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“日銀の歴史的政策転換”で考えた3つのこと――中銀ウィークを越えて

3月19日(火)日銀が異次元緩和政策からの脱却、正常化への第一歩に踏み出しました。ポイントは①マイナス金利政策の解除 ②YCC政策の撤廃 ③ETF、REITの新規買い入れの終了――。その後の米FOMCも含めてすでに一連の報道が出尽くした週末ですので、自分なりに特に印象に残った3点について書き記しておきます。改めて植田日銀の今後の金融政策を考えるうえで、大事なことだと思っています。
 

(1)“専門家”の読み違い――「4月」ではなく「3月」だった


ぎりぎりのタイミングまで、エコノミスト、専門家の間では「マイナ解除などの政策変更は近くあるだろうが、そのタイミングは3月ではなく4月だろう」という予測が多かったように思います。僕の印象論では、例えば“元日銀で金融政策に熟知している人”ほど、“金融政策の発信の仕方として4月であるべき” といった論調が多かった――。その考え方をざっくりまとめると「1月の会合での発信を考えると、展望リポートがなく、焦点の春闘も一時速報しかない段階の3月会合で変更するのは説明の仕方として丁寧ではない。そういうことはすべきではない。そもそも3月も4月も大差はないのだから……」といったことではないかと思います。
 
後付けになることをご容赦いただいて、現時点で“専門家”の読み違いの背景を考えると、筋論にこだわり過ぎて、金融政策の時間との闘いの面を軽視し過ぎたのではないでしょうか?そもそもマイナ金利解除自体は、昨年後半の動きからみて、1月にあってもおかしくなかった動きです。能登半島地震の影響などもあり、動くに動けなかったのが実情だと考えていますが、米国がいつ利下げに動いてもおかしくないという今年の金融環境。米国の利下げが始まったあと、日本が利上げに動けば、為替市場での円高をテコに、結構な株安に見舞われる恐れは十分にありました。為替市場に対する意識を、決して日銀は真正面から挙げることはありませんが、大事な要素だったと思います。そして政治の混乱。政治資金倫理法問題で旧安倍派の発言力が極端なまでに低下しているタイミングは日銀にとって“千載一遇のチャンス”だったと思います。この点では早くから、少数派の時期から、3月を唱えていた楽天証券経済研究所チーフエコノミストの愛宕伸康さんの見立ては、今回の局面でとても的確だったと思います。

愛宕さん、一部女性キャスターの間で“真田広之に似ている”説!

(2)事前報道批判について――「概ねあたらない」と考えるわけ

今回は会合直前の最終盤になって、事前の報道がかなりヒートアップしました。僕の印象では時事通信やブルームバーグ社が早い段階で3月解除の可能性を報じていたほか、日本経済新聞も終盤に、かなり詳細に今回の政策変更の3つの柱について報じました。この点に関して一部の評論家やネットでの議論などを垣間見ると、「事前に大事な情報が漏れる、リークするなどあり得ないことだ」などと問題視する声があります。僕は少なくても今回の局面では、こうした批判は概ねあたらないと考えています。リーク云々という言い方の背景には、日銀が意図的にマスコミに情報を流し、世論を操作しようとしているーーといった批判的な考え方が見え隠れしますが、それは今どきやはりあり得ないーー。そのようなチープな闘いを日銀も、メディアもしているとは僕は考えていません。日銀が以前から発信していた情報を丹念に検証し、日銀だけではなく政府サイド、政治の情勢、そしてもちろん今回の決定のカギとなった賃金交渉の状況などを総合的にみて「リスクを取って報じた」のだと考えています。この点について、19日の植田総裁会見でもやり取りがありましたのでその部分だけ、以下に再録しておきます。 

(問)今回、決定会合を前に、さなかにも政策変更を決めるという報道がありましたが、これは例えば市場に織り込ませるというような総裁の意図するコミュニケーションでしょうか。
(答)今回一連の報道が、いつもではありますけれども、会合に先立ってあったというふうに認識しておりますけれども、それはすべて私どもが、今、直前のご質問にお答えした中で申し上げましたように発信した情報をもとに、報道された各社がそれぞれの見方を示されたものというふうに理解しております。 

日銀のHPから 

さて、敢えて報道批判は「概ねあたらない」と書いたのには訳があります。気になる報道もあったからです。速報を重視する某公共放送が当日19日の12時18分でしたが、「【速報】日銀植田総裁 マイナス金利政策の解除など提案」などと報じたのです。このタイミングでの「提案」という報道は、正直言って「見たことがない」(あるエコノミスト)です。休憩か、何かのブレイクのタイミングをとらえたのか実態は不明ですが、スタジオでは担当記者が「提案」について時折解説を加えています。これを指摘するのはちょっと申し訳ないのですが、この報道には「オチ」も付きました。実際には12時35分、日銀がマイナ政策解除などを発表したのですが、その後も3分ほど、TV画面では「提案」について解説を続けていたのです。どうしてこんなことになったのか、今後の自戒の意味も含めて敢えて記録しておきます。 今回は、広い意味では市場の混乱を避けて織り込ませたい日銀と、できるだけ早く報じたいメディアの“利害”が一致していたとも言えそうです。今後そのような局面ばかりとは限りません。いうまでもなく、取材される側、する側の健全な緊張感は欠かせません。

(3)今後の論点――“量”のあいまいさと厄介な為替市場



植田総裁は、今後の金融政策について「普通の金融政策」という表現を使い、「短期金利を政策手段にしているほかの中央銀行と同じように設定していくことになる」と話しました。「普通」とは、異次元の金融政策からの脱却を象徴する言葉として感慨深いものがあります。
 
が、気になる点もいくつかあります。ひとつは“量”の位置付けです。声明では「短期金利の操作を主たる政策手段として」と明記したうえで、長期国債については「これまでと概ね同程度の金額で長期国債の買い入れを継続」かつ「長期金利が急激に上昇する場合には、機動的に、買い入れ額の増額等で対応」としています。下は日銀が発表に使った図表ですが、ちょっと分かりにくい。

「これまでと概ね同程度」って書く必要あったのかしらん?

 
野村総合研究所エキスパートリサーチャーの石川純子さんは「長期国債買い入れは金融市場調節手段ではなく、金融システム安定のための手段だともっとはっきりと打ち出してほしかった」と話していました。会見やその後の国会答弁などでも、今後減額していくことを示唆しているのですが、政策手段のオプションとして敢えて“あいまいさ”を残しているようにみえなくもありません。“事実上減らしていく”ーーみたいなことは、政策の透明性、予見性の観点から好ましくないと考えます。

石川さん、いつもリアルタイム“チャット解説”ありがとうございます!

そして為替市場での円安気味の動き。これは本当に厄介――。日銀がこれだけの、ある意味では歴史的な政策転換を決定したにも関わらず、そして直後の米FOMCが(いろいろあるけれども)年3回の利下げペースを示唆しているにも関わらず、ドル円相場は1ドル152円をうかがうような展開が続いています。コスト高、生活の苦しさといった観点から、「円安→株高」と歓迎する局面が長続きするとは考えにくい。市場は「日銀はしばらく緩和的政策を続けるしかない」、「Fedは今言っているような利下げ転換は簡単ではないだろう」と懐疑的なのかもしれません。「9割以上は日本以外の要因で決まるのが為替市場」(ある日銀関係者)だとは思いつつ、最高値の日経平均株価を、ついつい冷ややかに眺めてしまうところがあります。


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