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「君はひとりぼっちだ。」――「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ

ライターの二階堂ねこです。このnote記事は、ライター組合内「ブログnote部」のアドベントカレンダー企画に寄せて、以前公開した記事をリライトしました。

今回紹介したいのは、私の人生の"座右の書”ともいえる1冊。アガサ・クリスティの「春にして君を離れ」です。

ミステリの女王、クリスティ。「そして誰もいなくなった」など多くの傑作を残したミステリの名手ですが、本作はミステリではありません。裏表紙に「ロマンティック・サスペンス」とあるのは、人によっては忘れられないほど怖い本だからでしょう。

主人公は弁護士の妻で3人の子供の母親、ジョーン。順風満帆で幸せな主婦の彼女が、旅行の帰路の中東の街で足止めされ、砂漠と灼熱の太陽しかないその土地で、いままでの人生を振り返ります。様々な出来事を思い返しては、家族への愛情と献身に満ちた人生を誇りに思うジョーン。しかし、夫や子、友人のちょっとした言動を思い出すにつれ、自分が認識している愛情あふれる家庭の姿に疑問を抱きはじめます。家族を愛し、よかれと思ってしてきた家庭への采配は、果たして家族を幸せにしているのか。夫や子は、自分のことをどのように見ているのか、そして、自分が感じているこの幸福は本物なのか。

家族を「愛して」はいるが、本当に「知って」いるのか。この問いに突き当たったとき、彼女は一方的に家族を愛するがゆえに、彼らから人生の権利、すなわち「自分で決める機会と権利」を奪ってきたことを目の当たりにします。そして、彼らから本当に愛されてはいないことにも気づいてしまいます。ポジからネガへ――、美人で幸せな主婦から浅薄な女へ、世界が反転する瞬間の恐ろしさは、クリスティの筆力ならでは。
考えることをやめ、苦しみを避け、楽な道を歩んできた彼女。しかし、それを責められる人が何人いるでしょうか。母親であり主婦である普通の女性の生き方として、正しくはないにしても、間違っているとは私には思えません。
ただ、知っていなければいけないのだと思います。「愛するだけでは十分ではない」、そして「人生は真剣に生きるためにある」と。

男性や若い女性には退屈かも。後味だって決してよくはありません。でも、共感し熟考するきっかけとなる1冊となる人も多いはず。良書であることは太鼓判。背筋が凍る最後数ページまで、読むかどうかはあなた次第です。

 「ぼくははっきりいっておく、エイブラル、自分の望む仕事につけない男―自分の天職につけない男は、男であって男でないと」

 「あなたもやがて痛みを知るでしょう――あなたがそれを知らずに終わるなら、それはあなたが真理の道からはずれたことを意味するのですよ」

 「子どもたちについても、ロドニーについても、私は何一つ知らなかった。愛してはいた。しかし知らなかったのだ」

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