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石垣島「森のこかげ」で歌三線とハジチの話

石垣島の「森のこかげ」という居酒屋が好きだ。
ジーマミー豆腐の揚げ出しが絶品で、切り盛りをしているご主人が明るくサバサバしているので、話しやすく、居心地が良い。
2020年7月、石垣島に来たらやっぱり「森のこかげ」に行きたくなった。

19時過ぎ、お店に入ると客は少なく、カウンターの奥から「いらっしゃい!」っという声。
聞き覚えのある声に安心したが、いつも賑やかな店内なのに、この年は息を潜め、シーンと静かで広さを感じた。

窓際の席に座ると目の前に三線が立て掛けてあるではないか。「森のこかげ」には、これまで2回訪れているが、三線があることにすら気づかない、それほど私が楽器に興味がなかった証拠である。

おしぼりを持ってきてくれたご主人に「あの三線弾いても良いですか?」と声をかけると「いいけど、ちんだみ(調弦)は自分でしてねぇ、下手ならハッキリ言っちゃうよ」っと笑顔で厨房に戻っていった。

お目当てのジーマミー豆腐の揚げ出しに舌鼓を打つが弾きたい気持ちが高ぶる。早く三線に触りたくて、ソワソワしてしまう。
カバンの中にバチとチューナーが入っていることも分かっていた。

「三線借りまーす」と声をかけポロンと音を出してみる。ちんだみ(調弦)はハチャメチャで、いくら合わせようとしても、弦は言うことを聞かない。
ヘンテコな音に誘われたようにアルバイトの男の子が「ラフテー」をテーブルに置き、そのまま隣の席に着席。ちんだみの様子を見ている様子だ。
聞けば、入れ墨、特に和彫りを学ぶために先週石垣島に引っ越ししてきたばかりだという。
私は勝手に、彼はリゾートバイトか何かで、ついでに夏を楽しみに来たのだろうと決めつけてしまっていたので、非常に申し訳ない気持ちになった。

というのも、沖縄には昔、ハジチ(針突)と呼ばれる入れ墨の習慣があり、女性が指や手の甲に子孫繁栄や魔よけの意味合いがある丸や四角の紋様を彫っていた。
しかし、1899年日本政府が出した「文身禁止令」によって排除の対象となった歴史がある。
消えゆく沖縄の文化を、呼称は違えど、今時の若者っといった風貌の彼が学ぼうとしている。
手こずるちんだみに悪戦苦闘しながら、世の中にとって貴重な存在であり、とても頼もしい。

あらためて、ふーっと息を吐いて三線のバチで弦に触れてみる。
弦から伝わる八重山の鼓動がバチを通して右腕全体に伝わる。頭に浮かんだのは鳩間(はとま)節。すぐそこには原曲が出来た鳩間島がある。テンテテンっと繰り返すフレーズは聞き慣れているはずなのに歌う場所が違うだけで初対面の印象だ。
しかし、歌っていて気持ちが良い。この瞬間のために鳩間節を練習してきたかと勘違いしそうだった。

立て続けに国頭ジントヨーを歌うと、厨房から「ジントヨーっ!」っと私の歌に合わせてご主人の声が重なった。アルバイトの男の子は「三線イイッスね」と手拍子を続ける。
空席が目立つ店内だったが、満席を想像させる熱い空気が漂った。
楽しいな、三線を弾けるようになって良かった。
今でも楽しかった気持ちを再現できるくらいだ。

一通り三線を弾き終えると同時に、終演を知らせるかのようなカランカランっと来客を知らせる音。
明日は西表島が待っている。
もう帰る時間だ。
私は「また弾きに来るからね」そっと三線を元の場所に置いた。

「森のこかげ」の三線はあの後、誰かに触ってもらえただろうかと考えたり、少し上達した私の歌三線に付き合ってほしいなと感慨深くなる時がある。