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味覚の記憶

懐かしい匂いや味にふれると、不意にいろいろな記憶が蘇る。
それが予期せぬ瞬間だった場合には思わず感情が揺すぶられる。

例によって神楽坂へランチへ出かけ、坂上を少し過ぎたところでワインバーがランチ限定の特製カレーを出しているという看板に出くわす。今日は暑い。食欲もそれほどではないから、カレーを食べて元気を出すのもいいなと直感的にそのお店に引き込まれる。

ワインバーがメインのそのお店は、ビルの上階にあるにも関わらず窓がなく、薄暗い雰囲気だった。若い男性スタッフの案内で先に注文と会計を済ませ、セルフサービスのお水とオシボリを手に近くに席に着く。注文したのは特製スパイスのチキンカレー。たくさんの野菜や果物で煮込んだというルーに魅力を感じたのだ。

1プレートで運ばれてきたカレーは彩りもよく、少し小ぶりなサイズも今日の体調的にはちょうどいい。まずはサラダからいただこうとドレッシングとのかかったレタスと人参を口に運んだ瞬間、高校生の頃の記憶が鮮やかに蘇った。このドレッシングは覚えがある。そう確かに自覚したのは、ひととおりの記憶のフラッシュバックが起こったあとだった。

高校生から大学生にかけて、ファミリーレストランでアルバイトをしていた。特に高校の学校生活に退屈していた自分にとって、バイト先での仕事や友人や先輩との付き合いは生活の大半を占めていた。そのレストランはセントラルキッチンを持つチェーン店であり、メニューにはいくつかのオリジナルソースやドレッシングも含まれていた。そこでもっとも人気のあった「ニンニクと玉ねぎをメインにしたオリジナルソース」。今、自分が口にしているものはそれと全く同じ味がした。

誰かが纏っていた匂い、そのときに食べたあの味、風景、音楽、記憶の奥底にしまわれている感触は、ふとした瞬間にその姿を覗かす。

思い出そうとしたわけではなく思い出された時間がとても眩しくて、嬉しくて、楽しくて、僕は静かに微笑んでいた。昔を懐かしむのとは少し違う感情があった。慈しむ、が近いのかもしれない。

あの頃の悩みや苦しみが今よりも小さいものだとは思わない。年齢を重ねた分だけ我慢することややり過ごすことが少しだけ上手くなっただけだ。十代の輝きは失われたのかもしれないが、本質的なものは何も変わっていない。自分は今できることを精一杯やり続けるだけなのだ。

過去の自分に励まされた気がして、お店をあとにする。
梅雨の合間の青空は確かに近づいてくる夏の気配を感じさせる。
さぁ、午後もがんばろう。

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新里尚平 / NIIZATO Shohei
小説や新書、映画や展覧会などのインプットに活用させていただきます。それらの批評を記事として還元させて頂ければ幸甚に存じます。