巨大な虫なだけグレーゴルはましだ
私はとある企業に務める一介の会社員だが、一応、入社一年の割にはそれなりのポストを任されている。
それは、自分の勤勉な態度と柔らかい物腰、そして従順な性質からの抜擢であって、決して人より秀でたところがあるわけではない、と認識している。おおかた間違いではないだろう。
そんな私にも慕ってくれる部下がいる。
彼は、自分より一つ年下の25歳で、雇用形態としてはアルバイトだが、明らかに私より「出来る人」なのだ。
社交的で、清潔感があり、甘いマスクで、高学歴。人としての器が大きく、誰にでも優しく、信頼できる人間である。
彼は、常に何社からもヘッドハンティングの話が来るが、断り続けていた。
年齢や役職は関係ない。私はいつも、彼に、尊敬の念を抱き、同時にすこし嫉妬をしていた。
この夏で、彼が、会社を退職する。
超大手企業にいきなり役員待遇で就職することになったのだ。
彼の送別会で、酒をしこたま浴びて、最後は彼と二人になり、朝まで飲み明かした。
「今までありがとうございました」
彼は爽やかに笑って、去っていた。
そして、僕は眠りにつき朝目覚めると、蟻になっていた。
どうすることも出来ないので、小さい体で必死にキーボードを打ち、やっとこの文章を書き終えた。
この体が元に戻るかわからないが、「蟻になってしまった」と伝えても、
彼は信じ、助けてくれるはずだ。