見出し画像

渋谷にて。

とある渋谷の飲食店。
おそらく大学生くらいのアルバイトの初々しい店員さんが、ホールを1人で回していた。
その店は事前に食券を購入する制度であり、店員さんの主な仕事は食券を買ったお客さんをテーブルに案内することと出来上がった料理を運ぶことである。
店員さんは常にキビキビと動き、一言たりとも違わぬセリフで接客している。
「お客さま、何名様ですか?」
「店内食事中以外マスクの着用をお願いしております。ご協力のほどよろしくお願いします。」
「こちらの席ご利用下さい」
「ただいまキャンペーンをやっておりまして、応募していただくと抽選でパスタ無料券が当たります。どうぞご応募ください。」
「○○○です。ごゆっくりお過ごしください。」
などなど。
長いセリフでもとてもスラスラと一言一句違わぬことなく接客している。
明らかに一人で入店しても、「お客さま、何名様ですか?」と聞かれるため、「あ、1人です」と答えるしかなく少したじたじになってしまう。

そんな彼女を見ていると、大学一年生の頃、友達が働いていたコメダ珈琲によく遊びに行っていたことを思い出す。
その友達も、丁寧な接客をする人だった。
友達に対してはにやにやしながらではあったが、「お客さま、何名様ですか?お好きな席にお座りください。」とどんな人にも等しく接客していた。
僕はその女の子と仲良かったため、よく今日もバイト入るから遊びに来てーと誘われていた。大学からは二駅ほどなので全く苦ではなく、しばしば通うようになった。
たまに、今日人多いからシフト外れたーと言って、僕の座っていた席に来て、一緒に勉強や読書、試験期間には一緒にレポートなどを作っていた。
僕はそんな時間が好きだった。

渋谷はそんな過去の素敵な想い出がいくつも落ちている街である。渋谷のどこを歩いていても、ここは誰々とあんな話をしながら歩いたな、などと回想に耽ってしまう。あの頃に戻りたいなとも思ったりするが、それは叶わない。僕が今過去に対してできることは、その大切な過去を思い出し、記憶の中で生かせてあげることだけである。

僕がこれを書きおわり、店を出ようとした時。
先ほどのマニュアル通りに接客している彼女が、いつも通りお客さまを送るセリフを店内に響き渡る声で叫んでいた。
「ありがとうございました。またお越し下しゃ..下さい。」
今までどんなセリフも流暢に発話する彼女が最後の最後に噛んでしまった。なんだか少し嬉しかった。これも渋谷の記憶の一部として自分の中で生き続けるのだろうと確信した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?