制度疲労を起こしている精神保健福祉法
【日本精神科病院協会雑誌 2021年7月号 掲載】
依存症当事者への対応は、、まず医療化と司法化は明確に!当事者が依存対象物、あるいは行為を繰り返す問題行動がある。そして、それを受け入れようとしない(否認)。それは精神症状に伴う問題行動ではない。よって、精神科医療における非自発的(強制)入院、つまり、精神科救急医療(精神科スーパー救急)の対象にはならない。
● では、精神科医療、精神科医は何ができるか。
アルコール症の入院処遇に関しては、昭和63年(1988年)11月11日 厚生省保健医療局精神保健課長回答で〈精神症状を有する場合に精神保健法を適用すること〉となっている。ここでの「精神症状」とは、概ね離脱・禁断症状の出現時である。そして、その病期は10日前後程度がほとんどだ。その後は自発的入院(任意入院)に切り替えるか、患者本人が希望すれば退院させなければならない。
これは、2018年発行の「新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン」においても同様なことが記載されている。よって、他の依存症疾患も合法、非合法関係なく、精神科医療における処遇は、これに準じた取扱いになる。つまり、入院についてだが、医療保護等の非自発的入院は離脱(禁断)症状、せん妄状態など意識障害を認める限られた時期を除いては行うべきではない。精神科リハビリテーション、レスパイト等の入院は任意入院(自発的入院)が原則である。もちろん外来においても、依存対象物、行為への関わりは本人の選択の自由である。私は最近話題の「ハムリダクション」「節酒」等の依存性をコントロールすることについても、本来、精神科医は深く関わるべきではない、といった考え方である。ただ、当事者がそれにチャレンジするのは勝手だ。むしろ、精神科医は、うつ病、パニック障害等の重複障害についての適切な診立てと治療のすすめ方にしっかり取り組むべきである。今日の精神科疾病構造の変化の中で、増加が著しい依存症疾患と精神科医療、精神科医との関係はそんなところだ。
● そこで、まず薬物の分類に簡単にふれてみたい。
依存性の薬物には大きく分けて、「中枢抑制作用(ダウナー系)」と「中枢刺激作用(アッパー系)」がある。ダウナー系は大麻、アルコールに代表される。また、アッパー系は覚せい剤、たばこ(ニコチン)である。そんな古くからの薬物に加えて、近年、我々医師が処方する処方薬、市販薬の依存も大きな問題になっていることを見過ごしてはいけない。そのため精神科医が気がけることは、精神科領域の薬物の使い方、とくに多剤併用は慎重に!
● 司法モデルか医療モデルか
ここが大切なところである。薬物乱用、依存症疾患と向き合う上で、精神科医療、精神科医としては、使用薬物が合法か、非合法かは関係ない。
*2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件の加害者の件だが、犯行に至る5ヵ月前に「薬物性精神病障害」で措置入院になっている。その精神症状は「大麻による脱抑制」だったと・・・。このことは当時話題になり、「措置入院」への関心の高さは相当なものであった。しかし、この処遇判断は、管轄する自治体の精神医療審査会において妥当と判定され、さらに事件後、複数の精神保健指定医も加えた調査委員会の「中間とりまとめ」でも、その判断に対する問題はなんら指摘さることはなかった。となれば、同様に抑制系薬物であるアルコールの「脱抑制」とは、酩酊状態と呼ばれるものである。飲酒運転とはその酩酊時における運転だ。では、飲酒運転による検挙者は措置入院に該当することになる。
*令和元年7月の東京都再犯防止推進計画において、「入院させなければ、再び薬物の使用を繰り返すおそれが著しいとみとめられる麻薬、大麻又はアヘンの慢性中毒者に対しては、麻薬及び向精神病薬取締法に基づき措置入院制度により適正に対処します。」とある。
これは、麻薬及び向精神薬取締法第58条の8 昭和28年(1953年)制定 平成9年(1997年)改定によるものであろう。
平成9年(1997年)改定されているとはいえ、戦後間もない法である。このような古い法制度が相模原障害者施設殺傷事件の加害者の措置入院に影響しているのだろうか。これではまさしく予防拘禁だ。
これもまた、否認の強く、頻回に飲酒を繰り返し、酩酊時の問題行動が著しいアルコール依存症者も措置入院ですか。
