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理由なんてない、はポジティブだと思った話

こんにちは、社内ニートのninaです。
今日はちょっと、つぶやきにしては長かったので、つぶやきにすることを断念した感想です。

時折、目撃する「理由なんてないよ」という言葉に、ここまで感銘を受ける理由を、自己分析しただけです。
いつもより短くなると思います。ご容赦を。




きっと私たちは「理由」を知りたいし、話したい

「どうしてそう思ったの?」なんて疑問は、常に付きまとう疑問なのかな、と思います。
たいていのことに対して、私たちは理由をつけたがるし、知りたがる(気がする)

例えば雑談をした時だって、そうです。
「今日めっちゃ疲れた~~~~」
「え、どうしたの?」
「実はさあ、こんなことがあって……」

続きを促すのは、根底を探るとその理由が知りたいから、なんじゃないでしょうか。
興味がなくても相槌として「そうなんですね」って言えば、たいていの人は詳細を教えてくれる気がします。
どうしてそう思ったのか、どうしてそうなったのか、物事には順番や理由がある。
だから、きっと私たちはそれを誰かに伝えたくもなる

固く考えると、そうなんじゃないかなーと思います。
ぼんやりした感想のくせになんだか固くなってしまったな。。


だからといって、いつも「理由」があるわけではない

でもフィーリングも大事ですよね。
明確な理由がなくたって「いい」ものは「いい」し、「なんかやだ」はいつまでたっても「なんかやだ」。

婚活してるとフィーリング合わなきゃ即切りだったりもするので、マジで言語化できないけど「なんとなく無理」とか、ある。
繰り返しになるけど、フィーリング、大事。

なんでこんな、理由とか何だかを私が考え出したのかというと、私の好きなWEB小説が更新されたからです笑
うさぎ屋さまの執筆されている「ガチで乙女ゲームっぽい世界に転生した話」、とっても大好きで毎日、更新を楽しみにしております!

https://ncode.syosetu.com/n6732hs/

8月8日に投稿された第499回目タイトル、「誰かの幸せを願うのに、なにか理由が必要でしょうか?
これ、とっても好きです。
小難しくダラダラ書いてますけど、要は「めっちゃ好き!」って話だけです笑

X(旧Twitter)の掲載時にも思ったけど、とても素敵。
ナヴァト忍者(上記のセリフを言った人)は本当にピュアで、いい人なんだなって思います。

このセリフを見て、そういえば似たような言葉で同じように心に刺さったことがあったな、と思い出したものがありました。
「あんさんぶるスターズ!」です。

「あんさんぶるスターズ!!」になってからアンストしてしまったものの、リリース時から6,7年くらいヘビーユーザーやってました。。
ちょっとイベントの頻度とストーリーの整合のとれなさとか、キャラ人気とかでいわゆる「推し疲れ」に陥ったのですが、Switchと2winkが好きで、それなりにイベントも走ったりしてました。
「!」時代はサザエさん時空だったし、あんずさん(プロデューサー)が人外レベルで活動しまくっていたことを除けば整合性もとれていた気がします(人外レベルの活動は整合性とれてなくない……?)
ひゆそはいい文明!

さて。
2017年8月のイベント「迷い星*揺れる光、プレアデスの夜」でSwitch所属の春川宙くんが(文脈もあって、厳密にはちょっと違うんですけど)似たようなことを言っていました。

「あんさんぶるスターズ!」の「迷い星*揺れる光、プレアデスの夜」より

出会ったからです! それで好きになったからです!
他に理由が必要ですか?

