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新宿毒電波通信 第三号 「この家無を見よ」Vol.3「漬物のたそがれ」


アウトドア哲学 この家無を見よ Vol.3
鶴内 手刀
漬物のたそがれ


 私が大久保に住んでいた頃、新宿と大久保のちょうどあいだにあるガード下はいつもオシッコの匂いがしたものだった。そこに寝ているホームレスの方々に、時折タバコやコーヒーを喜捨していた私だが、以前やっていたバンドでミュージックビデオを撮影した際、その中のひとりに交渉して出演してもらったことがある。ギャラはタバコふた箱だったと思う。座っている彼の横で私が歌うというシーンだったが、OKが出たあと少し歓談する時間があった。おっちゃんは終始ニコニコしていたが、恥ずかしそうに「見つかっちゃうかなあ」と言った。
 世を捨てる前は、当然彼にも家族や友人があった。その人たちに見つかってしまっては両者共に困ることも多いだろうことは想像に難くない。しかし、本当に見つかると困るのであれば、ビデオ出演など断るに決まっているのだ。どこかで見つかりたいと思っているに違いない彼に「我々は売れていないのであなたが見つかることはない」と言うのは憚られ、私は話題を変えた。
 彼はビニール袋をずっと傍に置いていたので中身を尋ねると、スーパーで捨てられるキャベツの外側の葉をもらってきて漬物にして食べていると言う。少し食べさせてもらったが、ぬるい漬物は少しだけ知らない家族の味がした。


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