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エムス電報事件 天才ビスマルクが行ったフランスを怒らせた方法とは(後編)

これは前回の続きです。

フランスの猛反発によりプロイセンはスペイン国王の受託を退位しました。

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しかしフランスはこれでは安心できません。                         受託を拒否したとはいえ、それは一代だけ。                          もしかしたら次の世代ではプロイセンがスペイン国王になる可能性がある。

フランスが一番安心するのは、プロイセン王家が永久にスペイン国王にならない事です。

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1870年、そこでフランスの大統領だったナポレオンの甥のナポレオン三世がプロイセンが永久にスペイン国王にならないように使者を出しました。

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7月13日、プロイセン王ウィルヘルム1世はエムスという場所で休んでいました。

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ウィルヘルムが眠い目をこすりながら玄関に向かうと、ベネデッテイ伯爵(プロイセン駐在のフランス大使)が立ってました。

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普王(ウィルヘルム一世)「おはよう。して今朝は何用か。スペイン国王の受託については、拒否したではないか。」

仏大使(ベネデッテイ伯爵)「はい、確かに拒否しました。しかし、またスペイン国王の受託が来る可能性があります。我が国がそれを恐れています。なので、今後プロイセン王家は永久にスペイン国王にならないことを誓ってください」

とはいえ、これはあまりにも無理な要求です。                   こんな要求が通ったことは例がなく、通るとするならば戦争で勝った時です。                                あまりにも鬼畜で失礼な要求でした。

普王「お断りする。その件に関してはこれ以上言うことはない」

と拒否し、フランス大使は下がりました。                             この件をウィルヘルム一世はベルリンにいたビスマルクに報告しました。

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その頃、ベルリンのビスマルク邸ではローン(陸軍省)、ビスマルク(外交官)、モルトケ(参謀総長)が食事をしながら今後のことについて話し合いをしていました。

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           (上がモルトケ、下がローン)

そこに、今朝の一件が飛んできました。                         それは電報という形で送られてきました。(これをエムス電報と言います)

【エムス電報 内容】

ベネデッテイ大使は散歩中の余に極めて無礼な要求を通してきた。

「今後、このような問題が起こらないためにもプロイセン王家はスペイン国王の受託を将来にわたって永久に拒否する同意をナポレオン陛下に約束していただけたい。してはこの決定をパリに打電する権利を得たい」

この極めて執拗で無礼な要求に余はやや厳しくこれを拒絶した。               なぜならば、かかる契約は誰しも永久に約束できないからである。

余は公から何の報告を受け取ってないし、パリ及びマドリッドの動向に関しては余よりも卿の方が早く報告に接しているようだから、余の政府が本件に何一つ関知しないのは承知のことだろうと答えた。

その後、余は公より1通の書簡を受け取った。

先にベネデッテイ伯爵に対し、「余は公より返事を待っている所だ」と告げたが、これを受け取った今、余は前述の無理な要求に対してオイレンブルク公及び、アーベケン侍従長の意見に基づき、これ以上ベネデッテイとの引見を必要と求めず、ただ従武官を通して次の如く通達せしめた。

「余は、ナポレオン公よりの通告に接した。しかし、これは大使が既にパリから知らされている事であるから、余は大使に対してこれ以上言うべきことは何もない

【終わり】

これを見た、ローンはショックのあまり食器を落としてしまいました。

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ローン「これで戦争は無くなった・・・・」

モルトケも残念そうな顔をしました。

なぜ、ここまでフランスとの戦争を求めるのか。                     当時のプロイセンはドイツ統一を急いでいました。                   しかし、北ドイツは仲間に入れたとはいえ南ドイツは敵対していました。

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この南ドイツを手に入れて初めてドイツ統一をしたと言えるのです。               この南ドイツを手に入れる方法はフランスと会戦すること。                 なので、フランスとの開戦を求めていました。                              

そんな中、ビスマルクがモルトケに疑問を問いかけました。

ビスマルク「我がプロイセンはフランスと戦って勝てるか?」

モルトケ「大丈夫です。我が国でこれ以上の軍隊はありませんでしたよ」

ビスマルク「よし、開戦だ!」

二人「しかし、閣下。理由もなく開戦しては・・・・」

ビスマルク「しかし、これを新聞に載せるからビスマルクに任せると書いてあるぞ。これをこう改良すれば・・・・」

【エムス電報 ビスマルク改良 内容】

ベネデッテイ大使は散歩中の余に極めて無礼な要求を通してきた。

「今後、このような問題が起こらないためにもプロイセン王家はスペイン国王の受託を将来にわたって永久に拒否する同意をナポレオン陛下に約束していただけたい。してはこの決定をパリに打電する権利を得たい」

この極めて執拗で無礼な要求に余はやや厳しくこれを拒絶した。               なぜならば、かかる契約は誰しも永久に約束できないからである。

これ以上ベネデッテイとの引見を必要と求めず、ただ従武官を通して次の如く通達せしめた。

「余は大使に対してこれ以上言うべきことは何もない」

【終わり】

エムス電報の黒く濃くした場所を掲載した模様です。

これは内容を変更したわけでもない、ただ抜粋したものです。

何と上手い。                              これをドイツ人が読めば、普王に失礼な要求をしてきたフランスとして団結できますし、フランス人が読めば、仏大使が侮辱されたとも読めます。

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これにより、フランスは激怒しナポレオン三世は開戦を余儀なくされました。ドイツは民族意識を触発され「反仏」として団結しました。

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これはスペイン国王の受託を退位させ勝ったのはナポレオン三世なのにも関わらず、開戦に持ち込まれプロイセンはドイツ統一に近づきました。           いわば、ビスマルクの逆転の一発だったのです。

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どうでしたか?                                     よく嘘はいけませんと小学校で教わりますが、国際となると話は別。                いつでもどこでも人間の世界は正直に生きていたのでは騙されて終わりです。

嘘ばかりすると信用を失いますが、嘘も時には大事なのです。                   今回の事件は嘘が歴史を大きく変えることもあるのです。


ビスマルクの天才エピソード

https://note.com/nihonnbannzai/n/na6257339552a

https://note.com/nihonnbannzai/n/n19aec2ac54a3

https://note.com/nihonnbannzai/n/nb33b2770bb13

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