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『魔人探偵脳噛ネウロ』ってそういう話だったっけと確認してみたらマジでそういう話だった

サムネは20話「箱【ひと】」にて怪盗xiを知らないネウロに「余計な知識は知ってるのに肝心な事は知らないんだから」とちょいとばかし小突いた弥子がこうなったやつ。当初はこういうヒロインをいじめるのをキャッキャ楽しむ漫画のイメージしかなかったんですよ本当に……


・始【まえおき】

みなさんはコロコロコミックにて連載していた漫画『ウソツキ!ゴクオーくん』をご存知だろうか?ジャンプの漫画の話するのに開幕コロコロかよと思うかもしれないが……とにかくまずはこの漫画について触れる所から始めなければならない。

「〇〇!〇〇くん」といういかにもな児童誌掲載らしいタイトルに表紙にいる目つき悪いガキンチョ主人公…どこからどう見てもコロコロコミックの漫画だがその中身は「1話から最終回までずっと面白い」「色彩(某英雄召喚ソシャゲのやつ)を一番上手く歌うコロコロ主人公」「コロコロで描かれる人間讃歌」と子供どころか大人ですらもあまりの面白さに衝撃走る化け物じみた超傑作であり、週刊コロコロコミックなるweb漫画サイト(今度アニメ化する『ぷにるはかわいいスライム』が連載してるとこ)の過去作リバイバル配信にて多くの人々に広まり、さらには配信完結記念にて1週間限定で全話一斉無料配信した際にはさらに多くの人に膾炙していき1週間ずっとTwitterのトレンドに「ゴクオーくん」というワードが居座り続けた。かくいう自分も週コロ配信をキッカケに読み始めあまりの面白さにぶっとび、ここnoteにて感想めっちゃ書いた(ネタバレあります)ほどだ。

「おもしれーウソつくじゃん!!気に入ったぜ、天子ちゃん!」
週刊コロコロコミックのサイトにて単行本1巻集録分の1〜5話はいつでも読める。これだけでも“スゴさ”が伝わると思う…

……さて、なんでわざわざジャンプ漫画の話する前にコロコロ漫画の話をする必要があったというと……この『ウソツキ!ゴクオーくん』は男児がメイン読者層のコロコロコミックにおいて珍しく女の子が第二のメインキャラになっている。ウソが大好きで正体が〇〇な男の子・ゴクオーとウソつくのがヘタな人間の女の子・小野天子……上のリンク先でいつでも読める1〜5話を見た人なら分かるだろう、これコロコロコミックでやってたの!?(特に4話)と。そうです。これコロコロでやってたんです。しかもさらにここから最終回までこんなアクセルベタ踏みフルスロットルで10年間ずっと突っ走る。天子ちゃんの誕生日回はもはや伝説。そして最後の最後にはとんでもないことになる。責任取れとバトラーも言っている。この「ゴク天」なる男女カップリングは沼どころか冥府。全話配信を機にゴク天のイラストがワッと増えたくらいには多くの人々の心を魅了したのだった。

そしてここからが本番。そんなゴク天に魅了された方々が様々な他の好きな男女カプを例に上げてきた。その中でよく見かけたのが……


『アンデッドアンラック』の「アン風」

死なせるかよ…やっと見つけたんだ…俺に本物の死を与える力!!
触れた人間に致死レベルの不幸が襲いかかる体質を憂い自殺しそうになった女性・出雲風子が不死身になってしまった男・アンディと出会う。そんな彼と彼女らに待ち受けるのは己らに課せられた滅びの運命を“否定”するための戦いで……

『左門くんはサモナー』の「さもてし」

「僕が見たいのは欲に負けた末の醜い破滅だっての!君みたいな『良い人』がただの暴力で死んだってさぁ…何が面白いんだよ」
誰にでも優しく接する女子・天使ヶ原桜が転校初日に召喚士と名乗り孤立する痛々しい男子・左門召介に手を差し伸べたら……その人を一部分のみでどういう人物か判断してはならなかった。彼を、そして彼女をも……

そして……『魔人探偵脳噛ネウロ』の「ネウ弥子」

ようやくジャンプの話になってきた。アンデラはアニメ化もあって去年に100話まで無料公開されたので読んだ。まさしくその通りだった。左門くんは今年の電子書籍ポイント半分還元セールで買って読んだ。これもその通りだった。ネウロは昔ジャンプ買ってた頃に電人HAL?とかいうのが出てるあたりまではたしか読んでた。…………そういう漫画だったっけこれ?

そう、なんかSNSで言われる……こう……そんな関係性強い漫画だったっけ!?なやつ。今となっちゃこんな風にTwitterなりnoteなりに感想こうも書いてるけど、正直ジャンプ読んでた十数年前の自分は読解力がたいへん乏しく、夏休みの宿題の読書感想文があらすじ羅列するしかできなかったりだの現代文テストでの解法にいちいち釈然としなさを抱いてただのな情けないレヴェルだった。つまりそんな頃の自分がネウロに抱いてたイメージは……「いちいち手の込んだ手法で弥子をいじめつつ度々出てくるトンデモ犯罪者を面白おかしく成敗する、ミステリーの皮を被った痛快サディスティック娯楽漫画」。ふ、風情が全くない………書いてて恥ずかしくなってきた……

そんなこんなで自分の中のネウロのイメージが刷新されず幾星霜…前述のとおり数多くの方々がゴクオーくんを読んでくださり嬉しさ溢れる自分としてはなにか皆さんに恩返しをしたいと思い……そういえば2年前にジャンプ電子書籍大幅割引セールの際に友人が勧めてくれた『鬼滅の刃』(アニメ勢にネタバレならんよう隠して言うが最終盤の炭カナいいよね…)のついでにネウロ全巻買ったものの放置していたのを思い出し、この機会こそ丁度いいと思いちゃんと読み直すことにしたのだ。ということでここで今作の感想を書いていきたい、『謎』を通じて描かれる、魔人が愛した人間たちの物語を………

………そういう漫画だったっけこれ?(二度目)


