コンサート記録 「ミニ・キーボードによる新しい音楽の世界」(2023.08.11:金沢ふるさと偉人館)


 よく知る田中吉史先生が主宰する「北陸の新しい音楽」による演奏会が行われた。すべて初演の作品発表会でもある。かねがね活動に興味を持っていたので拝聴。
 トイピアノやポータブルキーボードなど、「小さな鍵盤楽器」のバリエーションも多い、YAMAHAのポータサウンドやCASIOのSAシリーズなど、良い音源をもつものも多く、おもちゃ以外の活用も少なくない。現代の現代音楽家がこれをどうするのか楽しみであった。40人の定員だが、会場には100人くらいいそうな感じ。北陸だって現代表現への関心は高いようである。

まずは浅井暁子「子守唄の記憶 トイピアノのための」
 ピアノ独奏の形式、トイピアノのもつ金属音を押し出したピアノ曲とでも言うべきか。キラキラ鋭い金属の音によるアルペジオや音の列は、空から無数に降るガラスの破片のような共感覚を感じさせる。
続いて成本理香「ミニミニ・メモリーズ ミニ電子キーボードとトイピアノのための」
 複数の楽章を持つ曲。最初はプリセットされた音を使ってのリズミカルな楽章。パーカッションの独奏曲のようである。第2楽章は子どものスクラッチのよう。スピーカーのミュートなども使用され、これらが合わさって、蝉時雨の夏の回想や鉄橋の下の記憶など、子どもの記憶のような表想が再現されていく。
 わが家で私や子どもが愛用する、CASIOのSA-76が使用されているが、この楽器のプリセット音でいえば「99番から数えたほうが近いもの」、つまりSE(SoundEffect)が多用されている。そしてSE音は子どもが大好きである。その点からも、子どもの世界がよく分かるものとなっている。

星谷丈生「刹那の慣習Ⅱ ミニキーボードと創作楽器のための」
 自作の電気楽器(モータを使ったもの)・電子楽器なども交えた作品。実際には鍵盤数の少ない一般的なシンセサイザーなども使われている。電子楽器の特性によって表現の可能性を考える電子音楽。

 ここから場所を変え、新しいステージとなる。

田中吉史「Repeat after me」
 田中さんは人の発話を音として表現する「発話移植計画」の方。今回は英語の学習教材のように、発声された単語をキーボードで表現する。最初はディクテーションのようなスタイルなのだが、次第にその掛け合いに変化が生じていく。ミニ電子キーボードのシンプルな音からコミュニケーションの面白さが伝わった。

島田英明「ホワイトノイズとミニキーボードのためのカスケード1」
 大変懐かしいEMSのアナログシンセによってホワイトノイズが合成され、そこにやはりCASIOのSA-46で鐘や声のプリセットを使用した作品。ホワイトノイズは滝の音のような印象を与えることがあるが、そこに規則性を感じにくい音が重ねられることにより、サウンドスケープのような世界に浸ることができる。SA-46は良いスピーカーで鳴らされると、実にきれいな音を出す。現在のミニキーボードが持つリアルなポテンシャルが十分に活かされていた。

 あらためて会場を戻してお二人の作品。ここからは音楽というより、身体表現やインスタレーションといった、拡張された表現が加わる。

氷見房子 「同期と反転(すでにここにある生起)/ トイピアノ・身体のバリエーション」
 トイピアノで鳴らせる方法を十分に使い切るとこうなりますといった感じの作品。単に引くだけでなく、発声部を叩く、ひっかく、手にとって扇いでビブラートをつくる。現代美術にも似たところはあって、そこにある条件を最大限に利用して表現の世界を拡張するというコンセプトを感じる。

最後はASUNA「Measuring memories toys by toy instruments 玩具楽器による思い出の測定」
吊るされた紐の下にトイピアノ3台が、そして沢山のミニ電子キーボードが並べられたインスタレーション。トイピアノは発声部が露わになっており、そこには紐に付けられた駒やマグネットのような物体が落ちたり、ぜんまい仕掛けのおもちゃが置かれたりして音がでる。またミニキーボードは裏返しにされ、おもちゃに被せられることで音がなる。たくさんの楽器から出る音がトーンクラスターとなって館内に響く。倍音成分の高い音が複数集まることによって、パイプオルガンのような厚みのある世界がそこにはあり、その中でもいくつかの音高の成分が耳に届く。FM音源の原理を複数のミニキーボードで実現しているような感じでもある。
 その見た目も含め、芸術表現として楽しいし美しい。

 なんだかんだで1時間半を超える充実した演奏会。聴衆の中にはうちの学生もチラホラ。学生の中には「音」を含んだ表現を行うものもいる。音楽や美術、あるいは身体表現や言語表現などが“Art”として再統合されるのが現代なのだろうと思うが、今回はその端的な姿を感じることができた。帰宅後、家のミニキーボード2台で子どもたちと遊ぶ。身近だけど可能性の深い表現媒体なのだなあと実感。


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荷方邦夫
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