気づく力・向き合う力・任せる力
I'm sanda.
さて、いつもふざけている私ですが、今日は珍しくまじめな話をします。
数年前、私のクラスになったAさんの話をしますね。
Aさんが6年生だった頃の話です。Aさんは、1年から5年生まで完全不登校。Aさんは父子家庭。1Kの小さなアパートに父親と二人暮らし。
両親は、Aさんが1年生の時に離婚。母親からは教育虐待を受けていたという過去の記録がありました。
そこで、私がチャレンジしたことを今日は話します。キツイ内容も出てくるので、苦手な人は、今回sandaのnote記事を飛ばしてください。
気づいて動いたこと
向き合って、私が苦しかったこと
任せて、楽になったこと
未来につなげられたかな?
1.気づいて動いたこと
約4年間、父親と二人きりの生活が主であったAさん。
4月頭から、週に2~3日家庭訪問をしました。父親は63歳、働くことができず、玄関先に置いた椅子にずっと座ってる感じな人でした。Aさんは、私を見るたび睨みつける感じ。長い前髪の隙間から睨みつける感じ。
父親から話を聞くと、父親はもともと漁師だったが、Aさんが学校を行かなくなり、心配で家から出られなくなったとのことでした。
父親は、「字が読めない、字が書けない、だから補助金などの手続きができない」と嘆いていました。この記事に書けないくらい困窮していました。本当にひどかったです。
気づいたことは、
①お金がないため、生活ができない。
②父親が人生のすべてに参っている。
③Aさんの睨みは、人を信用してない。(ある意味、SOS出してる睨み)
④どこに、どんなふうに頼っていいのかわかっていない。
上記の4点でした。すぐに管理職へ報告し、行政を巻き込み、民生委員、支援委員などとつなげました。父親のお金&仕事関係の事は、行政に動いてもらいました。
Aさんと話ができたのは、6月の半ばあたりでした。
「へんな人だね、あんた。」
が、私に言った最初の言葉でした。
「へんな人で、すみませんね。」
私が彼女に言った最初の言葉でした。そこから、普通に目を向けてくれるようになりました。
「学校、行ってみようかな。クソ面白くなさそうだけど。」
と、Aさんが言ったので、
「クソ面白くないか、試しに来てみたら?」
と言い返しました。
2.向き合って、私が苦しかったこと
4年ぶりの登校になったAさん。
私は、そこからが辛かったです。
まずは、登校支援室で過ごすことになりました。
人とのコミュニケーション能力が育っていないAさん。登校支援の先生と過ごすことが、日課になっていました。
私は、子供たちを連れて会いに行きましたが、睨みつけられ、
「きも。」
ってよく言われてました。
そんな中で、ずっとずっとずっと時間をかけて書いていたのが・・・
4年間、狭い空間で過ごした彼女は、必死になって自分の闇を出し続けていました。思いっきり闇を出させた方がいいと判断した私は、Aさんをスクールカウンセラーと心療内科につなぎ、一緒に病院にも通い、主治医の先生との連携を密にしました。友達関係を築くことなんかできず、Aさんは「自分自身と向き合う」ことを頑張っていたように思います。11歳の女の子です。とても辛かったと思います。
教室に入るようになっても、トラブルばかり起こしました。これが、彼女なりの大人に対して、友達に対して、いや人間に対しての抵抗だったと思います。
トラブルのたびに向き合い、時には厳しく注意し、諭し、優しく声掛けてました。でも、度重なるトラブル解決が辛くて、私も人間なので、きつく当たるときもありました。頭でわかっていても、苦しかったです。
3.任せて楽になったこと
担任は、どうにかして頑張ろうとします。これが使命だと思ってる人も多いし、教師って基本真面目なのよ。偉い人たちが「一人で抱え込まず・・・」って言ったって、目の前にいる子どものことを見てるのは、教師なのよ。だから、どうにかして頑張ろうとするのよ。
でもね、任せることを覚えると、少しだけ楽になりました。
支援員、相談員、スクールカウンセラー、主治医、学年の先生方、学校全体の先生方、管理職、行政、民生委員、同じ趣味を持ってる女の子たち、ありとあらゆる人たち・・・
周りにいる人みんなに声をかけてお願いしまくって、Aさんが「孤立・孤独」にならないように気を配りました。私一人の力より、何十倍の力がAさんを支えてくれたと思います。感謝感謝です。私一人では、絶対できなかったです。
4.未来につなげられたかな?
さて、無事に卒業したAさん。
父親は、漁師の仕事を再開し、Aさんは、毎日学校へ通い、「優等生」だと言われてるそうです。
先日、AさんからLINEが来ました。
彼女の未来に、少しはつなぐことできたかな?
おわりに
気づく力、向き合う力、任せる力。教師の力ってそれだけではない。
今の私は、教師としてホントに子どもたちのために動いているだろうか。
動けているだろうか。誰のために、この仕事をやっているのだろうか。
正直、自信もないし、明確な答えなんか一つもない。
でも、目の前いる子どもたちが、この世界に生まれてきて、少しでも自分の未来に希望を持ってほしいと願いながら・・・
今日も「教師」しています。
I hope you will be happy.
Thank you.
sanda.