・憶【とうじのきおく】

ということで再び読むことにしたこのネウロ、果たして連載当時に見てた自分のイメージである(略)痛快サディスティック娯楽漫画を払拭できるかと言われたら…………改めて見てもそれらも漫画の見所のひとつだったわ。かつての俺、そこはちゃんと見ていたぞ。良かったな。

まずはやっぱり正体がバレたら見た目が豹変するにも程があるトンデモ犯罪者たちから。ドーピングコンソメスープで一世を風靡した至郎田正影(後にボーボボにも友情出演したと知って爆笑した。作者が澤井先生の元アシにしても無茶苦茶だぁ…)にヒステリアや噛み切り美容師とリアルタイムで見てきたやつから家具合体マンや七光りチョウチンアンコウや夢見る人大好き貘おやじやノルマ監禁兄ちゃんと初見なやつらまでどいつもこいつもめちゃくちゃな変貌しやがる。でも一番ヤバいと思ったのは宮迫達夫(被害者)こんなん令和どころか当時ですら完全アウトだろ

君たちはどう生きるか

記念すべき第100話「幼【おさない】」から。これが100回記念でいいのか
売上トップの玩具会社社長であり子供が大好き(見ての通りあっちの方向も含む)(実の孫娘相手にギリギリ抑え込んでる)なパヤパヤおじいちゃん。子供のための商品を本気で作る信念故に仕事中は童心に返り部下の大人どもを子供のようなワガママで振り回し……という殺された要因であった幼稚さと幼女趣味は一切関係ないので純粋に後者のヤバさだけ浮かび上がるのでは?とふと思う。なお本作はフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません。誰がどう言おうと関係ありません。えんがちょせいえんがちょ!

そんなトンデモ犯人どもに対して時には脳に直接魔力を注いで恐怖の幻覚見せたり、魔界777ツ能力どうぐでほとんど拷問じみたオシオキで成敗する魔人という要素だが……なんとこれらは単に彼が他者をいじめたり屈伏させるのが趣味という屈指のドSだからで執行していたのに気付く。こんなんが少年漫画の主人公でいいのか(でもこんなんだけど後述する理由で「人殺しはしない」というスタンスは徹底してる。もう2.30人くらい殺してそうだgウギャーッ!)

164話「標【のるま】」にてノルマに執着するあまり客をノルマ達成するまで監禁していた狂気のインストラクター・加納則馬に「右と左を同時に向く」という人間には達成不可能なノルマを課す魔人。すごい愉しそうな顔しておる


ちなみに推理パートはと言われると…そりゃ魔界777ツ能力どうぐなんて推理ものでの禁止カードである異世界のチート道具を使うわ証拠突き出すパートに読者初見の証言や証拠が突如出てくるわ「犯行を目撃していた」で済ませるわと皮を被ったと言うように本筋にするには実際おざなりだが、それでも副次品のエンタメとしてなら漫画らしい頓智の効いた大袈裟なトリックや犯人へのおしおき拷問含めて楽しめるし、なにより今作における推理パートに重点置いてるのはホワイダニット部分……犯人がなぜ犯行に及んだのかという動機で明かされる所だ。ある者は奇怪に豹変しつつ支離滅裂な理念を吐きかけるし、またある者は……

28話「犬【いぬ】」での証拠として「犯行を実際に目撃していた」を持ち出すシーン。犯人の目の前で明かして敗北を突きつけねば『謎』が食べれぬので……(ちゃんと爆弾は解除してる)

……そしてこのホワイダニット部分にこそ自分の思い違いが存在していた。この漫画、トンデモ犯罪者以外の真面目寄りな犯人らの心情描写にこそ真の見所があったりしたのだ。本当に当時の自分はそこに気付かなかった……さながら小さい頃に見た特撮やアニメを当時はヒーローがかっこいいだので見ていたが改めて見るとストーリーの深さに驚かされるタイプのアレ。本当にこういうの気付けなかったというか興味なかった自分が情けなくなってきた……ということでここらへんについては人間サイドと魔人サイド双方から書いていきたい。


あとこういう例えとして出される妙な絵面とかも好きだった(72話「策【さく】」より)


・人【ひろいん?】


142話「外【がいこう】」にて日頃お世話になってる方々に手作りチョコを渡したいと20kgのチョコを用意し結局小さいガトーショコラ7個作れる程度しかチョコが残らなかった、彼女の異常すぎる食事量が伝わるシーン。流石の魔人もこれにはツッコミ側に回る


まずはネウ弥子の弥子、桂木弥子のパートから。父の『謎』の死をキッカケに『謎』を喰いに地上に降りてきた魔人に目をつけられ、以降も『謎』の供給源として探偵役を無理矢理やらされてしまうというのが今作の始まりであり……連載当時を読んでいた自分は恥ずかしいながらもこう思っていた、「このキャラ事件解決に必要か?」と。そりゃ賑やかし要員としては楽しんでたけど…基本的に冴えた推理とバケモノパワーでなんとかなっちゃうネウロだけで解決できるやん!と。別に彼女は特に推理力に優れてる訳でもない、普通の人間らしい感性を持つだけの娘……人間とは思えない食事量に目を瞑れば


3話「表【かお】」にて父を殺したのがまさかの警察官・竹田刑事と判明した際に犯行理由を聞く弥子と、彼から話される「大切な人を亡くした遺族の悲しむ顔が見たい」なる歪みきった理由……
9話「紐【ひも】」より。事務所目当てで裏稼業での殺人事件を解決することになった弥子だが、ネウロが事件解決の仕込みする都合で時間が空いたのもあって組員が一人・吾代忍に問いかける。彼らの会話中に出てきた「(反社の俺たちが死のうが悲しむ人はいないから)このまま未解決でもいい」と言ったのがふと気になったので…
15話「一【ひとりきり】」より。弥子はアヤ・エイジア周りの人たちが死にゆく事件の犯人がアヤ本人だと推理する……ネウロが殺人トリック経由で解いた一方で、弥子は事件の前後で発生した評価の変化、そして彼女と話した際の「私は世界でひとりきり」という言葉から動機を導き出し……

