密着した面積の小さな服を着た
あるいはほとんど着衣をつけてないような いで立ちで
ネオンの派手に輝いた店の前で客引きをしている女性を
大勢見かける。
これには 初めてタイに足を踏み入れて夜に出歩く女性には
かなり衝撃的な光景だと思う。
日本の街中を歩いていても、これほどセクシーな格好の
女性を目にすることがないから、まさに目のやり場に困るのだ。
客引きの女の子たちは
私のような 一人で歩いている女には目もくれない。
(当たり前か)
しかもうまいことに カップルで歩いている男性には声をかけない。
(これも当たり前か)
男性一人歩き あるいは男性だけのグループを うまく寄り分けて
声をかけている。
どうやらそういう店はかなり多くあり
昼間の宿の共用スペースが その情報交換の場になっているらしかった。
タイは今でこそ日本でも浸透してきた
ジェンダーフリーの先進国であり
一見女性とも区別のつかない美しい男性も数多くいる。
身なりこそ男性であっても 身のこなしが女性らしかったり。
タイは不思議と 女性らしい男性が多い国だ。
そこで問題になってくるのが
夜 女性と思って連れ出したかわいいあの子が
朝よくよく触ってみると(あるいは明るい場所で見てみると)
男性だった、という
お粗末な話。それが男性にとってはかなりの一大事らしい。
区別するのも難しいくらいに精巧な女性らしい男性も多く
結局そのまま女性と思って満足して
「いい思い出」を胸に抱いて
帰国する男性も多いということだった。
(思い出以外にも、望みもしない病気もお持ち帰りしているかもしれない)
どうりで 昼の遅い時間に起きてきて
だらっと無目的にマンガを読んで過ごしている日本男子が
このカオサンロードには結構な数 居るわけなのだ。
やっとその謎が解き明かされるにつけて
ますますげっそりとタイという国に対しての好感度が
自分の中で どんどん下がっていく。
もちろん、「お兄さん」たちを相手に商売をしている女性は
好きでそのような職業を選んだわけでなく
農村から出てきて、必死で働いて家族に仕送りしている子が
ほとんどだろうし、
「ヴィトンのバッグが買いたいから!もっといい服欲しいから!」と
日本でパパ活している女の子たちとは 全く別種ということは
理解しているつもりだったけれども。
ただ、あまりにもその光景が自分の目の前で繰り広げられることに
抵抗感が強く 居心地が悪く感じた。
リゾート地としてタイと比較される バリ島が女性に人気なのは
観光地と歓楽街が明らかに 住み分けされているからだと思う。
女の子を買う目的の男性陣は
全く別の その目的専用の地域で鼻の下を伸ばしていればいいので
私たちはそれを目にすることがなく 快適に過ごせるからだ。
女性からすると
男性が鼻の下を伸ばして 客引きに立つ女の子たちを
完全なる商品として値踏みし
性欲処理のためだけに 次から次へと女の子を取り換えていくのは
見てるだけで 嫌な気分になるものだ。
なぜ嫌なのかって?
近くにいて話をしている私自身をも
そうやって
「取り換え可能な商品」として 見られているような気になるからだ。
女性全般を 商品として 見下されているような 気になるからだ。
それに カオサンロードで日中ダラッっとしていて
夜になったら 俄然やる気になって出かけていく男子たちは
見るからに 日本のどこにでもいそうな 若い男の子たちで
何か特別な ヤサクレた感じがあるわけでもない。
「普通の男の子」たちが 毎晩 女の子を買いに出かけているという
衝撃。
となるともう そこにいる日本人たちが
みんな「それ目的で」滞在している人、という色眼鏡で見てしまうようになる。ちょっと距離を置きたくなるし、汚らわしいな、おぞましいな、
という先入観を持って 見てしまう。
かなり病んできていた。
旅人同士の出会いにも 希望が見いだせなくなってきていた。
帰りのチケットを眺めながら
あと数日残すばかりになったある日。
腐った瞳を持って やる気もなくただ 漠然と 時間を過ごしていた私に一人の日本人がやってきて 声をかけてくる。
「どうせこいつも 夜な夜な遊び歩いている あの人種と同じだろうに・・」
と 警戒心と猜疑心を持って 対応していた。
夕食を食べに屋台に一緒に行くついでに
夜の路上で タイ人が描いた絵を座って売っている場所に
わたしを連れて行ってくれた。
その日本人は 現地タイ人の美術学生と友達で
毎晩ここ路上で一緒に 絵を売ったりして 仲間との時間を過ごしていた。
絵を描いて 毎晩路上で売る学生たちは
私がそれまで出会った 嫌いなタイ人とは 全く別の人種だった。
仲間たちと楽しそうに 路上で絵を描き売り生活し
イキイキと若さを謳歌しているようだった。
やっとここにきて
タイ人の中にもこうして やりたいことのために命を燃やして
頑張っている人がいることを目撃することができた。
そしてここに滞在している日本人男子の中にも
「例外」がちゃんといて 私の友達になってくれたことも
すごく嬉しかった。
タイを離れる 最後の最後にして
やっと 私も 人間らしさを取り戻したというか
どこかに諦めて捨ててきてしまった 人との出会いの楽しみを
やっと 手に入れた気分だった。
タイのことをただ 忌み嫌うしかできなくなっていた私に
少しだけ 最後の最後のページに
明るい色を付け足してくれたような 時間だった。
こうして 私の タイの旅は幕を閉じた。
(おわり)
だらっと生活していると
だらっと生活している 日本男子の存在に目が留まるようになってくる。
わたしと同じようにだらっと生活して
だらっとした腐敗臭のようなものが漂ってくるものだから
同じように無目的にただ淡々と時間が経つのに身を任せているんだなというのが 伝わってくる。
そうしていると お互い暇だから 宿の共用スペースなどで
会話をするようになってくる。
(観光に立つ、目的を持った旅行者は昼間は宿に居ない)
そうなってくると 数人の日本男子のグループとも 色々なことを
話すようになってくる。
「昨日さ、俺 酔った勢いで やっちゃってさ。
朝起きて見てみると 野郎だったんだよ~~~!
まぢ 参った!!!! ほんとやられたよぉ~~」
「ヤルときには ちゃんと女かどうか確認しないといかんな」
「ぎゃはは!それはたまらんねぇ!
俺この前 コーラだけ買っただけで オンナとやれたぜ!」
って会話をしている。私の目の前で。
ほとんどそちらの方面に免疫のなかった私は
この男子たちが何の話をしてるのか 理解をするのに時間がかかったが
どうやら タイの街中に溢れている
ゴーゴーバーでの話をしているらしかった。
夜の街を歩いていると 見境なしに目に襲ってくる
裸体に近い女性たちの姿。
私のような女性の観光客が歩いていても おかまいなし。
羞恥心はとっくの昔にどこかに捨てて来てしまったのだろう
目の前に歩く 日本男子の腕に 自分の腕をからませて
半裸状態の胸を押し付けて
「アソビニキテヨ!」と 日本語で話しかけている。