医師から見て運動を教える資格がない人

体の動きを教えているのに、いい歳して解剖が頭に入っていない人を、指導の場から積極的に追放するのは、みんなにとってとてもよいことです。

動きをもっと良くしようと思っていると解剖は避けて通れないはずで、知らないということは、
アップデート機能がないということです。

探求することがいかに教えを受ける人の利益になるかにも触れて解説します。

解剖を全く理解していない指導者を多く輩出する弓道の動作を例に解説しましょう。

弓道には、矢を放つ前の準備として、胴造りと呼ばれる、一部体幹を固めるような動作があります。動作といっても見た目にはあまり動かないです。

https://www.kyudo.jp/howto/syaho.html

http://kotakotakotaro.web.fc2.com/kyohon.pdf

「「胴造り」は、「足踏み」を基礎として、両足の上に上体を正しく安静に置き、腰を据え、左右の肩を沈め、脊柱及び項
を真っ直ぐに伸ばし、総体の中心を腰の中央に置き、心気を丹田におさめる動作である。」

とのことです。少しわかりにくいので補足すると、体の左側に的があるように立ち、足踏みという、足を開く動作をします。この後に、胴造りを行い、「基礎」とするということです。運動上の特性として、体幹をブレないようにするという意味があります。

それでも初見の方には、理解しづらい表現と思います。
「電車の車内に正しい胴造りをして立つと、揺れても姿勢が崩れない」という指導者や上級者のコメントが参考になるのではないでしょうか。

メカニズムを解剖に沿って解説します。

ここでは、主に骨盤以下についてお話しします。
ここを動かないようにするには、股関節、両足先の三角形が壊れないようにすればいいことになります。

そのためには膝の関節をまっすぐ伸ばす必要があります。

膝の関節は伸ばす(伸展)と曲げる(屈曲)の二種類があるように見えますが、
実は伸ばすは少し細かいメカニズムがあります。



筋骨格系のキネシオロジー

膝を伸ばしきると、わずかに足が外回り(外旋)になります。
これは、終末強制回旋といい、伸ばしきると、わずかに外回りになることで、骨が噛み合い、膝がまっすぐの棒になったようにロックされる現象が起きます。
力は少なく、足を直線に保つことができるのです。

細かい話をすると、膝関節で、骨が接している箇所が内側と外側二箇所(内果、外果)あり、内側の方が骨が滑る距離が長いので、外回りになります。

従って、おそらく先のコメントは、膝関節完全伸展+終末強制回旋ロックがある状態になります

さらに、これを実現するためには、まだ動作の理解が必要です。

足をつけた状態で、太ももから見て膝関節が外回りになるということは、
着けた足から見て、太ももは内回りになるということですよね。
つまり、股関節の内回り(内旋)が生じることになります。



股関節 協調と分散から捉える

これに主に関わる筋肉は小殿筋(の前部線維)といって、股関節の外側についている筋肉です。
また、内回りするには、外回りの筋肉が伸びきっていない状態がいいです。内回りの筋肉は外回りで伸びるからですね。


弓道の体勢で、小殿筋を使うと膝関節がロックされた状態になります。なので、股関節が両方内回りになる感覚が正しいと思います。


これで、足が一本の棒のようになったら、内転筋群と呼ばれる、股関節を内側に締める作用のある筋肉を使うと、

円を描くコンパスの針と鉛筆を結ぶジョイントを固くしたような構造となり、股関節、両足先を結ぶ三角形が強固になります。

以上が解剖と運動学に沿う「電車の車内に正しい胴造りをして立つと、揺れても姿勢が崩れない」状態の一部の説明になります。(呼吸や肩の話は割愛しています)
電車の中でやってみていただければ実感できると思います。

