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脇見とは、ホントは誰もがしている当たり前のコト

人の視界は最大200度程度あり、人が視界に入るのは当たり前のことである。
脇見恐怖症の人はそれをおかしな事だと思い込み恐怖を感じるが、普通の人はそれをごく当たり前のことだと思ってるので気にも留めない。
脇見していても他人にバレることはない。


ブログやTwitterでも何度もこの事を繰り返し書いてます。
でも、なかなか信じてもらえない。
そりゃそうですよね。長年自分の視線はおかしいのだと信じていたのに、急に「普通のこと」って言われても。
私もそう簡単には信じられなかったなぁ。脇見恐怖症を克服した人に言われてもなかなか信じられなかった。


でもやっぱりこれが真実だから書く。
何度も繰り返し繰り返し。


脇見恐怖症って、脳が間違った認知をしている状態(要するに勘違い)してる状態だから、
認知を正しいものに変えていければ恐怖もなくなるんだけど、やっぱりそれには時間がかかります。
出来るだけ頻繁にコツコツと正しい認知を頭に入れてあげる。それが大切なんです。


私たち人間は脇見をしてるから安全に生きられる


例えば、新宿駅みたいに混み合ってるところを歩くとき、視界に人を入れないようにして歩いたらどうなるでしょうか?
もちろん、沢山の人にぶつかって危ないですよね。
目の前を見ながらも、視野の中に沢山の人が映り込んでくるからこそ、私たちは誰ともぶつからずにうまくかわして歩けるんです。


運転だってそうですよね?
目の前を見ながらも、対向車の動きや、歩道を歩く人、横断歩道を歩く人など、視野を広げて色々な情報を一度に集めながら運転してるから事故にあわずに運転ができます。


そう。脇見とはごくごく当たりまえなことで、むしろそれがなかったら危険なんです。


そのほかにも、思い切り脇見の機能を利用をしている時があります。
それは、誰かに「片思い」してる時!


今日は綿谷りささんの『勝手にふるえてろ』の中の一節を紹介します。
主人公のヨシカがイチという男の子にこっそり片思いしているシーンです。


イチに関心があることはイチ本人にも周りにもバレてはいけない、バレたら他の子たちと同じになってしまう。
昼休みに自分の席に座ったまま、ひたすら彼を視野見するだけ。
視野見(しやみ)とはイチを見たいけれど見ていることに気づかれないためにあみ出した技で、
黒板やら掃除用具入れのちりとりやらを眺めるふりをして、ほんとは視界の隅に入ってるイチに意識を集中させる。
目の血管が切れそうになる複雑な作業だけれど、視界の隅でチラチラ動くイチを本人に気づかれずに観察できるのは昼休みの1番の楽しみ。


↑この一節を読んでどう思いましたか?
「視野見(しやみ)」って…コレ思いっきり脇見ですよね‼︎


先に言っておきますが、
主人公のヨシカは脇見恐怖症ではないごく普通の女子です。


彼女は視界の隅に人が入ってくる事をごくごく当たり前のことと理解していて、
それがイチにバレない事を理解しているので、わざと視界にイチを入れて、彼をこっそりを見て毎日ときめいていたんです。


皆さんも昔やりませんでしたか?
脇見恐怖症になる前、例えば小学生の頃好きな人を「視野見」していた事ありませんか?


私もよくやっていました。
もちろんその当時はヨシカと同じで、バレないで見ていられる事を理解していたからやっていました。
そして、もちろんそれは好きな人にはバレる事はなくて、つまり、相手に好きな気持ちも伝わらないままでした。(切ないな…)


どうでしょうか?
好きな人を「視野見」して、ときめいていたこと、そしてそれだけでは相手に「見てる」ことは伝わらなかったし、好きな気持ちも伝わらなかった。
そんな経験ありませんか?


脇見もこれと同じです。


原理はまったく同じですからね。
視界の隅に映る誰かをめちゃくちゃ意識していても、
やばいという気持ちになっていても、それ自体は相手にはまったく伝わりません。


拍子抜けするくらいに本当は相手には何にも伝わってないのです。


『勝手にふるえてろ』のヨシカと同じように。
片思いしていた時の昔の自分と同じように。


だから脇見して大丈夫‼︎
これが今日1番伝えたかったことです。



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