……その「普通の人間」というのが彼女の今作における最大の強み…人間が社会生活を営む上で必要とされるコミュニケーションが1つである人そのものを見て「どうしてそう思ったのか」という動機に興味を持ち、考え、時には歩み寄ろうと接する心持ち……人間として、人間の心を捕える力があったのだ。そもそも完全無欠な最強存在である魔人ネウロには明確なる弱点が3つほど存在し、うち1つが最強故に「人間の犯行動機に興味がなく、人の細かな感情を読むのが苦手」というのがある。だからこそ弥子の人間という強みが活かされるのだ。信じられない事件、そこで出会う様々な人々…時には犯人を通じて磨かれていった。


37話「広【ひろさ】」より。アウトローとして負け無しだった自分、それなのにネウロに圧倒的暴力で脅され、弥子に自分の人間味ある部分を見抜かれ絆されたせいですっかり弱くなってしまった自分自身が情けない…そんな吾代の気持ちをこうも気付き言語化する弥子。
58話「X【せんしょくたい】」にて父の築いた彫刻や母の言葉を通じて彼らの娘・絵石家由香を素直じゃないなりに自分たちの方法で子を愛していたと推測する弥子。自分も父を亡くしたのもあってこそ…

そして今作において彼女のターニングポイントとなったのは初めて長期的なストーリーとして描かれ実質的な中盤になった電人HAL編。Xという単独の脅威でなく大多数の人間を巻き込む一大テロの規模と化した事件において彼女は無力かと思われていた…しかし魔人はそんな危険地帯にでも容赦なく彼女を連れて行く。それがあったからこそ篚口結也の暴走を食い止めることができた。

他の電子ドラッグ中毒者には抜けてるもの…洗脳されてもなお罪の自覚が彼にはあった。見てきたからこそ気付けた。

81話「半【ごじゅっぽ】」より。電人HALの犯罪誘発電子ドラッグ対策を受け持ってた篚口もまた電子ドラッグの餌食となり自らも罪を犯す……意思までは乗っ取られてなかったものの、かつて幼少時にネトゲ廃人と化し家庭放棄してた両親の目を覚まそうとしたハッキング行為からのデータ消去で自殺へと追い込んでしまい独り苦しみ続けていた罪悪感を電子ドラッグの「誰もが犯罪者の素質がある(俺がそうであるように)」で肯定するために。その感情を聞いた弥子は手を差し伸べるのだった…


そしてその“力”無くしては解決できぬ事件がついに……


「ところで、そのパスワードは……我が輩にも解けるものだったのか?」
 
「………ううん。多分、無理だと思う」
「そうか」

87話「3【さんにん】」より
(実際は数字部分がデジタル表記)
1/1000000000000000000

1と0の間の単位、日常ではまず使われない極小の数の単位…
刹那せつな

88話「2【ふたり】」より(こちらも数字がデジタル表記)

「傷つけられたプライドへの恐るべき執着、それに隠された彼女への深すぎる愛情。そのためには何を犠牲にする事も迷わない…この犯罪者を私は否定できなかった。私にだっているからだ、出来るなら生き返って欲しい人や…間違えれば国中を危険にさらしてでも…助けておいてやりたい奴が

90話「0【―】(もちろんデジタル数字表記)」より

電人HALの防衛プログラム最後の砦・春川英輔という人間の感情が混ざったパスワード入力。魔人では決して解けぬ人の心理。それを彼女は突破した……HAL自身が漏らした「私の目的そのもの」、篚口さんやアヤさんを通じて知った「犯行動機は意外と単純」、笛吹刑事が貸してくれた資料にあった春川英輔の講義動画での「脳を0から作る」という言葉、彼が関わった大学病院の被験者リスト……それらを紡ぎ(そして親友・叶絵が彼女のバカ高くつく飯代を揶揄した際の「莫大な桁」をヒントに)辿り着いた「本城刹那なる故人を電脳世界にて0から再構築したかった」つまり「亡くなってしまった大切な人と再び会いたい」という人間ならば誰しもが思ってしまうだろう動機から推測したパスワードで。彼女がいなければ世界を救えなかった決定的な瞬間だった。

先程言ったようにリアタイ当時は「彼女って必要なのかな…」と思い込んでたが、必要だったのだ。自分は電人HAL編の途中でジャンプ読まなくなったからこの結末は知らなかった(もとい当時の自分では理解できなかっただろうが)そして彼女のその強みこそが上述した今作の見所がひとつ・ホワイダニットから始まる人間が持つ心情描写のドラマ要素を深掘りする効果を発揮していたのだ!この電人HAL編の結末が人の心ありきで迎えたラストだったように、そして理解不能で恐怖と死をばら撒く怪物のような存在・“サイ”の話のように………


「私にとって怪盗“X”は…そういう正体なかみを持った人間だよ」

115話「突【つっこみ】」より。今度こそとばかりに桂木弥子を誘拐し、おびき寄せられた魔人ネウロを殺し彼の中身を観察したい理由──脳を含め常に変化する自身の体ゆえに己自身というアイデンティティが分からず不安を抱え続けていた彼だからこそ感じた「自分が何者なのか知り、安心したい」という、これまた人間なら誰もが一度は考えるかもしれない動機(その為の手段が大量殺人だが)──を弥子に話し……
ここにいるXも…怪盗“X”の正体なかみじゃないの?
最初に会った時は人間の能力を逸脱した擬態や残忍な殺害方法を見て恐怖に震えるだけだった。しかしいろんな犯人を…それこそ二度目の襲撃の際に人間らしさを覗かせたX自身を見たり借金返済時に偶然出会い助けてくれたアイとの会話を含めて弥子にはなんとなく感じ取っていた……「もう既に求めている“答え”を持っているのでは」というのを。

Xについて当時の自分は「理解不能な理由で人を惨殺する、トンデモ犯罪者の中で特にやべーやつ」と認識していた。もちろん二度目の襲撃である絵石家邸で垣間見せた人間味にも気付いてない。けれどこうやって彼女を通じて言われると自分でもXという化物扱いされる存在にも人間らしさによる共感じみた愛着が湧く……この主要な犯人キャラを輝かせるのも桂木弥子だったのだ。そして弥子のXへの見解は後に……




