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Ep.2「此処が痛い」
痛み 感じない 検索
初めて見るその字面からは、概要を読まなくとも症状がひしひしと伝わってきた。
─先天性無痛無汗症。指定難病の一つだ。
親は私に車椅子で過ごさせている。昔からこの調子なので上手く歩くというか…長い時間歩くことができない。
「ねぇ。」
「うん?」
「彼氏とか作んないの?私にばっかり構わなくてもいいのに。」
「めんどくさいから今はいいかなって。それに今身だしなみも人並みの状態でもある程度好感持たれてるし…。ま、来年から本気出す〜。」
「…あっそ。」
「そういうアンタは?」
「いや…出来るって思えないから。」
「あ〜…うん。なんかごめん。」
「気にしてない。」
友人はきっと「デリカシーの無いことを言ってしまった」と思っているだろう。しかし、実の親でさえそういうことを尋ねて来るのだから、気にしたって仕方ない。
気まずくなってしまった空気をどうにしかして変えたいと、口を開く。
「そういえば、そろそろ二十歳でしょ?うちで飲むなら準備しないこともないよ?」
「上から目線だな、おいおい。」
「一応年上だし。」
「数ヶ月早く生まれただけでしょ。…ったく、梅酒とかレモンサワーとかでよろ。」
「うん、分かった。」
「…来年からはサークルで私自身の酒解禁があるからなぁ…酔っ払って事故らないといいなぁ。」
「…泣き上戸っぽいよね。」
「なんでさ?」
「涙脆いじゃない。すぐに泣くし。」
「いや…あれは……汗っしょ。」
その言い訳は苦しいぞ、なんて思ったがそれを今更口に出す事はしない。この会話は言ってしまえば、ネタを交わしたり他愛もない話をして日常を送る。十分幸せだと思った。
酔っ払い 介抱 検索
酒の席に誘った友人が酔った。私の想像以上に酒に弱かった。弱すぎだろ、と言いたくなったが、ドイツ人でもない友人にその言葉は酷だと思った。にしてもかなり弱い気がするが。
アルコール度数はそこまで高くないし、梅酒とレモンサワーは味も比較的流し込みやすいはずだ。
もしや、飲みやすいが故に飲み過ぎてしまったのだろうか?
「あ〜…。」
私はそう言葉にならない音を発すると、目の前でぐぅぐぅ寝ている友人をゆする。
私に彼女を持ち上げられるだけの、頑丈さがあれば、ベッドにでも何でも運ぶことが出来るのだが、私にそんなものが備わってるはずもない。
申し訳ないが、五割はセルフ介抱をしてもらおう。
寝息はしっかり立てているし、時折寝返りも打っている。急性アルコール中毒になってるなんてことはない。顔色も悪くない。ほろ酔いくらいだろう。
というか、調べても緊急性の高い記事ばかりだ。
ひとまずポリ袋は念の為に。水と胃腸薬も準備しておこう。毛布…あったかな。
「あっつ。」
酔っ払いの体温は高い。脈が早いからだ。
あーあ、顔を真っ赤にしちゃって。
「私が男だったらヤバかったね。…いや、男だったらこんな簡単に家に入んないか。」
「うぅ…。」
「あ…起きた?」
今までとは違う体の捩り方。慌てて水と胃腸薬を差し出そうとするが、今差し出したところですぐに飲めるはずもない。
「うぅん…ののちゃん…。」
私の名前だ。理性はある程度残っているようだ。
「なぁに?」と応じると、うぅと呻きながら身を起こしてくる。
「大丈夫?具合悪くない?胃腸薬飲める?」
「……うん。」
返事の仕方が、あまりにも子供っぽかったが故に、クスッと笑ってしまう。微睡んでいる子供みたいだ。指でもなんでも細いものを差し出したら、咥えてしまえそうだ。
「飲んで。じゃないと、二日酔い酷いことになるよ。」
「んぅ…。」
「ほら、粉薬だから…ちょっと上向いて。うん、いい感じ。」
サラサラと粉薬を流し込み、コップを差し出す。一挙一動が眠気に苛まれている幼児のようだ、と再度感じる。
しばらくして、空っぽのコップを差し出してきたので、すぐそばにある机にコップを置いて、友人と向き合う。
「…明日休みでしょ?」
「うん。」
「……パジャマ、あるから着なよ。服、シワがつくと面倒でしょ?立てる?歩ける?」
「うん。だいじょうぶ。」
「そっか。」
じゃあ、と手を差し出すと、友人はその手を掴んでくれた。
親への定時連絡は済ませているし、体に痛み─は感じないんだった。目立つ外傷もない。
私の発達障害も、文章や文字を書き起こす時に時間がかかるっていう障害くらいしかないから、かなり軽度な方だと自分でも思っている。過保護に育てられたけど、親は私にやりたいことを咎めはしなかった。
─だって、自分に出来ないことなんて、子供ながらに分かっていたのだから。
きっと普通に恋愛もできまい。相手を慎重に選ばなくては。友人は…。
「十分かな──っ?!」
気付いたら腕を引かれて抱きしめられていた。
今度は、頬に手を添えられた。
「……ねぇ、ちょっと…動けないんだけど。」
「……のの。」
「何?」
「……二ヶ月前、私が…まだ呑めなかったとき、アンタ酔っ払って何したか覚えてる?」
「……いや、酔い潰れてからは全く─。」
「痛かった。」
「痛…え?」
「無痛だから感じないのは…仕方ないけど…流石に酷すぎ。」
「ふぇ…?」
両頬を挟まれる。それも、優しく。
「ねぇ…ちょ─ん。」
キス魔になるタイプか、コイツは!相手は女だぞ、その気はない。それに、友人は礼儀や常識はある人間だ。こんなの酒に呑まれて─。
「参考になった?」
「…え?」
「のの…アンタのキス、痛かったから。前歯ぶつかって…。いくら酔っ払いのデバフ背負ってて無痛とはいえ……あれは、冷めるよ。」
とても耳が痛い。酔っ払いにキスの説教をされているなんて冗談じゃない。ひとまず、適当にかつちゃんと聞いて聞き流して、友人をベッドに寝かせた。
キス 検索
翌日、友人はいつもの調子で、私に話しかけた。
これは記憶がないパターンだな、と少し安心する。
「ののちゃん。ののちゃん。昨晩、私変なことしてない?」
「大丈夫、してないよ。」
「ならいいんだけど。」
「平気平気。アンタも元気そうだね、介抱も大変じゃなかったよ。」
なんて立派に嘘をついた。友人は特に疑いもしなかった。上機嫌に朝ごはんを口に入れ始めた。
その瞬間、痛いというのが分からない私が、未知の感覚を受容した。
此処が─心が、痛い。
「………ののちゃん。」
「なぁに?」
「…私ちょっとおしゃれしようと思う。」
「え?」
痛かった。痛みが増した。
これは、この痛みは…一体何を訴えているのだろう。