僕が出会った弓道の指導者からは、膝関節のメカニズムに基づいた骨盤、下肢の安定はおろか、股関節の内旋といったワードさえ聞いたことはありません。大丈夫でしょうか。

でも、よく見るとそんなに複雑でないと思われるのではないでしょうか。

僕は医師ですが、終末強制回旋などの知識は医学部では教えてもらいませんでした。(最近はリハビリ科専門医ができたのでカリキュラムに組み込まれているかもしれません。)

この知識は主に歩行で重要になってくるものであり、理学療法の世界では常識です。

下肢の疾患を議論する上でどうしてももう少し詳しい局所解剖、運動の知識が必要だったので、自分で解剖書を引っ張って、理学療法士に質問し、解説してもらって理解しました。元々、全然知りませんでした。

一方、スポーツを指導している方と普段仕事で話す機会が多いのですが、学生時代は医療関係でなくても、
指導するにあたって、専門書を読んで考えているので同じように会話できる人が多いです。

動きをもっと詳しく知ろうと思ったら当たり前にそうなります。

逆にいうと、何十年も動きの指導をしていながら、解剖学的な用語すら出てこないポンコツがいます。

解剖を用いて話しているように見えても、「ここに力が入ると、別のこの筋肉がはる」といった、何をいっているのかわからない、運動の原理を飛び越えた非論理的なストーリーを語る人も同じです。

(筋の連鎖反応を説明するには、腱や筋膜の構造の理解が必要です。頚部に至っては反射など神経学的な知識も必要になります。)

このような連中は、OSアップデート機能のない、もっというとインターネットにつながっていないPCと同じで、

極めて基礎的な知識である解剖の本すら開かなかったという事実は、
自分にとって簡単なことだけしつつ、知らないことを吸収するといった難しいことに取り組んでいないということじゃないかなと思います。

こんなんじゃ、経験年数がいくらあっても成長していませんし(しているように思えるのは錯覚)、これからも見込みはありません。

ちなみに、話はそれますが、
経験者の方はご存知だと思いますが、弓道は、他の運動・スポーツ領域を見てもちょっと特殊で、教本と呼ばれるバイブルに沿って指導がなされています。
作られた時代背景もあるのか、文化の問題なのかはわかないものの、先の胴造りの説明でもわかるように曖昧な書き方が多いんです。
でも、体をベースにする以上、必ずしも解剖と矛盾しない点も多いでしょう。(怪我が多いということは矛盾する点もあると思います。)

別の機会にお話ししますが、
解剖は共通の言語なので、個人差や怪我の防止の議論が進むんですね。

動きだけ見ていると、フォームが綺麗だの汚いだのといった話になりがちですが(弓道は特にこの手の話が多い)、
筋骨格の個人差による理にかなったフォームかどうかが理解できるようになります。

例えば、長年の運動不足による大胸筋の収縮伸展の低下などによる、肩関節の動きの制限なども見て取れるようになります。
トレーニングしたほうが良くなるケースを見出すこともできるでしょう。

また、怪我を予防したり、すぐに察知するのに有用です。
怪我の発生は自己責任ではありません、全部指導者のせいです。
筋骨格系の障害は、元に戻らないことが多く、怪我の発生は傷害に近いです。適当なコメントを吐いて試合のために練習を続行させるカスは、自分が何をやっているのかわかっているのでしょうか。

例えば、10代の方は少ないと思いますが、
壮年期以降に運動を始められる方は、肩関節周囲や、肩甲骨周囲の筋肉の癒着があって、うまく動かせない場合があります。
こういった局所解剖の知識があると、肩関節の動きに関わる筋肉(ローテーターカフと言います)の障害による運動の制限にいち早く気づくことができ、障害を回避できることもあります。

このように、いろんなパターンの人がやってくるわけですから、動きを教える立場の人に勉強は欠かせません。解剖の勉強すらしようとしない指導者は、他人に動きを教える資格も価値もありません。

経験年数より、知識をアップデートして追求する意欲のある人を見極めるのが大事なのかもしれません。経験が乏しければ、一緒に知識を得る姿勢もすばらしいと思います。