ニケと歩けば cinquante-quatre
私の七歳の誕生日の朝。枕元に箱が置かれてました。きれいなリボンで飾られたその箱は父がくれたオルゴールでした。
少女の私には地味な黒いオルゴールにさほど喜びもなく、なんでこんなものをくれたのだろうとがっかりしたのを覚えています。
母は「きれいなオルゴールね。」と自分がもらったみたいに蓋を開けてその音色に耳を傾けていました。
父は今どきのマイホームパパではなく、厳格で几帳面な人でした。物静かであまり私を子ども扱いしませんでした。
それにしてもこの黒いオルゴールは大人び過ぎています。
そのまま開けて音色を聞くこともなく、小物入れになっていました。
おとなになってもそのままでいつしか忘れられた存在でした。父が逝き
母も長寿を全うしいつしか二人を思い出のなかでしか会うことができなくなりました。
最近です。このオルゴールを聞くようになったのは。
父はどんな気持ちでこれを選んだのだろう。私を思ってのこの曲だったのだろうか。少し胸が熱くなります。
「トロイメライ」ドイツの作曲家、シューマンのピアノ曲です。
意味は「夢」私に夢を持ちなさいということだったのか、父の煙草をくゆらす横顔が浮かびます。
今夜は久しぶりに父の思い出と一緒に聞いてみることにします。