また、非合法薬物の所持、使用の対応は司法の業務だ。精神保健指定医は、麻薬及び向精神薬取締法に基づく業務に係わるとは学んでないはずだ、と思うが・・・。さらに、この様な入院処遇だと良くも悪くも高機能の依存症当事者と受け入れる医療従事者との間は良好な治療関係どころか一触即発だ。以前、精神科医の拳銃所持発言が批判されたが、これでは現実味を帯びかねない。そして、これは都の計画である。当然、あの“身体拘束ゼロ”を唱える都立松沢病院が深く係わっているはずだ。
“身体拘束ゼロ”宣言との矛盾をどう説明するのだろうか。それは誰も批判しない。
● 精神保健指定医は度胸が必要
2018年のBSフジLIVE プライムニュース「検証・相模原殺傷事件 障害者狙った凶行の裏 措置入院解除に問題は」の中で交わされた、ニュースキャスター反町理の「・・・警察として彼が犯罪を犯すかもしれない・・・と思われる人を拘束する方法が緊急措置入院。精神科医にハンコを押してもらう方法を医師に強制しているような話に聞こえますよ・・・」というのに対し、井原裕独協医科大学越谷病院こころの診療科教授は、「・・・度胸がよほど据わっている医者ならば措置不要にマルをつけると思いますけれど・・・」と。精神保健指定医の業務の大原則は、任意入院に努めることを大前提として、患者の精神症状の有無を診立て、その精神症状のもたらす影響を鑑み非自発的処遇(医療保護入院、措置入院)を判断することである。精神保健指定医には「度胸」など必要としないのが本筋だ。だがこれまで、私もやはり、精神保健指定医として業務するにあたって、「度胸」を要する現場を体験したし、また見聞もしてきた。
● 行為依存においても然り、司法か精神科医療かの課題
窃盗症(クレプトマニア)も行為依存の一つである。
長年、窃盗症の治療に携わっておられる竹村道夫(精神科医)は、2018年7月11日付の「毎日新聞」で次のように述べている。
そして、東京少年鑑別所の吉永千恵子(精神科医)も、
とも述べている。もちろん、当院においても、近年行為依存の相談、受診が増えている。もちろん、物質依存同様、そして先の2人の精神科医が述べられてるように任意契約に基づいた治療のすすめ方に徹している。
*{吉永千恵子「クレプトマニア」.精神科治療学33(8)、923~928。}
ただ、しばしば弁護士から窃盗犯の免罪目的での診断書作成の依頼がある。だが、それは全てお断りしている。もちろんのことだが、治療契約と、治療をすすめるのは、そんな司法的判断、処遇の後に行うのが本来だ。
● マスター(Master)よりメンター(Mentor)を!
しかし、今日の精神科医療の現場では、どうも「度胸」がない精神保健指定医が増え正規の業務ができない風潮ができあがっているみたいだ。
精神保健指定医は、5年に1度の資格更新のための研修会受講が義務化されている。私も2017年更新のための大阪で行われた研修会に出席した。そこではさまざまな事例が取り上げられ、質疑が交わされた。そのほとんど、いや全てといってよかったろう、「いかにしたら非自発的入院(主に医療保護入院)にすることができるか」といった内容であった。まさに、度胸のない精神科医(精神保健指定医)が、どんな病状を書いたら、ハンコを押せるかを問かけ、壇上の助言者はそれに値する作文の書き方を伝授するとしかいいようのない一時であった。本末転倒、摩詞不思議な世界に身を置いていたと表現する他なく、憤りすら覚える。
精神保健指定医の5年に1度の研修会とは、マスター(Master)による書類作成(作文)の書き方教室(形式知)ではないはずだ。精神保健指定医制度とは、技術的高度性に着目して設けられた制度とは異なる特別の法的資格制度(人権擁護とやらの制度)とされている。つまり、精神保健指定医の資格を持っていても高い技術を有するわけではない。しかし、精神科で最も高額な入院費が請求できる精神科救急入院料病棟を満たす要件である「・・・6割以上が非自発的入院であること・・・」の患者を診断し、入院させるのを可とする書類を作成(作文)できる資格は、精神保健指定医のみなのだ。定型文で埋め尽くした作文作成は、あたかも有能な精神科医であるかのような錯覚をおこす。雇用する病院側もそれを高く遇する。そんな制度疲労に陥った精神保健福祉法の下で、メンター(Mentor)による任意契約の中で治療関係を深めていく技術(暗黙知)は軽んじられて然りだ。