………とまぁこのように本作においてなくてはならない存在と分かった桂木弥子。しかし彼女はあくまで『人間』である。魔人のような超常的な力は持ってないし、そして………どす黒く煮詰まった悪意に耐えきれず、壊れかけるほどに心が折れてしまう時だって………





「おまえもいずれ分解して嫌がらせに使おうと思っていたが……やめておこう。むしろ生かしておいた方が…より残酷で楽しい結末になりそうだ

180話「士【じゅういち】」より


今のジャンプって割とハードな展開よくやると聞いてるけど、15年以上前でここまでえぐい展開するのはどうだったんだろう…竹田刑事が見てたら悦び極まり絶頂してたかもしれないとか一瞬よぎっちゃった自分が心底嫌になる

182話「幸【しあわせ】」より。家族を殺された復讐心に暴走した笹塚刑事を止められず死なせてしまった。そしてそう仕向けた内通者は弥子がひょんなことから知り合った段ボールおじさん・本城二三男……電人HALが生まれてしまったキッカケである本城刹那の父親であり、娘を死なせた元凶を憎み続け、しかしそれは心酔していた『あのお方』の悪意に逆らえなかった自分自身が娘を殺していたようなものだった。弥子にとってもおじさんは時には様々な形で自分を助けてくれた、大切な人だった……その人が裏切り者と知ってしまい、その人のせいで別の大切な人は死んでしまい、その大切な人は目の前で己の罪を悔いて自ら命を絶つ……そんな最悪の悪意によって発生した喪失に彼女は耐えきれず……



・魔【しゅじんこう?】


40話「裏【うらのうら】」にて望月信用総合調査どもに嵌められ麻薬密輸の濡れ衣を着せられそうになった際に口封じとして運び屋の脳をちょちょいといじる魔人。これでも不殺系主人公を名乗っております(最終的に殺さなきゃなんでもやっていいとマジで思ってそう)


ついに今度はネウ弥子のネウ、『謎』を喰うという魔界でも奇妙な生態を持ち、魔界の謎をあらかた食い尽くしたので地上に降りてきた脳噛ネウロの方へ。今回の感想にて彼について一番驚いたことは「彼の人間に対する向き方」だった。食事である『謎』にしか興味がなく、事件を解決した後に残る犯人の動機には一切の無関心で、なんならトンデモ犯人の荒唐無稽な犯行動機をくだらないと一蹴しつつ強めにオシオキしていた魔人、自分もリアタイ時はそんなイメージにずっと引きずられていた……しかし彼もまた『謎』の発生源である犯人たちを通じて……

1話「手【て】」より。地上に初めて来てさっそく解決した事件にて犯人が動機自供パートに移るも聞く気ゼロ。ウチはこういうスタンスの漫画なんでを一話から出していく
12話「釣【つり】」にて依頼人アヤ・エイジアの脳を直接揺さぶる歌声に、人間が魔界生物でも成し得ない技を使いこなすのに関心するネウロ。
59話「手【て+】」にて大胆かつ巧妙な策を用いて魔人を殺そうとするXをあしらいつつ、その計略を生み出すための知識の創意工夫はまさに人間だと褒めつつキツめの灸を据えるネウロ。

彼の主食『謎』はいわば野望や欲望の為に頭を練りに練って生成される知性の象徴そのもの……美味い料理を好むならばその美味い料理を作れる料理人にも興味を示すように、魔人の人間へ向けられる興味は(善悪問わず)知恵を振り絞り魅せてくれる知性の輝きそのものであり、その知性の研鑽の結果として促進される成長や進化……より素晴らしい『謎』を生み出しうる『可能性』にも惹かれていたのであった。目の前にいる犯人なる料理人だけでなく、その他の人間すらも後に素晴らしい料理を提供しうるコックになるかもしれないということだ(悪く言えば犯罪者予備軍だが)。あんな暴力振るってる割には彼なりに人間のことをしっかり見るようになっていたのだ……

特に地上に出て偶然最初に出会った奴隷人間・桂木弥子。当初は隠れ蓑程度にしか考えてなかったが、彼女の持つ『可能性』こそが……

8話「高【かくど】」より。ヤクザどもの会話のゴタゴタを聞いたヤコが「犯人はこの中にいるのでは」となんとなく感覚で抱いた疑問を文字通り見下す魔人。改めて見ると既に彼女の強みが芽を覗かせていたのと気付く
14話「問【といあわせ】」にて彼女なりの目線で犯人へと到達したことに関心する魔人。喜べ、ゾウリムシ(単細胞生物)からワラジムシ(蟲)へ昇格だ!
57話「X【しっぱい】」にて(ネウロを殺すがてら)絵石家塔湖の作品に込めた憎悪の感情に惹かれ最期の作品「最後の自分」を盗もうとしたXだが、そこには別の感情…娘への愛が込められていたので興味が失せたのをなんとなく察した弥子を自慢気に見てる魔人。こいつの観察眼は我が輩が育てた


「知っての通り魔人である我が輩には…その方面の人間の心理は読み取ることができない。ましてやチャンスが一度となればお手上げだ」
何の意味もなく、戦闘力も無い貴様を連れ回すと思ったか。何の意味もなく敵の攻撃から貴様をかばい、HALや電子ドラッグの中毒者と会わせたと思ったか

83話「求【ようきゅう】」より。魔人すら、否、魔人だからこそ打ち負かせる最後の障壁パスワードを普通の女子高生が解かねばならない。貴様から垣間見た『可能性』を開花させろ。時計の針を動かし、己の日付を変えろ



そして90話「0【―】(実際はデジタル数字表記)」。電人HALの『謎』を食い尽くし、その食事へと辿り着けたヤコの貢献を褒める魔人。自分にはなぜ彼女が泣いてるかなんて理由は分からない。けれど、それでいい……それこそが彼女の持つ能力であり、その能力は確かに進化したのだから

