「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係わる検討会」 「精神科救急医療体制整備に係わるワーキンググループ」 報告書(素案)について
2020年10月26日に厚生労働省「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係わる検討会」、第5回会合「精神科救急医療体制整備に係わるワーキンググループ」が行われ、その報告書(素案)が2020年11月13日に公開された。
そこでは、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築推進における精神科救急医療体制整備では、「必ずしも入院医療を前提としない」という基本的な考え方のもと・・・とした上で、入院医療を含む精神科救急医療の機能も重要でありとし、その整備の意義として、
① 急性憎悪・急性発症への即時、適切な介入による機能低下の防止
② 長期在院の防止
③ 多様な精神疾患への対応の構築
以上3点をあげている。
そして、そのセンター機能を果たす施設は、原則として精神科救急入院料などの算定を行っていることから精神科常時対応型精神科救急医療施設としている。
ここで、私が現在も関わりを続けている精神科救急治療病棟への入院絡みの症例の紹介と、当院における救急輪番などにおける急性期の患者受け入れの近況にもふれてみたい。
『離脱症状が出現した女性のアルコール依存症者が県内の精神科救急入院料病棟に入院となった。入院形態は医療保護入院(非自発的入院)である。もちろん、人権擁護の観点から、「精神医療審査会」で書類審査が行われている。審査結果は要医療保護入院であった。
手続きのうえでは特に問題はない。ただ通常、離脱症状が出現した場合のその後の持続期間はほぼ10日程度である。彼女も10日後には離脱症状は消褪した。本来、ここで医師(精神保健指定医)は、医療保護入院から任意入院(自発的入院)への切り替えを行い、かつ彼女に、その後の入院継続あるいは退院の選択の意思確認を行うべきである。だが、彼女の場合は、そのような確認はなく、しっかり90日間入院することになった。その精神科病院を退院後、当院に来院し、以来約7年間外来通院を続け、アディクションリハビリテーションプログラムにも欠かすことなく通ってくれている。ただ、通院から数カ月ほど経過した頃、彼女が反復性うつ病の重複障害であることが判明した。うつ状態が深刻になるたびに薬剤調整を目的としたレスパイト入院を促したが、精神科救急入院料病棟におけるつらい入院体験を抱える彼女は、今も周期的に襲ってくる深刻なうつ状態のときも頑なに入院治療を拒み続けている』
だが、『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』によると、「アルコール使用障害の患者が救急搬送されてきた場合の初期対応」として、次のような経過が紹介されている。〈その後、見当識障害、自律神経症状、幻覚等もほぼ消失した(CIWA-Ar:2点)ため、入院7日目にジアゼパムを中止。断酒に向けての治療再開を勧めたところ、本人も同意したため、以前通院していた依存症専門病院を紹介した〉と。このガイドラインの事例から離脱症状、精神症状の消失後の治療をどうするかについては、患者本人に説明したうえで同意を得るのが必須である。つまり、先の私が現在関わりを続けている女性患者は医療保護入院下では、7日前後の入院にすべきが3ヵ月の長期在院に至った症例である。
また、当院の救急輪番日においても措置入院、緊急措置入院の要請を受け入れている。だが、大量服薬後の脱抑制による一過性の不穏な状態、あるいは外部要因によりいわゆる「死にたくないが、生きたくもない」から自殺をほのめかす発言が措置入院該当となり入院となる事例が最近多くなった気がする。当院では、そのような場合、一旦は措置入院で受け入れるが、数日後には措置入院の消褪届を出し、任意入院、あるいは外来転帰として精神科リハビリテーションへの導入に努めている。
だがどうだろうか?精神科救急入院料を請求できる精神科常時対応型精神科救急医療施設では、「入院期間3ヶ月(以内)」と「年間の入院患者は6割以上が非自発入院(任意入院でない入院)であること」といった基準が設けられている。
様々な精神科関係の学会、研究会で精神科常時対応型精神科救急医療施設に勤務する看護スタッフの発表内容で、「3ヵ月以内」ではなく「3ヵ月の縛り」といった表現が多い。そして、そんな症例の「3ヵ月の縛り」を要する問題行動とは、精神症状からのものでなく、環境要因、処遇への反発による問題行動であることが、質問を繰り返す中で明らかになることがしばしばである。とにかく、「3ヵ月以内」より「3ヵ月の縛り」が病院経営的には魅力的である。となると、これでは、精神科常時対応型精神科救急医療施設をセンター機能とする精神科救急医療体制は、費用対効果もよろしくないことになる。これまで日本の精神科救急医療を牽引してきた平田豊明は、論文『精神科医療における自明性の検証』の中で、
「『自分がもしこの病棟に1ヶ月以上入院したら、どう感じるか』という想像力を働かせることが、自明性を検証する最も重要な方法なのである」
と指摘。また、同論文で
「1987年、任意入院、精神保健指定医、精神医療審査会を制度改革の3本柱とする精神保健法が成立した」
と解説した上で、
「・・・精神科病院における医療の自明性を検証し、現代の医療水準に届かないと思われる医療行為や療養環境の是正を要請すること、すなわちエントロピー増大の抑制の資することも、精神医療審査会の任務と考えるべきである」
と精神医療審査会に対して苦言を呈している。さらに“おわりに”で
「…精神科医療の領域でも、いつまた歴史の古層が露出してくるか、予断を許さない状況にある」
と結んでいる。私はこれを『先祖帰り』だと理解したい。以上から、現行の精神科救急入院料を請求できる精神科常時対応型精神科救急医療施設が存在する限り、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築推進における精神科救急医療体制整備は困難であると言わざるを得ない。
加えて、以下の課題は解決できないのでは??
課題:①精神科疾病構造の変化を意識した精神科救急医療が検討されているのか?②総合病院の救急医療(ER)と現状の精神科医療体制がうまく連携できる仕組みづくりがなされているか?③精神科常時対応型精神科救急医療施設(スーパー救急)の基準が今の精神科疾病構造に上手く対応し、治療、回復に寄与できる内容なのか?
また、「精神科救急医療体制整備事業等調査の結果について」の「24時間精神医療相談窓口の状況①」の図表:相談内訳において、複数回答可にもかかわらず、依存は0件となっている。
この相談内訳から、諸々の依存症起因でおきる特有の「薬(大量服薬)」、「自傷行為(リストカット)」「希死(自暴自棄)」等々の問題行動について相談を受ける段階ですでに、その背景を察知、把握できておらず、適切な対応ができる体制にあるのか疑わしいと、これまた言わざるを得ない。これでは「必ずしも入院医療を前提としない」件も含めた精神科医療体制と総合病院の救急医療(ER)との間でこれからも混乱が生じ続けることが懸念される。よって、これも含めて課題①・②・③に対する議論を今後さらに重ねていただきたい。
参考図書)
平田豊明「精神科医療における自明性の検証」・精神科治療学、星和書店、2019. 8
西脇健三郎「依存するということ」幻冬舎、2019
西脇健三郎「一億総活躍のメンタルへルス」幻冬舎、2017
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