娘とわたし
短パンの裾から手を入れて自分の局部を触るおっさんに遭った…。
ゴールデンウィークに帰省した娘がコーヒーをお供に話し始めた。
所謂、露出狂である。
コーヒーを飲みながら話すことでもないが、その体験談を事細かに語る娘。
詳しい事はここでは端折るが、人けのない場所で広めの短パンの裾からソレを見せつけて来た、というのだ。
ほれぇー
ほれぇー
見てぇー。ニタッ。
っと。
おっさんは紫色の唇を歪め異様な笑みを浮かべたという。
怖すぎである。
いやもう、びっくりしたのなんのーという割に陽気に語る娘。
そして話の最後に
「ママ、ありがと。冷静でいられたのはママのおかげ。」
としめくくった。
あれは、わたしがまだうら若き高校生の頃の話しだ…
わたし自身も露出狂に遭った。
スマホなんてない時代、わたしが夜に公衆電話で電話をしていると知らないおっさんが近寄ってきた。
うら若き日のわたしの目の前でバサーっとロングコートを開く。
おっさんは、履いてない。
なんも履いてない。
一枚も履いてない。
そして
ほれーっ。
ほれーっ。
と。
見てぇ〜。ニタッ。
〈げっ…〉
とは思ったが
「キャーーっ!」
とはならず、
電話の相手に淡々と言った。
低い声で状況説明である。
「今、履いてないおっさんが、アレを見せつけて来てる……」
すると
おっさんは残念そうにすごすごと退散した。
『露出魔は相手が騒ぐ事で興奮する』
それを知ってての行動だったのか?と聞かれたら、そうでもない。
以前、娘に話したわたしのうら若き日の(うら若き強調)体験談。
それを娘が覚えていたのだ。
だから冷静に対処できたんだと…。
わたしはわたしの母親から否定されてばかりだったから
娘から言われた言葉はどんなに小さな事でも嬉しい。
大学の寮で暮らす娘との会話がわたしの安らぎのひとときである。
心から笑える。
普段は電話でのおしゃべりだが、
会ってのおしゃべりはドーパミンが放出される。
GWも終わり、寮に帰る娘を駅まで送った。
22時過ぎの電車だった。
無事に電車に乗ったかな、寮に着くのは、何時頃かな…
と、感慨深く夜空を見上げていたら、
ラインが「らいーん」
と鳴った。
娘からだ。
娘 →《すごいこと、言っていい?》
えっ?!また出た?
露出狂…
と思いながら、
わたし→《何? ゆうてぇー》
と文字を打った。
返信が返るあいだの十数秒が
長く感じる。
ピコンと来た返信。
娘→《今電車の中。降りる駅を通りすぎた。停らへん。》
娘→《特急に乗ってしもた!!》
娘→《これから時空越える。
シンダわ……。マジで。》
………………………。
それから娘は、寮のある降りるべき駅とは遥か遠くの駅へ連れていかれた。
自分の意思とは逆に寮から離れていく。
「停まれーー!」と心が叫ぶが
あぁ無情。
移りゆく車窓の眺めは、灯りもぽつぽつだったことだろう。
もう、折り返しの電車もない時間だ。心細いだろうなぁ…。
わたしは何故か涙が出た。
知らない駅、知らない街。
ひとりぼっちの
娘が電話をかけてきた。
娘→「タクで帰るわ。
ごめんな、心配かけて。」
わたし→「お金あるん?
なかったら運転手さんに事情話して…」
娘→「大丈夫、コンタクト買おうと思って、たまたま持ってたから…」
娘→「ほな、冒険してきまーす!」
いやもう、びっくりしたのなんのーという割に呑気に語る娘。
意外に明るい声にわたしも安心したが、
娘のバイト代に換算したら
約20時間分がタクシー代に飛んだ。
寮に帰れるのも日付が変わってからだろう。
バイト換算20時間分は後日、わたしが出してあげようと思う。
娘の粗忽な性格は紛れもなくわたしの遺伝子だろうし。
よく似てる。
わたしの若い頃に。
あれも。
これも。
ちなみに夫も最近、露出魔に遭ったらしい。
なぜ?
夫は、2年後に定年を迎える。