見出し画像

水商売にクラウドCRMを導入しようとした話

こんにちは。
ベンチャー、スタートアップ、中小企業専門に、ZOHOやSalesforceの運用支援をしている虹雲ワークスです。

この仕事をしていると、本当にさまざまな業種業態の方からクラウドCRMの活用について相談をお受けします。
世の中には、こんなにもたくさんのビジネスと、それぞれの顧客とのつながり方があるんだな、と仕事を超えた驚きや尊さを感じることもしばしばです。
そんな経験を、システム開発技術の話ではなく、ストーリーとして伝えられたらと思い、noteをはじめました。
(この話は実体験を基にしていますが、あくまでフィクションですのでそのつもりで読み物として楽しんでもらえたら幸いです。)

「ウチの店でCRMを導入したいんだ。女の子たちに使わせたい。」
1年半ほど前、急成長しているという水商売(いわゆるキャバクラ)のオーナーの方からクラウドCRMの導入について相談を受けました。

正直、水商売にクラウドCRMを導入したことはないし、使いこなすイメージもなかったのですが、そのオーナーは初回の打ち合わせでこんなことを言いました。

ウチの店は新規50%、常連50%なんだ。新規は一定数必要だけど単価が低いし、安定しない。常連の割合を70%まで高めて平均客単価を今よりXXXX円上げたい。
そして、常連客ごとのデータを取って、売上予測や来店傾向を出したいんだ。
実際にデータは取ったことないけど、職業、収入、生活パターンなんかの属性や女の子との親密度などを掛け合わせると「この客は月何回くらい来れそうか」「今ついている女の子があと何回来店させられるか」「1回の期待売上はこのくらいかな」というのが肌感覚としてわかるようになる。それを足し合わせていけば、数か月先の売上の見通しが立つんじゃないかなと思って。
あと、キャストの女の子たちに使わせたい。彼女たちの努力を見える形で評価してあげたいのと、計画的に客と関係を作る仕組みを共有したい。知ってると思うけど、女の子たちの給料は歩合制だ。できる子はLINEだのツイッターだの使って何十人もの客をうまくさばいてる。さばいてるっていう言い方はよくないかな。うん、来店予約をうまく調整してる。
当たり前のことだけど、例えば誕生日とかクリスマスとか来店のきっかけを作りやすいイベントごとは日が決まってる。店のキャパも決まってるからそういう日だけ頑張っても売上の上限は決まってるんだ。だから、それ以外の日にどれだけ客とのストーリーやきっかけを作って来店につなげられるかが勝負なんだ。

正直、驚愕しました。
水商売という、競合ひしめく世界の中で成長する店というのはこういう発想なんだ、という驚きと、実は水商売にはクラウドCRMがぴったりなんじゃ、という新鮮なモチベーションが沸いてきました。

専門用語はよく知らないというオーナーでしたが、例えば新規・既存比率を取ってそれぞれの単価や数をモニタリングするなんていうのはCRMでいうところの「LTV(ライフタイムバリュー)」の考え方そのものだし、属性によって来店期待度を見極めるのは「BANT評価」、キャストとの親密度なんかは「スコアリング」と言い換えてもいいと思います。

更にすごいのはキャストさんたちが自然に、LINEなんかを使って客それぞれとのストーリーを作って、微妙な期待値コントロールをしながら来店につなげていることです。
これはもう「手動1to1マーケティング」「手動マーケティングオートメーション(変な言い方ですねw)」と言っても過言ではないでしょう。
多いと数百人にも及ぶという自分の客の属性を全て頭に入れて来店に繋がるようにLINEを送りまくるキャストさん(もちろん去っていく客も多いし、店外デートや卑猥な誘いなどのイレギュラー事案は日常茶飯事でそういうのをどうやって受けこなしていくかも重要なスキルだそうです)はもはやラストワンマイルの顧客満足度向上の担い手以外の何物でもありません。

それから、彼とは何度か打ち合わせを重ねて一緒に実装を進めていきました。

正直なところ、CRMの構造としては特に複雑なことはなく、標準的なCRMの型をほぼそのまま使えばいけました。
来店型なので「見込み客」は使わないまでも、来店したら「個人客」として「来店(商談機能をリネーム)」を記録、その時の日時、金額、会話メモなどを記録、忘れないうちに個人客の属性もアップデートしておく、みたいな感じです。
商品関係は、シャンパンタワーみたいな高額オプションを入れてくれた時だけ記録することに(このあたりは水商売らしいですねw)。
もちろん、生誕祭みたいなイベントごとはキャンペーンに記録。そこからどれだけの利益に繋がったかも評価します。
未受注商談という概念はないので、客数と来店期待度と期待単価をかけあわせて売上予測を算出してみることにしました。

客ごとにメインで付くキャストの他にサブで付くキャストをどのように管理するか、というところは少し悩みました。
実はこのサブキャストというのがけっこうポイントらしくて、メインのキャストが辞めてしまった時や、忙しくて接客に付けないタイミングなどで、どれだけ客の満足度を下げさせないかや、店に通い続けてくれるかのために重要らしいのです。
しかも、ある程度ルールを決めておかないと「客を取った取らない」という話になってしまうということで、オーナー視点とキャスト視点のすり合わせが必要です。
結局、チームセリング機能を使って解決しました。

そして、いちばんの苦労は、なんといってもキャストと客の関係作りをどう仕組み化するか、というところでした。
現在、日付や条件をトリガーにしたCRMからの自動メッセージ送信は、基本的にメールかSMS連携になります。

ですが、キャストの女性たちはそんなもの使いません。男性が代表メールやお店の代表番号からSMSをもらってもまったく嬉しくないからです。
男性は、女の子から直接LINEが来たり、Twitterで密かに自分だけにわかるようにメッセージを込めたツイートをしてもらうことが嬉しいのです。
(一部LINE連携サービスやTwitter連携機能も存在しますが、いわゆる公式アカウント運用のためのものです)

ここはけっこう考えましたが、結果的に、CRMから「この客はもうすぐ誕生日」とか「前回来店から1ヶ月経過」「前回来店時にはこんなこと言ってたよ」といったアラートをキャストさんに送ってあげて、あとはキャストさんのやり方に任せることになりました。
企業でもこういったラストワンマイルの顧客接点をどこまでを仕組みとするかは議論になることが多いと思いますが、このオーナーの考え方は「顧客接点のクオリティ=キャストの女の子のホスピタリティとコミュニケーション」だったんですね。
それが水商売の真骨頂とも言えますし、どこまで行ってもシステムが代替できない領域なのでしょう。

そんなこんなで数か月、いよいよ運用がスタートする段階になりました。

しかし、残念ながらこのCRMが日の目を見ることはなく、お店の成長や顧客満足度の向上に寄与することはありませんでした。

なぜ?

そう、新型コロナウィルスです。
対岸の火事でしがなかったこのウィルス禍が、ちょうどこのタイミングで日本にやってきました。
そして、(その是非・正否はともあれ)水商売での感染拡大可能性が指摘され、お店の主要な客層であるサラリーマンやビジネスオーナーたちは在宅勤務や外食禁止となり、自分の意志とは関係なく、お店から足を遠ざけるしかありませんでした。

導入見送りが決まった後、複雑な思いを抱える私にオーナーは言いました。
「システムは導入しないけど、この過程で客やキャストのことを考えて店舗運営を整理できたのはいい経験だったよ。」

あれから1年、お店は規模を縮小しながらもなんとか頑張っているようです。
またいつかオーナーの店で、クラウドCRMが活躍する日は戻ってくるのでしょうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?