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自分にとっての本屋という場所
今の家に引っ越して三年が経ちます。三年という月日は、体感的にあっという間ですが、駅前のパン屋は潰れて新しい飲食店のテナントに代わり、居酒屋も潰れて牛丼チェーンに、スーパーが潰れて建て替え工事を進めていたり。ふと自分の住んでいる街を見渡すと意外と大きく変化していることに気がつきます。
この前下北沢に寄ったら、駅前の本屋の閉店セールをしていました。三省堂書店下北沢店。ピーコックという名前のスーパーがある建物の入り口から、年季の入った昔ながらのエスカレーターを上がり、更に階段を上った三階にある本屋です。
今まで色々なお店の閉店を見てきたはずなのに、無性に悲しくなりました。長年生まれ育った街のデパートがなくなっても、ここまで悲しくなったことはなかったのに、一体全体どうしてしまったのか。自分でも驚くほど、悲しくなりました。
自分がなぜここまで本屋の閉店に気が動転したのか考えて、気がつきました。地元の潰れたデパートには、”本屋がなかった”と。そして、今まで閉店を見届けてきたものも全部本屋ではないと。どうやら私にとっての本屋は、自分で思っていたよりも特別な存在だったようです。
私は小説を読むことが好きで、よく新しい一冊との出会いを求めて、本屋に行きます。本屋に行くとき、二種類の行動パターンがあります。一つは、明確に購入する本を決めている時。もう一つは、本屋に入ってから購入する本を決める時です。私は、ほとんどの場合、本屋に入ってから気になる本を見つけています。
平置きされた本を見ながら、「あっこの本、他の書店でも平置きされてたから、流行っているのかな。気になるな~」とか、「この本初めて見る!面白そう!」とまるで宝探しをしているような気持ちで目に飛び込む本を眺めている時間は、最高に幸せです。
気になる本は、その時々の自分の関心や悩み事によって変わります。仕事で悩んでいる時はお仕事小説、恋人のことで悩んでいる時は恋愛小説。何かモヤモヤする気持ちを抱えて本屋に行くと、どんなことに悩んでいるか気がついたり、悩んでいたことに対して何かヒントをもらえた気持ちになって、元気が出たり。本屋は、あの日あの時の人生相談を聞いてもらった友達であり、パートナーのような存在です。
三省堂書店下北沢店の閉店を知ったその日に、三十分ほど店内を回りました。ここに通ったのは、大学生の頃。アルバイトの乗換えに下北沢駅を使っていました。アルバイトに行く前に何度も何度も通っては、小説を選んでいたこと。村上春樹にハマって、本を片っ端から購入したこと。ハイキューを全巻集めようとして足を運んだこと。就職活動の為に、webテストの対策本を買いに来たこと。何かに熱中したり、落ち込んだり、悩んだりしたあの日の自分の欠片が、まだ確かに店内に残っていました。微かに残る温もりを感じたくて、ずっとこの場所に居られたらいいのになと思いました。
最後に私は、ずっと気になっていた小説の新刊と今度人生で初めて参列する友人の結婚式の為にご祝儀袋を購入しました。最後まで人生の一コマに寄り添ってくれた最高のパートナーに心の中で”ありがとう”とつぶやき、本屋の出口に向かいました。