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デス・ストランディングから学んだこと

直接のネタバレは無いように気をつけたつもりですが、念の為、
気になる方はクリア後に読んで頂いたほうが良いかもしれません。。

デス・ストランディング (以下、デスストと称す) を全クリした辺りから、自分の中で人との関わり方に対する考え方がかなり大きく変化しました。考え方の変化について忘れずに見返せるよう記事として残しておきます。

先に学んだことを端的に言ってしまうと、
『幅広く繋がり、適切な距離を保ち、自分の時間を過ごす』です。

はじめに

私には人とコミュニケーションを取った際に違和感を覚えると、そのことについて際限なく悩んでしまう癖がありました。長時間かけて悩んだところで特に答えが出ることも無いので、時間の無駄であることは重々承知しています。しかし、自分の意思でその思考を止めることが出来ませんでした。

悩んでいる間は、他の活動に割くエネルギーまで無くなってしまう状況でした。。そのため、知り合い以外の方との交流が非常に苦手で億劫でした。

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この癖を直したいがために、無理やり他者と交流するイベントに参加したりもしました。イベント自体は楽しいことが多かったのですが、交流の際に悩みに繋がることを体験してしまうと苦手意識は増してしまう一方でした。

中学生から社会人にかけて、この思考の癖が抜けることは無く、一生この悩みと付き合うことになるんだろうなと半ば諦めてしまっていました。

しかし、驚くことにデスストをクリアしてから考え方が変わったことで、他者との繋がりに悩んでしまう癖が徐々に改善されつつあります。そこで、なぜ改善されつつあるのか、考察してみたいと思います。

繋がりは永続的に続くものではない

以前は、他者と良好な繋がりが持てたら、無理してでも繫がりが無くならないよう維持する必要があると考えていました。繫がりを永続的なものと捉えてしまい、途絶えたら最後、取り戻せないものだと考えていたのです。そのせいで自分の気持ちが伝えられなくなってしまう事がよくありました。

今では、繫がりとは流動的なものであり、個人の意思が尊重されるものであると考えています。人の発言や考え方などは簡単にコロコロ変わるものです。その最中関係を維持するために無理して考え方を合わせようとしても健全な繫がりを保つことは出来ません。

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繋がりを無理やり維持しようとすると疲弊してしまいます。相手を理解してあげる必要はありますが、その結果自分が苦しんでしまうのであれば、一旦苦しまない距離まで離れて冷静に関係性を見直す必要があります。

デスストでも、今後も続くと考えていた関係性が途絶えてしまう場面がありました。永続的な関係性は無いと割り切っていたほうが、関係に亀裂が走ってしまった際にも、良いか悪いかは置いといて、傷を負わずに済むのかもしれません。

繋がりは常に個人の意思が尊重されるべきである

繫がりは強要されるべきでは無いし、断絶して良いものでもありません。その時の自分の状態に応じて関わり方を変えれば良いだけです。関わり方を変えることで、他者が自分に対してどう思うかを考慮する必要はありません。それは他者の問題であり、自分の問題ではないためです。

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繋がりの強要は断絶や混沌を生み出します。当然ですが、人それぞれ考え方や楽しいと思うことは違います。ただ否定したり、この考えが正しいと強要することは、ただ疲弊するだけの無駄な争いを生み出すことに繋がります。

デスストでは、個人で世界の深刻な問題に対処しようとする人々がいました。しかし、彼らは最終的には周囲と断絶するのではなく、繋がることを選択しました。繋がることは恥ではなく、むしろ自身の力だけで生きることは出来ないと認める勇敢な行為であると言えます。

広く繋がることでセーフティネットを強固にする

繋がりへの関わり方は常に個人の意思が尊重されるべきと書きましたが、そう考えると繋がりへ加わることへのハードルも非常に低くなります。前提として、自分が無理せず、望む形でコミュニティに参加するという意識で関わることが出来るためです。