彼女の項目で触れたようにネウロは万能ゆえに人間の感情の機微を察するのが苦手という弱点を持ち本人もそれを自覚している。一方でこの桂木弥子なる奴隷人間はその素質を持ち、犯人含む様々な人の心を通わせ成長し、そしてその能力が電人HALのパスワードという自分では突破不可能な障壁を破壊するという彼女だからこその活躍を果たせた……バディものといえば「パートナーが自分の足りない部分を補うから一緒にいる」という定番パターンがあるが、つまりネウロとヤコの関係はまさしくバディものの構図そのものだった。今回読んでこれ気付いた際に正直おったまげた。いやだっていつもあんな手持ち無沙汰の紛らわしじみて酷い拷問や暴行してるのにだよ!?これ両立できるのかよ!!しかも割と最初の方から段階的に描いてるし……気付けなかった当時の自分ほんま情けないな……



そう、彼はそのくらい彼女のことを………


…もう…やだ。

自分には彼女の心の限界を真に知れない。けれど……

最初からこんな事なら最初から出会わなきゃよかった!!


皆とも……

……あんたとも!!!!


「貴様には人と接する能力があり、逆境に萎えない向上心があり、それについては一定以上の敬意を払って来たつもりだ」
「だが、まさか…ここまで腑抜けとは思ってなかった」


「ヤコ」ではなく「桂木弥子」。初めてここ見た際にあまりの衝撃で絶句してしまった。みんなここ通っていたのか……

183話「棄【ほうき】」より。父親の死をキッカケに始まった魔人による奴隷じみた扱いを受ける一方的な関係。その関係を通じて様々な人と出会い、その人の中味を知り、理解し、絆を深め、大切な人になっていき……喪ってしまった。辛く、苦しく、出会ったこと自体が嫌になってしまった程に………いつの間にか「大切な人」になっていた彼からも。

・絆【つながり】


自分はリアタイではHAL編途中までしか見ていなかったのもあって今作がどんな結末を迎えるかというのを知らなかった。それゆえ先程言ったようにSNSでネウ弥子とか聞いて正直半信半疑だったのだが、それだけでなく「今作は人間讃歌である」というさらに疑わしい感想も見かけたのだ(コロコロの漫画を人間讃歌だと勧めておいての上で)しかし再び読んでみたら当時読んでいた部分ですら人間の可能性だの成長だの追及する描写が確かに存在しており、そしてその人間讃歌たる部分が明確に輝くようになるのは……当時の自分が見ていなかった最終章、人間からさらなる進化を遂げた新生物『新たなる血族』の当主にて人類を滅ぼす病(sick)である男・シックスとの戦いによってであった。


123話「茶【ちゃ】」より。人ならざる者を招待するために愉しい前座を仕込んでおく。人は犯罪をする際に悪意を持って倫理を踏み越えるものだが、彼からすれば溢れ出る悪意を消費するために罪を犯すのである…

7千年にも渡る武器職人の家系にて人を殺傷する手段を生み出す能力…“悪意”を洗練させる定向進化の果てに誕生したのは悪意を生み出す脳が別生物レベルと化した新人類…赤子の時点で新生児室にて眠る他の子を皆殺し、幼児の時点で両親を殺す程の、人の姿をした人ならざる怪物だった。そんな新生物が種として確立するために近縁種であるホモ・サピエンスを脅威と見なし絶滅せんと殺し尽くす……できるだけ愉しい方法で。ある時は適当に脅して自殺や殺人を強要させ、またある時は頭と内臓だけで生かしてから顔の皮を剥ぎ、またまたある時は信者に愛娘を死に至る実験台へ献上するよう促し、そして復讐したい奴をわざと誘き寄せて返り討ちにし無念と絶望を味わわせてから殺す……あとなんか知らんが日本サッカー選手を脅してワールドカップで勝たせなくしたりもしてる

自分の(歪んだ)食への理念を否定された、組織内で中心にいたい、爆破衝動持つ本性をブッチャケたい、振られてプライドをヘシ折られた、美しい髪を雑に扱われたくない、より良い親の七光りを得たい、ひとりぼっちでいたい、自分の正体を知りたいext……これまで出てきた犯人どもは支離滅裂だったり共感する部分もあったりな理由で人を殺した者たちだ。しかしこのシックスは別格……人が人を殺す為の動力になる“悪意”を常時持ち合わせているので動機なく人を殺せる。ラスボスというのは作品が提示するテーマを否定する存在とはよく言われるが、まさに奴こそはそのテーマ否定そのもの……人間が野望を果たす為に悪意を練り出し創意工夫を凝らし事件を実行することによって生まれる『謎』の過程をすっ飛ばして人を殺すのは即ち『謎』という知恵と努力の結晶を、これまで出てきた犯罪者含め魔人が評価してきた人間の『可能性』を否定する者ということになる。えっトンデモ犯罪者どもの素っ頓狂な信念も含めて!?彼らもいちいち人間とは思えねー顔つきになって白状していたけど、それでもちゃんと人間としての枠内に収められていたのだ……

139話「折【おれめ】」より。血族第一の刺客・DRの人為的水害で大勢の人間が死んだ。付近のコンビニで発生した殺人事件の犯人も、父親を破滅させた奴へ復讐せんと2年がかりの殺害計画を練った男も、彼らが生み出したり生み出そうとした『謎』が、多くの人間の『可能性』が一瞬で消えてしまった……

こうなると今作の魔人の立ち位置もガラリと変わる……これまでは『謎』を喰う為に犯人を追い込み事件を解決するネウロだったが(結果的に世界を救った電人HALの一件も食欲ありきだったし)人類抹殺を目論む輩どもを相手するならば『謎』を産む餌場を守る為に戦う……大規模な殺戮という暴力から人間を護る為に戦う主人公というザ・少年漫画の構図が成り立つようになった。この漫画が!?いやだって暴力(大量殺人)から人を守るゆうけどそっちだって人に暴力(おしおき・拷問)してるのに!それでも実は以前からちゃんと要素要素を描いていたので成り立っちゃうからすごいもんだ。だからこそ彼の第2の弱点「意外にも人質作戦が効く」が生まれてしまい……そして第3の弱点であり最も致命的な部分である「弱体化し続ける主人公」を新たなる血族は明確に突いてくる。

