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西表島、アダナデの滝 その⑧そろそろ帰る時間

映画は明治、大正時代に「活動写真」と呼ばれていたことがあった。旅を「リフレッシュ」と捉えるか、この世を生きていく上での必要な「活動」と捉えるかで、旅先での時間の使い方や心意気が変わる。せっかくなら「活動」が「活動写真」になるような旅がしたい。

アダナデの滝を満喫中の私はアダナデの滝のプールに浮かびながら西表島ティダカンカンのツアーガイドKさんが作るランチを待っていた。プカプカ浮かんでいたら、2006年に公開された映画「かもめ食堂」のワンシーンを思い出した。

小林聡美さんが演じる、主人公のサチエのフィンランドで営んでいる「かもめ食堂」がようやく満席になった直後、サチエはプールでプカプカ浮いていて、気づくとプールにいるたくさんの人たちから拍手をされているというシーンだ。サチエのあからさまにしない静かな充実感に満ちた気持ちと、少し驚いたような微妙な表情が印象的で、サチエの幸せな気持ちがじんわり伝わって来る名シーンだ。

アダナデのプールに浮かんだ私はサチエになった気分だった。サチエは満席になった「かもめ食堂」を厨房から見つめ、自分の作った日本食をほおばる客の顔を見ることが出来て、幸せだったに違いない。

私は見たかった仲良(なから)川を見て、アダナデの滝という知らない場所を知ることが出来た。私はプカプカ浮かびながら、バチバチとアダナデの滝の水が落ちる音を拍手に、小魚たちをプールにいたフィンランド人達に見立てて、サチエの微妙な表情を真似てみた。適当な水温が気持ち良くて映画の中のサチエよりも長くプカプカしていた。浮かびなから空を見つめて、まばたきを何度も繰り返し太陽がウソモノでないことを確かめた。

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いま、思い出したが、私は学生の時に寿司職人のご主人が1人で営んでいる寿司屋でアルバイトをしていた。きっかけは、同級生の男の子からの紹介だった。彼は夏休みや春休みになると1人で海外に放浪の旅に出る。長い休みが明けて、授業が始まる頃に実に何ヵ月も鏡を見ていないのではないかと思うような姿で教室に現れる。私は彼が日本にいない間のピンチヒッターとして働いた。結局、彼が帰国してからも、卒業するまで週1回、時給1000円、客が来ない日はご主人とテレビでのんびりプロ野球観戦、そしてお寿司のまかない付きという、好条件で楽しいアルバイトだった。その寿司屋のご主人によく「小林聡美に似てるっ!そっくりだなぁ、雰囲気もあんな感じだ」と度々、言われていた事を思い出した。微妙な表情でプカプカ水に浮かぶ素質は学生時代からあったのかもしれない。

ツアーガイドKさんが作ってくれた八重山ソバで腹ごしらえしたら、もう帰る時間だ。滝をずっと見つめていたいが帰るのだ。帰り道の始まりにあったシダだの、コケだのがキラキラしていたから「帰りの一歩目」は大股の一歩を踏み出せた。つづく。

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