動く馬を見て凍りついた画家

体の動きは複雑すぎて完璧に把握できません。

そこに挑戦したある写真家のエピソードを紹介しつつ、

細かい時間で見ると、顕微鏡で観察しているように非常に微細な働きをとらえられることがあります。

人の動き、例えば歩行では、立脚期、遊脚期の中でも、初期接地などいくつかのフェーズに分かれていますが、早すぎて完璧に把握できません。

馬好きの間では馬は走っている時(ギャロップ)、脚が時々空中に浮いているのか、そんな疑問があったとかなかったとか。

馬の動きの通説に大いに疑問を持っていた19世紀のアメリカの鉄道王リーランド・スタンフォードは、自分の農場に写真家のエドワード・マイブリッジを招いた時、馬が走っている時の写真を撮ってくれるように頼んだそうです。

ちなみにこの鉄道王は、のちに有名な大学を設立しました。

当時の写真技術では、高速で動いている物体をはっきり写真に写すのはかなり難しかったのですが、マイブリッジは研究してやり遂げて、ついに馬が歩いている時にでさえ、一瞬空中に浮いている写真を撮って証明しました。

この後、彼は、動物の動きをひたすら写真に撮り始め、特に走るトラックに沿って、ワイヤーを貼っておき、動物が走り抜けた時ワイヤーが切れるとシャッターが切れるようにしたため、連続的な写真を撮ることに成功しました。



エドワード・マイブリッジ - Provided directly by Library of Congress Prints and Photographs Division, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=57260211による

特に、馬では通説の、完全に脚が伸びている時ではなく、脚が互いに最も近づいた時に生じていることがわかりました。

例えば、この絵画は正確でないということです。

テオドール・ジェリコー - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM)、distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=151540による

同様に、ヒヒからライオン、人間まで色んな動物の連続写真を残しました。

生き物の複雑な動きが初めて細かく映像になった瞬間ということですね。

この技術を、フランスにいたジュール・マレーという生物学者は、マイブリッジへこれらの連続写真を高速で映写することを勧めました。

つまり、世界最初の映像映写機ですね。

これを見て、高名な画家で、馬を描いてきたアントン・メソニエは凍りついたそうです。今までの彼の作品は間違っていたからです。

マレーはさらに一歩進め、1枚のフィルムに一定間隔で動きを写すと、1枚の画像で動きが全て盛り込まれると考え、現在モーションキャプチャと呼ばれる方法を考えつきました。


https://images.app.goo.gl/JcBjjYjAftKPBqqUA


これの何が革新的かというと、写真から四肢の速度と、加速度の計算が可能になり、四肢のパーツの質量が分かれば、筋肉の力も算出できるということでした。

今まで、全くと言っていいほどわかっていなかった、生体の動きが可視化されたんですね。

ちょっと専門的な話ですが、体の位置の高い時間分解能で分析したということです。高い時間分解能とは、絵が歩行周期の一瞬の位置であるとすると、これらの写真は0.1秒ごとの位置を表していることになり、時間的に細かい情報が得られるということです。

さながら、動きを顕微鏡で見ているようなもので、今まで全くわからなかった驚くべき世界が広がっていたことになります。

人間の歩行周期の解明や、歩容の異常の分析、さらには治療法の開発へとつながっていきました。

このような細かいデータは、最近スマホやウェラブルデバイスの発達により、かなり得やすくなっています。

ただ、個人的にそのようなデータに触れた経験からの感想として、かなり細かい情報が得られますが、普段人の感覚ではとらえられないような細かさ故に、まず解釈がかなり難しいです。

さながら顕微鏡で見たことのない風景に感動するものの、それが何を見ているのかわからないといったケースが結構あるのではと思います。

100年以上前の写真の驚きは過去のものではなく、今もまさに技術の進歩や普及が止まるところを知らず、どんどん不思議な情報を生み出しているように感じます。

参考図書
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