気軽にコミュニティへ参加出来るようになると、広く多様な他者と繋がることが出来るようになります。すると、あるコミュニティでの活動が億劫になっても、他に楽しく参加できるコミュニティが存在するという状況が出来るため精神的にも余裕が出てきます。

自分の気持ちに正直に行動出来るようになると、様々な活動に精力的に取り組むことが出来るようにもなり、人生の満足度もかなり向上しました。

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自分の身の回りの繋がりはとても大事ですが、その繋がりだけでは、非常に狭い世界で生きることになってしまいます。自分が快適に過ごせるコミュニティをいくつも用意しておくことは人生を楽しむために重要なことです。

デスストでも繫がりを作ることで困難な状況にいる人々が救われていきます。繫がりを持つということは社会に参加するということでもあります。人は共同体として相互に協力しなければ生きていけません。

他者との距離感を常に見直し改善する

自分が心地良いと感じる他者との距離は状況に応じて刻々と変化します。例えば、しばらく交流していなかった間にコミュニケーションに違和感を感じるようになったとか、身近にいたけど関わりが無かった人と交流を持つようになった結果仲良くなったなどです。

それらの関係性の変化は意識していないと気づくことが出来ず、いつもと同じ関係性だろうと考えてしまいがちです。そのため、他者との関わり方については都度見直す必要があり、距離感を調整する必要があります。

そうしないと、人との繫がりに執着してしまい思い悩んでしまうことになりがちだからです。判断はドライに距離感は都度変わるという認識を持ち調整を行うことが重要です。

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関係が良くなりそうな場合も同様で相手との距離が近くなれそうなチャンスが巡ってきたら、距離感を徐々に狭めてみると良いかもしれません。仲良くなることで相手が今まで見せない面を見せてくれると嬉しくて楽しいです。

デスストでも敵と思っていた相手と和解した場面がありました。状況に応じて人との距離感を調整することは、他者と自然体でストレス無く交流するために必要なことなのです。距離感はストレスを感じない範囲でドライに調整することが重要です。感情で判断して一気に距離を変えてしまうと、正常な距離感が把握出来なくなります。

自分の時間を自分のために使う

他者との繋がりに費やす時間も大事ですが、自分のために費やす時間も同様に大事です。自分のための時間を作り、自分のやりたいこと、もしくは休息等に使うことは自分にしか出来ないことです。そこを意識するようになると、日常生活でも心に余裕を持つことが意識せず出来るようになります。

心に余裕が持てるようになると、日々の些細なことからアイデアが湧いてきて実際に行動を起こすための原動力になります。私は趣味のプログラミングでソフトウェアを作ろうといった気持ちや、業務開発で苦しんだノウハウをブログに残そう等の気持ちが自然と湧くようになりました。

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自分の時間を自分のために使うことで、自身のプレゼンス向上に繋げたり、自身を俯瞰で見る機会を得たり、自身を労ることが可能です。これらの時間を持つことは自分の中でブレない価値観を発見する機会にも繋がります。

デスストでは、自分が配達を快適に行うためにインフラ整備等を行うことは、他の世界の誰かのインフラ整備等を行うことにも繋がっていて、自分のための行動が自然と他者を救うことに繋がっていました。

現実世界も同様で自分のために起こした行動が、知らない誰かを救うことになるかもしれません。それらの行動により、どこかで知らない他者が助かっていたのなら、それは何らかの事象を経由して、他者との繋がりが生じたとも捉えられます。メディアを媒介した繫がりであれば、SNS 経由でアクションが貰えたり、そこから実際に繋がることも可能です。

おわりに

今回はデスストから学んだことを記事にまとめました。私は幼稚園の頃からゲームを趣味として遊んでいます。そのため、ゲームから学ぶことはとても多く、周囲と繫がりを作るための手段として、非常に大きな役割を担っていました。これからもゲームから学んだことがあれば、シリーズで記事に残していきたいと考えています。

あと記事トップの写真をフォトモードで撮ってみたのですが、これ楽しすぎますね。。

なお、記事に登場する写真は保井崇志さんの素材を利用させていただきました。
https://note.com/tuck4/n/n852aec211918

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