149話「捨【すてる】」にて血族第二の刺客・テラが1000人の人質を捕り魔人を過大に消耗させる。ところでアステカ帝国を滅ぼしたコンキスタドールの子孫にアステカの神ケツァルコアトルの紋様が浮かび上がるの悪辣すぎるデザインだと思う

瘴気不足で発生する弱体化そのものはデイビッド・ライスの放つ銃弾を指で弾き返した際にちょいとばかし血を流していた頃から覗かせており、『謎』を喰った際の魔力で補填して誤魔化していた……ならば人命救助で魔力を浪費させて弱った身体を叩けばいい。勝負事に勝つ鉄則は相手が最も嫌がる事をやり続けること、それを思いつき実行するのに必要な悪意の天才ならば勝つ為には当然そうする。

「弱体化し続ける主人公」という少年誌では非常に珍しいだろう特性、これ思いついたの本当にすごいと関心したんですよ。いつもなら足掻いてくるトンデモ犯人どもを痛快にぶっ飛ばすコメディじみた部分を、あえて弱くすることによって強大な敵に苦戦するシリアス要素に転換させる手法が巧みすぎる。しかもそれを人間を護るみたいに少しずつ見せてきてたから話都合で生まれたみたいな唐突さが一切無い。そして……魔人が弱くなってしまったからこそ、人間たちも強大な敵に立ち向かう強さを発揮するようになる

「なんと素晴らしい。人間きさまらは我が食料の供給源でありながら…1人1人に使い道のある強力な駒なのだ」

106話「真【しんうち】」より。


151話「協【きょうりょく】」より人間たちに協力を仰ぎさっそく笹塚刑事の助力をいただく魔人。
160話「失【なくす】」にて血族第三の刺客・チー坊もといヴァイジャヤをネウロ抜きで相手することになり遠隔で彼らに助言を授ける魔人。
184話「結【むすびつき】」にて血族最後の刺客・葛西善二郎を警察(と弟焼いた意趣返しに来た裏稼業の早坂さん)という人間の力で追い詰める。笛吹さんも立派に成長したなぁ…

そもそも魔人は序盤の頃から『謎』を効率よく食べれるよう人間を利用していた…時に警察の事件解決に協力したり時に裏稼業の者を脅して一方的に手を借りたりと様々な手法で。それを通じて謎を生み出す可能性だけでなく彼なりに人間への興味や信頼を培い、その期待に呼応するかのごとく人間の活躍する描写が新たなる血族戦以前からも挟まれ、だからこそ最強だった魔人が弱りきり共通の敵が立ちはだかるなら彼は人間たちに…話を通じて成長していった者達に快く活躍を託す。すごい、本当にすごい。当初思い込んでた魔人無双ものからこんなにも人々の輝きに対して真面目に描かれる話になるなんて。

156話「異【ちがい】」より、魔人という素性を明かし協力するとはいったが弥子ちゃんを危険な目に遭わせるのは血族どもと変わらんのではと訝しむ笹塚刑事に対する返答。こういうフォローは魔人には出来ない

そしてそんな魔人が一番に信頼していたのは…言わずもがな桂木弥子だ。彼女の『可能性』が実ったからこそ他の人間へも信頼できたであろうし、なんなら彼女がその実った能力を用いて人々の仲を取り持ってくれた……言うならば「絆【つながり】」を紡いだから彼もすんなり人間を頼ることができた。そんな彼女は様々な人と出会い、その人を理解し歩み寄り、皆が大切な人になっていた……失ってしまった際に辛く苦しく、食事も喉に入らなくなる程に(父親の死の際もそうであったように…まさかこれがとてつもない異常事態になるとは)。笹塚さんも、本城のおじさんも、ネウロとの絆も。しかし絆失いし哀しみから手を差し伸ばすのもまた紡いだ絆であり……


その気になればいつでも脱獄できると言ってたので有言実行してきた

185話「会【のこす】」より。アヤとの面会に来たのは探偵さんではなくまさかの助手さん…大切な人を喪ったから完成した歌を聞けばあいつの悲しみも理解できるかもしれないとばかりに。人の心に興味ない筈の魔人が。それを見て彼女は弥子の元へ脱獄してきた……たとえ喪おうとも、出会えたことによって残るものが必ずあると伝えるために。自分の心を知ろうとし贖罪の機会を与えてくれた「大切な友達」を助けたいから
笹塚刑事は死の間際に彼女の強さを確信し笑顔を残した、本城のおじさんは己の死と引き換えに「あのお方」の隠れ家という情報を残してくれた。彼女が皆にとっての「大切な人」になってくれたから残してくれたのだから……

桂木弥子は様々な犯罪者とも出会い、彼らの犯行動機を見てきた。理解不能な信念を持つ者もいれば、共感しうる理由を持っていた者だっていた……一番最初にその理由に触れたアヤ・エイジアはその代表であろう。そんな彼女とは逮捕後も面会という形で話し、時に相談に乗ってもらっていた。探偵の真似事をしていたからこそ犯した罪を明かしてほしいと内心思っていた彼女と出会えた。そして犯人であろうが「大切な人」になっていた。その大切な人のおかげで…紡いだ絆に助けられ再び前へ向けるようになれた。犯罪者の真っ当な心情描写をウリにしていたからこそである……

実は我が輩…まだ人を殺したことはない
犯罪者といえば198話「6【シックス】」の回想にて語られる衝撃の事実…さんざんハチャメチャ犯人どもに拷問おしおきしておいて!?と思うが確かに殺すまではしていない。なぜなら生きていれば再び『謎』を生み出すかもしれないから(再犯希望か?いや出所後の復讐対象という形でもありうるか…)

「一度折れた人間の脳こそ強くなるチャンスを秘めている。その人間に強い決意があるならば…折れた心を繋ぎ合わせ、悪い箇所を修正して…必ずまた起き上がる。」
「それを我が輩は待っているのだ」

