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熊野古道 紀伊路の魅力を「旋律」でひもとく【和歌山大学寄附講座レポート④】

レポート4回目となる今回のゲストスピーカーは、写真家のGOTO AKIさん。五感を通した感情を旋律として旅の行程を組み立てる紀伊路の旋律デザイン。その「視覚」の部分で協力をいただく紀伊路アンバサダーです。
風景写真に自然科学の視点とスナップ撮影の手法を用いて紀伊路の多様な風景の表現方法を探求するGOTOさんから見た紀伊路の姿は。実際に踏破して感じたことから、スマホでも使える写真撮影の手法まで、さまざまな話を伺いました。


7億を捨てて写真の道へ

ぱっと見で年齢がわからない。少年のような雰囲気をまとった人だなぁ、というのがGOTOさんの印象でした。それは、自己紹介を話し始めると確信に変わります。
大学を休学して世界一周を経験し、その後一流商社に勤め、天然ガスパイプライン輸送のプロジェクトに参画するなどグローバルな活躍をしながらも、退職して写真家に転身したという波乱万丈な人生を歩んでいるGOTOさん。当時そのまま勤めていれば生涯賃金は5〜7億あったと言われていた頃。それを捨ててでも写真の道を選んだのは、世界旅行時に出会った写真家の姿、そして子どもの頃に読んだ2冊の本の影響による好奇心や旅=人生の冒険への憧れでした。
写真学校に入学し、デビューしたもののお金も技術もない中、全財産を手にイタリアへ。現地の写真スタジオに体当たりで弟子入りし、ライティング技術を学んだという一見向こう見ずな行動も功を奏し、帰国後はSONYミュージックやANA、CANONなどの音楽や航空業界、写真業界から仕事の依頼が来るようになったそう。今では作家活動を続けながら日本大学藝術学部の准教授として教鞭も振るっています。

学生から募った事前アンケートでは「どんな生活をしているのか」「お金の苦労は」といった内容があったそう。

「仕事とは、誰かの課題を解決しその対価として相応の報酬を受け取ること。」
「世の中には需要と供給がある。」
「今はスマホがあって皆さんも1枚も写真を撮らない日はないんじゃないでしょうか。」
「もともと旅への愛があったので、仕事仲間の編集者やディレクターさんたちに『海外に行く仕事があったら教えて』と言い続けていたら、実際に海外の仕事が舞い込むようになり、多い時は年間10回位は海外に行っていました」といった答えに学生たちも真剣に聞き入っていました。

紀伊路踏破で見えてきたもの

「20数年間写真を撮ってきて、写真を撮らなくていいと言われたのは初めてでした」とGOTOさんが話した前代未聞の依頼が「紀伊路SCAPE」です。
GOTOさんが紀伊路と関わったきっかけは、以前登壇していただいた旋律デザイン研究所の佐々木敦さん、そして次回登壇いただく音楽家の高橋英明さんからのお声掛けでした。
その際、高橋さんが依頼したのが「撮影ではなく紀伊路を歩いてほしい」というもの。「写真家の目でへとへとになるまで歩いたらどんな世界が見えるのか」。これが、私たちがGOTOさんに求めたものでした。

当初は250kmという距離を聞き「そんなに歩けない、周りの人に迷惑をかけてしまうんじゃないかと心配で仕方なかった」とGOTOさん。意を決して荷物を準備し、自動シャッターで15秒ごとにシャッターが降りるよう設定したカメラを固定し、「撮ることを意識しない」旅が始まりました。
「普段からものを見る時には必ず光を見る」というGOTOさん。紀伊路の旅は大阪の天満橋をスタートとしてからずっと南下し、同じ方向が続く「一点透視図法」。そうすると、ほとんど見える光は逆光や半逆光。反射の光でものを見ていくことになり、自ずとエモーショナルになり、逆に振り返って大阪側を見ると、順光で状況説明的な世界が広がります。泉佐野や泉南の辺りになると街の空間から受ける光の印象も柔らかくなる、という風に「まちというより、反射しているなという光で見る」のだそう。これぞ写真家ならではの視点ではないでしょうか。そんな中、王子と呼ばれる石碑の場所や木がこんもりしている場所があると休める空間があるなど、さまざまな気づきがあったそうです。

実はGOTOさんが紀伊路を訪れるのはこれで3回目。2023年に一度歩き切った後、昨年1月に「スピードを変えてみたらどうだろうか」とバイクで回りながら撮影。さらに今回の講義の直前に再び歩いてきたところでした。
「世界遺産になっている場所は整備されていますが、紀伊路は放っておかれているところも多い。南へ向かっていく光を受容しながらへとへとになっていく自分との戦いです。でも2回歩くことでようやく全貌がわかってきました。紀伊路の旅は使い捨ての旅ではなくじわじわ自分の社会体験と共に染み入る体験です」とGOTOさん。
熊野古道全盛期の平安時代、藤原定家が記した旅の手記には意気揚々と出発するも、徐々に体調を崩し弱音を吐くなどのリアルな感想が綴られています。
「僕も定家と同じように風邪も引いたし、途中にあったみかんの無人販売に感動し、普段は何気なく見ている夕陽すら染み入った。終着点では生まれて初めて石碑に抱きついて涙を流しました。派手さは全然ないので伝えるのが難しいけれど、なんでもない日常の美しさを感じるのが長距離を歩く旅の良さではないでしょうか」。
その後、中辺路も歩いたというGOTOさん。「国が国に与える一番暴力的な関わりが戦争だとしたら、平和な関わり方が観光や文化のコンテンツであること」「写真家としてなぜこれに関わるのかというと、歩く旅ということ自体がデジタル、Ai時代への大きなメッセージであるし、紀伊路はこれから知られていく、日本が世界に誇る文化コンテンツだと思うから」「こんなに情報があふれる中で、まだ手付かずのものに関われることも非常に嬉しいし、興味深い」と紀伊路の旅について語ってくれました。

「なんかいいなぁ」を大事に。写真という表現の可能性

最後に、学生たちに今すぐ使える写真の知識を教授しようと、1つのゲームを行いました。
内容は、ペットボトルを観察するというもの。ノーヒントで、近づいて見ても触ってもよし。その上で「見たものは何だったのか」と質問をします。

「お茶」「半分の量だった」「おいしそう」
「ラベルが付いている」「ペットボトルの底で反射した」

などの意見を聞いた後「何色あったかわかりますか?」と再度質問。正解は7色です。
「それが何か」というよりも、写真家が見るのは色彩や造形、光や時間なのだそう。
「『名刺』から離れて、皆さんが感じる『いいなぁ』の解像度を上げてレンズを向けること。それがどんな色彩で構成されているのか、どうきれいなのか。主役である皆さん自身の心や感動、発見に主軸をあてて考えることで写真の幅が一気に広がります」とGOTOさん。
キーワードは「光、色、時間、造形」の4つ。それぞれのポイントを説明し、「ぜひこれから写真を撮る時は光を見てください。そして、こうした視点を日常の中に生かしてくれたら嬉しいです」と学生たちに呼びかけました。

おわりに

最後にGOTOさんは「『藝』は種を植えるという語源があります。今日伝えたことは皆さんの学業やビジネスに即効性のあるものではありません。でもこの種が芽となり皆さんの中で育ってくれると嬉しいです」と締めくくりました。
紀伊路のプロジェクトはまだまだこれから。これをきっかけに学生の参加もいただきたいと願う中、その種もしっかり蒔いていただいたような気がします。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回もどうぞお楽しみに!

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