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授かりものがわからない妊婦
電車で優先席に座っていたら、お腹の大きな女性がきて席をゆずる、誰でも妊婦ははっきりわかります。
しかし、あらゆることには例外があります。世の中には妊娠していることに本人が気づかない人は結構います。
例えば、東邦大学の内科の教授だった、阿部達夫さんは、若い頃の苦い思い出として、17歳くらいの女性の患者さんのことを回想しています。
吐き気があり、胃の具合が悪いといって受診し、その後も数回きたが、「ろくに診療もしないで投薬だけしてかえしていた」(原文ママ)。ある日突然、その母親から電話があり、家に往診に行くと、子供の泣き声がしたとのこと。その日の朝に生まれたということでした。穴があったら入りたいほど恥ずかしい気持ちで、カルテを見ると、2ヶ月前から生理がなかったと自分の字で書いてあったらしいです。
これは診察をあまりしていなかったとのことでしたが、さすがにお腹はみていたと思います。何回も受診していたということは、女性本人は気づいていなかったんでしょうね。
強い腹痛があって、下半身を触ってみると、子供の頭が触れたという話も。
強い腹痛は、陣痛だったんですね。
女子重量挙げの選手が、トレーニング中に出産したなんてケースも。
これも、トレーニングによる腹圧の上昇で早産だったんでしょうね。
トレーニングや食事制限により生理不順になることがあるとのことで、アスリートではよく聞く話です。
僕は直接経験したわけではないですが、腹痛で救急外来に来た女性の患者さんで、まずトイレに行きたいといって、いったところ、トイレの中から産声が聞こえたという症例がありました。(症例?)
男性からしたらにわかに信じ難いですが、
女性の骨盤についてみてみると、妊娠すると、レントゲンで以下のような距離の計測をして、自然分娩が可能かどうかの指標にしたりします。
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入口横径はこの一番下のレントゲン写真の赤線をはかります
基準値はこれくらいです
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実測値はこれくらいです。
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産科真結合線、入口横径、外結合線の分布を見ると、大きい人と小さい人では、それぞれ大体4cmくらい変わります。
人の体型の大小をみると妥当な感じがします。
自分の骨盤あたりで比べてみると、この4cm以外と大きい印象です。
他にも例を探すと、おしっこがなんらかの理由で出なくなって困っている人(尿閉)の患者さんの膀胱は、1辺15cm〜20cmくらいの直方体になったりします。しかし、お腹を触るとパンパンになった膀胱を触れることはあっても、膀胱が飛び出してくるなんてことはありません。
これはお腹を水平に切った断面の画像で、真ん中の灰色の四角が、膀胱がパンパンになった時の断面です。
上がお腹、下が背中方向で、お腹の皮膚はそんなに盛り上がっていませんよね。
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また、痩せた高齢者が、便秘になったというので、肛門付近を見てみると、やはり20cm以上の巨大な大便が直腸の中に居座っていて、骨盤に治っていることもよくあります。でも、お腹を見てもそれがわかりません。
僕がよく経験する例では、卵巣の腫瘍です。
卵巣の腫瘍は、いくつかの症状のパターンがありますが、中でも、お腹ちょっと張ってきたという方が結構います。
お腹の中を見てみると、30cm以上の腫瘍がドカンとできている場合があったりします。
この写真は、左がお腹、右が背中方向で、体の中を切った平面画像で、白い楕円形の大きな方が腫瘍です。小さな方は膀胱です。
お腹のなかのほとんどを占めていますが、お腹の皮膚のラインではそこまでボッコリ出てきているわけではありませんよね。
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これってほとんど胎児に近いですよね。
では、お腹のなか、特に骨盤の中の臓器はどこにいったかというと、柔らかく押し除けられて、腹部の上方に追いやられていたりします。
そう、お腹の中は想像以上に、多少臓器の一部(特に消化管)が大きくなっても、全体としてのスペースは変わらないような柔らかさと柔軟性があります。
あと確かに屈伸運動みたいに、お腹を曲げても、臓器の痛みが生じるってことはないですよね。柔らかく、臓器がぬるぬる動けるようにすることで、体の動きによる臓器障害が発生せず、より自由な動きが可能になります。
この性質が腫瘍や、気づいていない妊娠の時は仇となってお腹の表面がぽっこり出てこず、出てきても太ったなくらいで、気づかないで放置されている状況が生まれるのかもしれません。
参考文献