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知識や治療が差別を葬り去ろうとしている
ある元兵士は、ボーア戦争での戦友と連絡が取れなくなったことにより、実家に赴きます。
その父親は、息子の所在について世界旅行に行っているといい、少し突っ込むと歯切れのわるい答えを口にし、追求すると逆ギレします。そのまま実家に泊まった元兵士は、戦友を窓ごしに見つけ、驚いて彼が去った方向にある庭にある離れに迫ったところ、父親に追い出されてしまいます。
シャーロック・ホームズ 白面の兵士のあらすじです。
元兵士が調査を依頼した探偵は、3つの可能性を考えます。
1 犯罪に関わって身を隠している
2 発狂したため、精神病院に行かせないようにしている
3 何らかの病気になったため隔離している
探偵は普通の人なら見逃すような手がかりから、3であると突き止めます。そして、元兵士が窓越しに見た戦友の顔から、戦友がハンセン病に感染した可能性があると突き止めます。
作品中で、発見された元兵士は言います「他人の中に隔離されて生涯出してもらう当てもない」「静かな田舎に住んでいるが、知られたら大騒ぎになって病院に追いやられる」 また、「死んでいたほうがまだましだったのに」とのコメントもあります。
本文中では、3と書いてありますが、実際には2と3両方だったと言えます。
結果的にはハンセン病ではなかったことがわかり、
(元兵士の)母親が喜びあまり失神するシーンがあります。
僕は差別用語が一番残っていると言われる新潮文庫で読みましたが、
ハンセン病にかかるという社会的ダメージは、犯罪者と同じレベルということですね。この病気にかかることがいかに恐怖だったかわかりますね
ハンセン病は、らい菌が、皮膚や神経を侵し、痛みの感覚がなくなって怪我をしやすくなって変形が起きたり、軟骨が侵されて鼻が低くなったり、神経麻痺によって外見がかわってきてしまいます。神経の障害は、突然の強い神経痛を引き起こしたりします。皮膚の病変も多彩です。
日本では悪名高いらい予防法が有名ですが、諸外国でも、このような特徴的な症状から差別や偏見の対象になってきました。
この作品の時代は1903年で、およそ100年あまりしかたっていません。
その昔、ハンセン病患者の治療は、見かねたキリスト教関係者が治療院を開設し、そこで行われていたようです。なったら社会的に終わりを意味する恐怖の病気でひたすら戦っていたのでしょう。
https://igakkai.kms-igakkai.com/wp/wp-content/uploads/2020ky/ippannkyouyou46)01-12.2020.pdf
その後、予防法や治療法が確立され、今ではリファンピシン(RFP)、サルファ剤(DDS)、クロファジミン(CLF)の多剤併用療法を用いて治療します。耐性を作らないために作用の違う薬を複数用いて治療します。同じ抗酸菌である結核菌や非結核性抗酸菌などと同様です。日本での発症数は年間1桁になっています。
差別的な法律の下で人権侵害的に隔離されてきた方々は、差別を身を以て体験されていると思います。一方で、医学の発達により、今後50年未来を考えると、おそらく過去には恐ろしいとされたが、実体が解明され、少なくとも患者となったのはたまたまで、治療方法もある病気の一つになり、もはやハンセン病が差別の対象であったことも、教えられなければ気づきもしないで理解出来ない人が増えるかもしれません。
となると、中世のキリスト教関係者が途方に暮れながらケアにあたっていたときには考えられないことですが、医学の発展により差別を事実上葬りつつあるとも言えます。
新しい治療法を開発することは、病気そのものの苦痛を取り除きつつ、社会的な取り組みでは減らすことが難しかった人々の認識を激変する作用があるのかもしれません。