187話「手【いっぱつ】」より。これ以上あの最悪な悪意に殺される人を、狂わされる人を出したくない。残してくれた想いを胸に、瞳に決意を宿す

『謎』は、その根本にある“悪意”は人を傷つけ、最悪は人を殺す。大切な人を喪った人は深く傷つき、心を折る。しかし心折られたら一生そのままとは限らない……人間はそこから立ち直り、悲しみを乗り越え、さらに強くなれる『可能性』を持っている。時には別の大切な人の支えを借りて、時には大切な人が残してくれたものと共に。笹塚を亡くしてもなお警察はより決意を強く固め葛西を追い詰め、その中でも笛吹さんは友の遺志を継いだことで悪意の毒牙かかる警視総監を説得することができたように。

「今作は人間讃歌である」人間讃歌の定義は人それぞれかもしれないが、自分としては「人の清と濁の両面を肯定し、それらと共に困難を乗り越え人間が成長していく物語」というのを漠然としたイメージで持っている。まさしく『魔人探偵脳噛ネウロ』における人間は(濁りのアクが強すぎる奴もチラホラいるが)人間讃歌の枠内として描かれており、そして魔人は『謎』を通じて人間の強さを知り、彼らの成長し進化する輝きを讃え歌うだろう。だからこそ彼は(愉しくいじめたりはするが)再起の『可能性』を信じ人間の命までは奪おうとしない……ただ一人を除いて。人の足掻きを嘲笑い踏み躙り殺し尽くす、人間から生まれた人間を滅ぼす悪性新生物……人類の癌そのものである「シックス」だけは切除しなければならない。自分の食糧源を守る為に、そしておそらくそれだけでなく……

登場当初から(文字通り)人の皮を被る等のおぞましい悪行を重ねラスボスとしての風情をこれでもかと出してきたシックスだったが、最終的な印象は「意外と小物だったな」というのが正直ある。しかしそれはたぶん意図的にそう抱くよう描かれていたからだと思う…なぜならシックスはネウロが人間に対して見出した価値・信頼とは真逆の行為をし続けていた、つまりは「人間をナメていた」からだろう。簡単に人の命を殺し、しくじった部下は再起など与えず殺し(血族の司令塔・ジェニュインが魔人による隷属から主への忠誠心を取り戻したから余計に)、そして警戒するのは魔人のみで周りにいた小蝨ヤコには目もくれず、無駄にそばに付き添わせる疑問に対して「魔力供給源だから」なんて嘘を信じてしまう程に……奴は人間を軽んじていた。自らのそばに置いた自身の娘であり血族史上最強の生物兵器・XIのことも…

・二【めぐりあう】


「我が輩が…貴様を連れて来るのはどんな時だ?」
「私の力が…必要な時」

 

本当に良すぎて震えたシーンなんだけど直前にス◯Ⅱのパロ挟んでたりする。なかなかやるな!だがまだまだ ちょうきょうがたりんよ!

いくつもの事件を経て、我が輩が弱くなったのを補って余りあるほど…貴様は強くなったのだ

サイが「シックス」のもとで遂げた進化より…貴様が我が輩のもとで遂げた進化の方が大きいはずだ

貴様は…我が輩の想像を超えていけるはずだ

出会ってから初めて…私はネウロと、目だけで会話した。

192話「目【め】」より


ネウロじゃない。…そうだよね、イレブン

あの・・ネウロが「信じてる」って言ったんだよ、この私を

193話「Ⅺ【あんのうん】」より

自分の正体を知りたい故に彷徨い殺戮を繰り返してきた怪盗サイ、その正体はシックスによってあっさりと明かされ、父親の元で真の姿へと完成した……記憶を読み取り魔人すら欺く完璧な擬態能力をも備えた、新たなる血族が誇る最強の生物兵器イレブンとして。しかし彼女が寸分違わずネウロへと擬態した姿を、普通の女子高生である桂木弥子は即座に見破った。確かに彼女の記憶に記された魔人との会話を読み取っていた、しかし…その会話の中に含まれていた真意までを読み取ることはできなかった

脳噛ネウロと桂木弥子、奇妙にて偶然なる出会い。物語開始当初から二人の関係はとにかく魔人の一方的だった。文字通り片手で彼女を振り回し、都度あれば脅し無理矢理連行する。物語が進む事に自分が持たぬ強みを持つ彼女に対しての信頼を積み重ねつつも、それでも基本構造は主従関係は自身が上………そんな彼が彼女に「信じてる」と言った。一度は解けそうになったものの再び紡いだ絆、互いに目を合わせ、言葉用いずとも伝える強き想い…人間の持つ『可能性』が知性の魔人である自身の想像を超えうると信じる期待、その期待を一心に受け止め彼女は魔人すら凌駕しうる生物兵器に立ち向かう。あの彼が信じてくれたからと………俺は、この言葉を聞きたくて、この瞬間を見たくてこの漫画を読んだのだろうと思えてきた。最初に書いたように自分は「ネウ弥子」という言葉には読み直す前は疑りしかなかった。しかしその読み直した果てに待つ二人は…まごうことなくそう呼ばれるものだった。いつもギャグのようにいじめてるのに(なんならこの関係でも普通にやる。我が輩の趣味だからだ!!)……こんなのしてくれるなんてよ……

そして、彼女の目の前にいる生物兵器にも「大切な人」がいた。それを伝えるために弥子はここに来た。魔人には不可能な、彼女にしかできぬ務め。自分の正体という答えを求め続けていた彼が、既に手に入れていた“答え”を……大切な人を殺され、その記憶を消去されようとも…確かに残されていた、“怪盗Xiサイ”として共に過ごした、相棒アイとの素敵な日々を。

「脳の中に記憶が無くても…きっと全身の細胞が覚えている。大切な思い出を思い出す手がかりは…時には音楽、時には食べ物の味、時には頬に当たる風の感触。きっとあなたの正体なかみは…彼女と過ごした時間が憶えている

194話「i【かたわれ】」より。人間なぞ皆同じと絶望しつつ某国の工作員として利用されていた李美兒イミナ、口封じとして始末されそうになった彼女に人間を超えた『可能性』を見せてくれたのが偶然出会ったXだった。だからその時にしてくれた顔が好き。アイという生きる意味を作ってくれたその顔が…


