一目瞭然
2002年の診療報酬改定により新たに精神科救急病棟が設置された。それは精神障害者の急性期症状への迅速な対応と入院期間を3ヶ月以内に設定することによる長期に及ぶ社会的入院の抑制を図る目的があった。よって、その取得基準はハードルが高く、もちろん、そのため入院費は精神科医療では最も高額なものになった。要するに、それは患者の人権に配慮した良質の精神科医療を提供するものとして、権利擁護を唱える団体等にも好意的に受け入れられた。そして意識の高いとされる多くの精神科病院がその取得に励んだ。結果、図①で見るように2021年現在、全国170施設がこの精神科救急病棟を取得している。
ただ、その病棟は常に非自発的入院者(医療保護、措置入院:いわゆる強制入院)を常に6割以上を要するとなっている。だが、その制度が設けられた2002年当時には、すでに幻覚妄想を呈し病識を欠く、非自発的入院を要す精神科救急入院を要する精神科疾患の患者は減少を始めていた。図②は当時、新潟大学医学部精神科教室より、それまでと今後の統合失調症者の入院患者数の推移をその推計も含めて報告している。
その推移は予測していた以上の減少をみせている。そして、その要因には長期入院患者が地域移行したわけではなく、多くが残念ながら死亡退院となっていること、それと若年者いわゆる初発ケースと思われる患者は発病が減少し、かつ、発病したとしても外来受診のみの処置(薬物療法)でその多くが改善していることが考えられる。次に私がこれまでも紹介してきた図③、「当院の精神科疾病構造の変化」を再見していただきたい。こうした精神科疾患の特性の変化を踏まえれば、2002年当時、1987年に設けられた「任意入院に努め・・・」(精神保健福祉法第20条)を尊重して精神科医と精神科医療従事者は、それに基づいて生業を行う術を身に付けるべきではなかったか。
そうしなかった証が図④だ。
任意入院が減少、医療保護入院が増加している。これだけではこの現象が何故起きたのかわからない。では、図①と図④とを重ねてみよう。それが図⑤。一目瞭然だ。これを失われた20年と言う。
2021年 から2022年にかけて行われた「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」では医療保護入院をなくせとの議論がなされたようだ。その議論の結果、2022年12月に国会を通過した精神保健福祉法の改正では付帯事項として「医療保護入院の在り方速やかに検討」となっている。
2022年11月8日付毎日新聞に権利擁護に取り組んでおられる弁護士の方が、「入院期間(精神科救急)を最長でも3週間程度で・・・」と、語っておられる。が、臨床現場の感触としてはそんなには要らない。精神科救急の入院対応は2日~10日程度でいい。その後、急性期、回復期、慢性期へどう移行させるかを見極めることが極めて重要。外野の方々は、こういった精神科医療のあり方にもっと関心を持っていただければ・・・と。それでなくともこの20年、精神科医(精神保健指定医と称するやから・私もその一人)と精神科医療を生業とする者の質の低下は目を覆うばかりだ!
昨今、患者の人権とやらを口走る各自治体精神保健行政の指導下、精神保健指定医は病識欠如と否認の区別もできず、非自発的入院処遇のための作文作成に励み、また、精神医療審査会に至っては書類人権主義者の集団となっている。
追記)救急とは、「急場の難儀を救うこと。特に、急病人・負傷者に応急の手当てを施すこと」とある。何故、精神科の場合、20年前に3ヶ月以内に…、今度は外部の方が3週間程度と…。救急の意味合いからするとそれは長すぎないか。
精神科救急も総合病院の中で精神科が病床を設けて救急対応を行うのが本来。とくに近年はそこでの処遇が妥当だと思えるケースが多い。研修医を含め若手の医師にも経験を積むのには最適だ。ただ、これも過去に外部(ジャーナリスト)の方が「精神病院はいらない」のキャンペーンを行った。その結果、総合病院の管理者がそれに反応、不採算部門の精神科病棟閉鎖を行うに好都合だったようだ。そのため現在、精神科救急対応の総合病院精神科病棟は皆無といっていい。
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