イベントスチルのかわいいイラストと一緒に表示された彼のセリフは、pixiv大百科にも代表的セリフとして掲載されています。

春川宙くんは、人の感情などを色で判別できる共感覚の持ち主という設定。
だから彼は、誰かの迷いや、発言の根底にある葛藤や怒りなんかが分かってしまう、他人の本音を理解できるキャラクターとされています。

だからまあ、理由なんかなくても「分かる」ものは「分かる」んだよ。
説明できないよ、というようなセリフも多いんですが……。

これはとっても、ストンと胸に落ちた記憶があります。
ちょっと前後の話を忘れてしまったのですが、真理だなと思いました。

誰かと出会って、ああこの人のこと、私好きだなーって思ったのなら、それでいいじゃん。
そこに理由とか聞くの、野暮じゃん(ここまでは言ってないですが)

自分が信じた道を行くって、難しいことだと思うし恥ずかしいことだとも思ってしまう。
でも、自分がそう思って、だれかと友達になって仲良くなって。
なんで仲良しなの?って聞かれたって、答えがなくてもいいじゃん。
そう言えるのって、素敵なことだと思いました。


理由がないことはネガティブに捉えられることが多い(気がする)

「そんなの分かんない」と言うと、なんだかワガママで奔放で、自己中な印象が残る、気がします。
それこそ先の、あんスタの春川宙くんも、登場時は共感覚なんてよく分からない設定だし、自分勝手な不思議ちゃん認定されていた認識です。

どうして理由がないと、何も考えていないと捉えられてしまうのか。
このnoteの最初にも触れたけど、それはきっと私たちは「理由」を知りたいし、話したいから。

無意識にでも「自分ならこう考える」とか、「私はこう」って理由が、多少なりとも誰しもあるからなのかなと思います。

自分が理由を持っていて、自分ならば「なぜそうなのか」を話せる理由もあって。
そんな中で、自分とは違う意見が現れたら。
「それはどうして?」と聞きたくなるのは、わかる。
「そんなの理由はないよ」って言われても、じゃあ私と意見が違うのは、なぜ?ってモヤるのも、納得。

いや別に私は「なぜなぜ」したいわけじゃないんだけども……。
朝ドラ「虎に翼」でも、「法律によって刑罰が定められているから悪いことだとは分かるけど、本質的に、どうして悪人からものを奪うことは罪なのか、人を殺すのはいけないことなのか、私には分からない」という旨のエピソードが展開されていますが……これも横道にそれてますね……。

「どうして悪いことをしたの?」に対するアンサーが「理由なんてない」は、嘘な場合も多い気がします。
理由はあって、まあ理解されないような動機付けかもしれないけど、当人にとっては大切だった、誰かにかまってほしくて仕方のなかった、「理由」。
これも抽象的だけど、そういうイメージ。


ポジティブな「理由なんてない」は、愛

「どうして?」と聞いたって、別にお綺麗な答えや、その人の考えを絶対的に求めているわけじゃない。

でも、自分が理解できないことがあると人は反射的に「なぜ?」と思ってしまう。
そこに答えがなくて「なんとなく」だったりすると、腑に落ちない。

でも答えが明文化できずとも、理由がなくても、「好きなもの」は「好き」でいいし、「苦手なもの」は「苦手」で、別にいいはずですよね。
優しいから好きとか、怒りっぽいから嫌いとか。
特に対人関係は、それだけじゃない複合的な理由が存在することも多い。

怒りっぽいけど、ドジで憎めなくて、ムードメーカーで気まぐれで、明るくて。
そうやって言葉を羅列していくことに、意味ってあるだろうか。
それもひっくるめて好きだし、だから何かあったら心配するし、何にもなくたって幸せを願う

そういう関係の方が、素敵だ。
親愛と、何だろう、情? やさしさ?
しっくりくる言葉を見つけられないけど、深い思いやりを感じる。

そんなこと普段は考えないから、思いがけないタイミングで「理由なんてないよ」という言葉に出会って、「ああ、この人はなんて愛情深いんだろう」と思い直す。
私に「理由なんてない」がこんなにも刺さるのは、そういう理由だと思う。


私も、理由なんかなくたって、自分の好きな人たちに対して「好きだな」って気持ちを素敵に昇華させてみたい。
こういうのって心根のキレイさというか、清らかさというか……そういう話になってくる気がするけども。

そういう人に、私はなりたいです!
雨ニモ負ケズがよぎる〆になってしまったけど、以上です!

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました~!


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