端的に言ってしまえば彼もまた数え切れない程の人間を殺した大犯罪者なのは事実、けれども……知ろうとし、理解し、時に心配し、そして喪った際に泣いた。彼もまた、彼女にとって「大切な人」に…

196話「泣【なかせる】」より。相棒を殺した父シックスが授けた新しき血族の娘Ⅺではなく、アイと共に過ごした人間Xとしての自分を選び彼の人生はXとして幕を降ろした。彼は弱りきったネウロでもシックスに勝ちうる『可能性』を残し、そして自身を取り戻してくれた弥子に(Ⅺの頃にコピーした)笹塚刑事と自分自身ふたつぶんの「ありがとう」と出会えた事への感謝を残した。喪いし悲しみを乗り越えたからこそ、ちゃんと聞けた言葉だった………

色々な人が、色々なものを私にくれた

それを全部受け取って…私は先に進まなきゃ

未来は…ネウロが必ず、切り開いてくれるから

197話「謝【かんしゃ】」より

桂木弥子。もう一度言うが自分はリアタイ当時は彼女はこの漫画に必要なのか疑問を抱いてた。けれどそれは大きな勘違いであり、彼女がいたからこそこの漫画の魅力…彼女を通じて描かれる人々の考えや想い、それらを知ることによって登場人物がどういうキャラクターなのかを読者と共に理解を深め、愛着が湧き、彼らの活躍を喜んだり彼らの死を哀しむようになり、そして彼らが伝え残してくれたものを読者たちも感じることができた彼女が多くの人々と出会い、成長し、絆を紡いだからこその作品だった。本当に彼女がいたからこそだった……そしてそれを何より一番喜ぶのは、そう…




(第201話「人【にんげん】」より)

人間の世界は変わらない。変わらない欲望で進化を続けて……未来を作り『謎』を作る

ネウロと一緒にいて出した答え。私も同じ

人類を滅ぼさんとする悪・シックスは死んだ…魔人の持つ魔力ほぼ全て使い果たして。瘴気を吸いに魔界へ帰らねば死ぬ程に。しかし一度帰れば同じ地上に戻れるか不安をこぼす彼に対し彼女は…
さっさと帰れバカ魔人。そんでさっさと戻って来い
これまでなら絶対に言えぬ、今の彼女だからこそ言える言葉だった。

こんな優しい笑い顔もできたんだな……罵倒はもう趣味、諦めましょう

人間は我が輩の命を救うほどに強くあり、この娘も もう我が輩の保護など必要ない

我が輩は何と愚かな心配をしたのだろうか!!

魔人・脳噛ネウロ。そもそも彼はシックスとの戦いで全てを出し尽くし、そのまま自分も死ぬと思っていた……けれど春川英輔の残した人命救助システムをはじめ人間たちの力に助けられた。そしてその人間たちは…彼に最も近い人間のヤコは人間たちの未来にはより素晴らしい『謎』があると、人間の成長と進化の先にある知性の産物があると確証してくれた。彼がいたから、『可能性』を信じてくれたからこそ今の素晴らしき彼女はいるのだ。最終的にこんな最高の間柄になってくれるなんてよ………リアタイ当時の自分の想像を遥かに超えてるわ……






だからこそ今なら言える。今作こと『魔人探偵脳噛ネウロ』、このお話は……


人間には無限の可能性がある、だから世界は『謎』で満ちている。3年後、深呼吸を終えて彼が帰ってきた世界にも勿論………

『謎』を…人間たちの成長を通じて描かれる、魔人と…彼が愛した大切な人間たち、そして特にそれを教えてくれた“相棒”との物語」だと。



・了【あとがき】

最終巻である23巻の表紙。穏やかで安心しきった顔で見つめ合うふたり。もちろん買った当時は「本当にこうなるんか…?」と疑ってたが、全て読んだ後なら分かる…なるべくしてこうなったと。

そういう話だっけと確認したらマジでそういう話だった。これに尽きる。見直す前はネットで見かける感想と自分内のイメージがめちゃくちゃ乖離していた筈なのに、今ではもうその通りでございますと頷くばかりだ。こんなとんでもない名作を中途半端に終わらせていたなんてよ………

表向きという宣伝文句としては作者である松井優征氏が言った「推理物の皮を被った単純娯楽漫画」であるように魔人が好き勝手暴れて頓狂な犯人どもや奴隷をいじめる漫画であるのは事実で、当時の自分はそれを楽しんでいた部分があったので最後まで連載するにおいてその要素も勿論大切だった。けれども決してそれだけでなく、実際は(単純娯楽漫画要素で出されたハチャメチャ犯人たちも併せて)人間たちの活躍を描き続けていた人間ありきの作品だった。初連載でこんな大傑作描くとかすごすぎるぜ……

あと上で書いたのではあまり触れなかったのだが全編通して話の構成が非常に上手というのも今作の評価点だと思う。唐突に発生した設定というのが全然なく、少しずつ段階的かつ丁寧に描いている。単行本あとがきにて「いつどこで終了してもいいように区切りいいストーリープランを考えて描いた」と言っていたが、その構成を骨太な縦軸と両立することができるとは本当に驚きだ。まさに23巻で一つの作品、途中で見るの止めてしまってはこの総評まで辿り着けぬものだ……


そしてこの結末まで見届けることが出来たのは、ゴクオーくん読んでくださった皆さんが「ネウロもおすすめだよ!」と勧めてくださったからこそでございます。ネウ弥子、本当に最高だったよ……そしてネウロ経由で本記事を見た方は機会があれば『ウソツキ!ゴクオーくん』も見てほしい。こっちも“マジ”ですから。自分も機会あれば『暗殺教室』や『逃げ上手の若君』とか見よう思ってますので……ちなみに現在コロコロコミック本誌では『ブラックチャンネル』という割にネウロっぽい作品も……ってこれ以上は蛇足になりますわな。とまあ今回はここまでにしておきましょう。それではまたどこかで!

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