皆で相談した結果、大間違いに突き進む③


医療現場では主治医が患者の治療方針に迷ったり、難しいと感じたら、会議でいろんな人に相談して意見をもらって、方針を決めることがあります。

責任をシェアしたり、経験ある人にアドバイスをもらったり、他の職種の意見を聞いたりして、より良い意思決定をするためです。

しかし、やり方を間違えると逆効果です。医療現場以外でも同様のことがあるかもしれません。

実際経験した事例をもとに解説していきます。

大きな病院では、各主治医が担当している患者の一覧を簡単に全て報告したりする会議があります。主に、問題がないか、典型例から逸脱がないかどうかチェックされます。

僕の印象ですが、現場で見ていて、有効に機能しているようです。
チェックみたいな感じなので、あまり時間もかからないで、スピーディに終わります。

一方で、病気の診断や治療、何らかの問題が起こったりしたことについて、責任をシェアしたり、ベテランに助言をもらったり、部署全体の看護師や技師などの他職種に意見を聞いたりするような、コンサルトのような会議の場があります。

民主的で聞こえはいいですが、実態としてはより良い意思決定どころか、あらぬ方向に突き進んでしまう危険なケースが多かったです。

会議すれば難しい問題にもうまい解決策が生まれると思っていると、問題を大きくするという何やっているわからない現象について、

心理学的な側面から、いくつかのポイントに分けて解説します。

最後は、問題を解決するモチベーションが超低い人たちに相談している、です。

医療現場で、他の職種、部署の方々が多く集まったところで、明言はしない、解決しようと思っていない参加者が結構いるのではないでしょうか。
全ての会議でとは言わないものの、寝ている人がいるケースもかなり経験しました。

僕の先輩は、「夕方に他人の難しい症例の相談されても、頭が回らなくて、理解できないし、アドバイスなんて思いつかないよ」
と言っていました。開催する時間帯もあるのかもしれません。

他の人は聞いているふりをして、自分には関係ないと思っている、関係あるけど他の人が何とかするでしょと、発言しないことは、よくあることがわかっています。
「社会的手抜き現象」と呼ばれるものです。

要するに誰かが真剣に考えてくれると思っているわけですね。

会議で発言していない多くの人が、抱いている懸念といったものもなかったことにされているかもしれません。
(往々にして大事故が起こった後に、「みんな口には出さなかったが気づいていて心配していた」といったりします)

例えば、
心臓を栄養する血管が狭くなっている狭心症の疑いがあった患者がいました。この患者はがんの治療のために来院されました。
治療の副作用で、その血管が狭くなる副作用が知られているため、治療を弱めるべきかのケースとして会議で相談がありました。
しかし、ある精密検査は受けており、狭心症はないことがはっきりしていたのに、精密検査の理由や意味がわからず、狭心症はある前提で、治療を弱めるべきという結論に達してしまいました。(がんに対するパワーは弱くなる)

会議に出席していた何人かの医師は、この精密検査を理解しており、会議で出した結論が誤りであることを知っていましたが、
発言しませんでした。

また、理不尽な要求をする患者に対して、主治医が自分だけで対応する意識が薄くなり、半分丸投げに見える形で会議でみんなに相談した結果、結局訴えられてしまったケースがありました。
この患者は以前の病院でも訴訟をしており、訴訟などのトラブルの回避の目的のために対応を検討したのでした。

このケースでも、実際には、一部のスタッフだけで話し合われました(参加者は30人以上)。
理不尽な要求にどう沿うべきかしか話し合われませんでした。
他の人たちは、「大変だね」と言っていました。

問題を投げている当事者は、解決するモチベーションはおろか聞く気もない人たちに相談しているわけで、
うまくいくわけがないですよね。

それをわかっているのか、
別の先輩は、「会議で一応相談する」と言いつつ、会議で発言した責任者の意見を無視して、自分の思ったようにやっていました。
その責任者の意見に対して会議では「わかりました、では患者と相談してまた報告させていただきます」と言いつつ、報告することはありませんでした。(民間企業とは違い、担当医に裁量権があるのである程度は可能です)

患者の命を預かるはずの重要な会議では、こんな感じのいい加減なことになっていることも多いです。

一言で言えば会議の効果やもたらす利益について、さっぱり考えたことがないというのが大半ではないでしょうか。疑ったことすらないのではないかと思います。
意味があると思っている人は、発言力があったり、会議に積極的に参加している人が多いです。
それは自分だけかもしれません。全体としての意思決定がよりよくならないと、意見を言おうが、参加してようが無駄だと思うんです。

一方僕の別の上司は、
「大勢で会議で相談すると、みんな聞いてないし、寝てるし、適当な意見ばっかりでるし、当事者意識ないし、もう意味はない。相談するなら基本は1対1、研修医含めても3人以内だとうまくいく、これならみんな真剣に討議する」という経験則を紹介してくれました。

その当時の部署では、実際3人以内でしか相談しませんでした、研修医も発言しなかった人はいなかったです。
僕自身もこれは使えると思いました、3年間で1000回以上しましたが、無駄だと思ったことはありませんでした。

つまり、全員で一緒にやらないということですね。(関係ない人を極力させたがるアホもいるが、極力参加させないため。当たり前)
1対1はしっかり答えてくれる場合が多いです。目の前に真剣になって助けを求めているのに寝る人はいないはずです。
広く意見を聞こうと思ったら、1対1を繰り返せばいいです。
そんな時間はないとは言わせません。実際やっていました。

なぜ1対1を繰り返すといいのかもう一つ理由があります。
意見が独立して集められるからです。
部長の発言を聞いて、僕は反対の意見があるが、なんか言われると面倒だから発言するのやめよう、これは逆です。
多数の意見を集めた時により良い決定ができるのは、問われた人同士が独立している(互いの意見がわからない)時だということがわかっています。
発言が自由になるからですね。

意思決定を相談する会議は一歩間違えると、間違った方向にミスリードされる可能性を孕んでいます。
これは、すでに一般的になりつつある知識です。
故に、評価のフィルターにかけなければならないと思うんです。みんなで話し合ったら常にうまいこといくと思い込むのは錯覚でしょう。適当な発言だけする連中に謙虚さを学習させるためにも、その後の検証も必要です。

現場が忙しいと甘えたことを言う前に、寝ている人のいる話し合いをやめ、現実にコミットする行動に変えた方がいいかもしれません。

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