時さえ忘れて
最近、ぼくは、人が勧めてくれることを、すんなりとやるようにしている。
ぼくは今、毎日絵を描いている。絵と言っても、そんなたいそうなものではなくて、スケッチ、と言った方がしっくりくるような、ラフな感じのものだ。たいして上手ではないけれど、楽しいので毎日描いている。
あるとき、絵が上手な彼女から、「けいすけさん、木炭で描いてみたら」と言われた。木炭か、使ったことないけど、じゃあ買ってくる。そう言ってオサダに行って、木炭を手に入れてきた。木炭で描いてみたら、性に合っていた。ぼくも気に入っているし、彼女もいいねと言ってくれている。
さらに、彼女はぼくの字が好きだと言ってくれるので、じゃあそれならと、好きな曲の歌詞を紙に書いて、それを写真に撮って、彼女に送ってあげたり、インスタにアップしたりしている。これまたいいねと言ってくれるので、下手だなと思っていた自分の字が、なんだか愛おしくなってきた。
なぜ歌詞なのか。詩を書きたいと思っていて、その特訓を兼ねている。詩って、自分の中からたまにしか出てこない。たぶん、日常的に詩に触れることが、自分の中から詩を生み出すための一歩だと思う。続けていると、あるときスイッチが入るはずだ。じわじわやっていくのだ。
ささいなことではあるが、こんな風に、好きな人が勧めてくれることを、じゃあやってみよ、と、軽くさらっと始めるようにしている。これがなんだか、結構気分がいいのだ。
先日、ラバーズコーヒーの穂積さんに、「鈴木さん、お店やらないんですか?」と唐突に言われた。いや、やるとしてもさ、そんなサクッとできるもんじゃないでしょー、と答えた。
翌日、今度はパン屋みちのはるかちゃんに、「鈴木さん、お店やってください」と、わりと真面目に言われた。「鈴木さんの珈琲やお酒を、鈴木さんのお店で、みんなに飲んでもらいたいんです。イベントじゃ駄目なんです」。そう言われた。嬉しかった。でも、イベントで飲んでもらうことも、今のぼくには良い経験になっているので、その気持ちは、はるかちゃんに伝えた。
二日連続で好きな人たちに、「お店やらないんですか。やってください」と言われたので、お店をやることにした。そう、すんなりとやることにした。
「またお店をやって欲しい」、そう思ってくれてる人は、二人だけじゃないと思う。きっと、もうちょっといると思う。もうちょっとで十分で、たぶん、そのもうちょっとの人たちは、凄まじく強烈に思ってくれている。なので、やることにした。スイッチが入ったのだ。カチャ。
お店は大変だ。うんざりする。お客さんが来ないときとか本当に憂鬱だ。全人類滅びレバいいと何度も思った。市役所爆破してやるって何度も思った。憎くて悲しくてうんざりする。数字やお金と睨めっこするのもうんざりだ。もううんざりだ。バカなんじゃないか。ふざけんな。やってられっか。もうあんな思いはしたくない。けど、やる。好きな人が言ってくれたことをすんなりやる。それが今のぼくのテーマなので、やる。
とはいえ、木炭で絵を描くように、明日から始めてみよ、とはいかない。お金がないし、場所も決まっていない。どんなお店にしたいか、それすらぼやっとしている。じゃあ、どうしようか。
やるぞ、と思っても、さくっと始められないもどかしさ。それは今も昔も同じだ。生まれ育った会津若松にお店を出すんだ、そう決めた、東京で修行していたあの頃。精神的にしんどかった。五年くらいはかかるだろうと思っていたから、寝て起きたら五年経っていないかなと、心底願った。寝て起きたら、お店を閉めていた。あっという間だ。まあいいや。
今できることって何だろう。
じゃあ、昔と同じように、ブログを書いてみよう。昔も書いてた。お店を始めるまで。「何年の何月までに、生まれ育った会津若松にお店を出します」とプロフィール欄に書いた。不特定多数の人に見てもらって、退くに退けない状況を自分で作った。有言実行しようと思ったのだ。あれをもう一度やろう。
というわけで、
時さえ忘れてを再び開店するためのブログを、今日から始めます。