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【長い手紙を書く】伊勢崎のホテルで

もともと手紙を書くのが好きだったので、使い切れない日本の切手のコレクションもある。手紙は、直接言えないこと、または話し尽くせなかったことを文章という形で伝えることができる。

しかし、ここ数年は日本への年賀状も書かなくなり、新年のあいさつも何通かのメールですませていた。

私は現在ニュージーランドのオークランドに住んでいて、数日前に10日余り日本滞在から戻ってきたところだ。5年ぶりの北海道の実家への帰省だった。数十年ぶりに群馬県に住む父方の伯母にも会った。

伯母とは40年ぶりだったので、お互いにつのる話は多い。今までの伯母の生活や亡き父についてなど、限られた数時間で話しきれるものではない。

私は、もともと話下手なので、自分について話すことを忘れて、ついつい相手の話を聞く傾向にある。私は伯母自身のこれまでのことについて知りたかったし、亡き父の幼少時代についても、とても興味があった。

父の兄弟で全く支障なく話ができるのは、今ではこの伯母しかいない。伯母はもうすぐ90歳になろうとしているが、車も運転し、まだまだ人生を謳歌している人だった。

伯母は私が結婚したことも、二ュージーランドに住んでいることも知らなかった。彼女が知りたかったであろう私の状況を、数日後に手紙で伝えることにした。

そして高校生の大姪とは、実家滞在中にゆっくり話す時間が取れなかったので、彼女にも手紙を書くことにした。手紙では、面と向かって話すにはちょっと照れくさいことも、なんとなくすんなり書けるものである。

彼女たちへの手紙は、その気持ちが熱いうちに書きたいと思った。オークランドに戻れば、またいつもの日常が始まってしまい彼女たちへの思いも薄らいでしまうだろう。だから、滞在中の伊勢崎のホテルで書くことにした。

いつも文章を書くときは、こうしてパソコンのキーボードを使うので、修正が自由自在である。しかし、ボールペンと便箋を使うとき、間違いはホワイトで消すしかない。大幅な変更の場合には、そのページ全部を書き直すしかない。

そうした制約のある手紙という方法。
私は、その手紙のために下書きをした。構成を変えた方がいいと思われる場合もあったので、私の下書きは段落ごとに番号を振ったりもした。

ようやく書きあがった手紙は、伯母あては14枚、大姪あては8枚になり、
私の日本滞在中の丸二日間は、この手紙を書くことに費やされた。

私が群馬県伊勢崎市のホテルに6泊したのは、伯母に会うことといくつかの観光名所を訪れることだったが、観光の目的は果たされなかった。
しかし、私にとっては彼女たちを思い浮かべながら手紙を書くのは、とても楽しく幸せな時間だった。

観光は次回に持ち越すことができるが、90歳になる伯母に私を知ってもらうこと、感謝の意を伝えることは今しかできない。そして多感な高校生である大姪とコミュニケーション(一方的ではあるけれど)をとることもまた、今しかないのかもしれないと思った。

そうして私は2通の長い手紙を書き終え、帰国前日に成田の郵便局で投函しようとしたが、その日はスポーツの日の振り替え休日で、切手を買うことができなかった。
翌日、成田空港の郵便コーナーで合計4通の封書を出した。

私が知っている封書の切手の値段は80円だったが、それは110円になっていた。14枚の便箋がごわごわの四つ折りになって押し込まれた封筒も、110円の切手で送ることができた。



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