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ビスマルクの外交の上手さが目立った ベルリン会議
戦略の天才、ビスマルク
彼は政治も上手ながら、それよりもはるかに上手だった外交。
外交の上手さを使い、各国をうまく翻弄しドイツを統一しました。 そんな彼の外交の上手さが一番際立ってたのが、ベルリン会議。
今日はそれを紹介していきたいと思います。
1873年、現在のトルコに大きい帝国がいました。 その帝国の名前はオスマン・トルコ帝国。 1750年に帝国はスレイマン一世の親政の下、帝国は絶頂期に入っていました。
しかし、始まりあれば終わりが来るもの。 1873年には政治、経済、社会の隅々が腐りきっていました。 そんな中、支配していたバルカン半島では猛烈な飢餓が襲っていました。
しかし、飢餓が襲おうと年貢は払う仕組みになっていました。 しかし、払えば飢餓により死亡。 バルカン半島の人々は領主に年貢を安くしてもらうよう、届け出を出しました。
だが、帰ってきた答えは「ダメ」 当時のオスマン帝国では財政がひっ迫しており、年貢を免除したくなかったのです。 しかし、これは年貢を免除したほうが良かったのです。 払えんものは払えんし、もしそれで反乱が起きたらもっと財政がひっ迫するかもしれない。 なら安くして少しでももらった方が得。
一体、彼は政治家なのか。 衰退期のオスマン帝国では愚皇が現れますが、どうしてか。
この反応に案の定怒りを覚え、バルカン半島では反乱が起きてしまいました。 一応鎮圧はしたものの、国庫は破綻するは国際世論は敵に回すは散々だったようです。
そんな辛い状況でロシアが攻めてきました。 完全に弱り切っていた突然のロシアの攻撃に、オスマン帝国では敗戦の連続。
こうして、露土戦争はあっけない形で終了し、条約を飲まされました。 その条約(サン=ステファノ条約)の内容は以下の通りでした。 ・セルビア、ルーマニア、モンテネグロは独立・・・1 ・大ブルガリアは2年間ロシアが進駐してる・・・2
ところで、ロシアは開戦前にオーストリアには1のような内容を作らないように約束し、イギリスには2のような内容を作らないように約束していました。
それが会戦が終わったあと蓋を見てみれば、条約を反故にされました。 約束を破ったロシアに激怒したオーストリアとイギリスは開戦も辞さぬという強硬な態度を取りました。
これに焦ったのがドイツ。 当時ドイツはオーストリアと独墺同盟を結んでいましたので、開戦となればドイツとロシアは戦争。 その隙にフランスがロシアと同盟を結べば、ドイツは2正面作戦を強いられることになるのです。
これはまずいと思い、ビスマルクは各国をベルリンに集めて今後の植民地の境界を決める通称「ベルリン会議」が行われました。
その内容はロシアが要求してきた条約をすべて飲みました。 これでロシアは満足かと思いきや、そうではありません。
・モンテネグロの領土は少しだけ微調整し、独立 ・セルビアの領土は少しだけ微調整し、独立 ・ワラキアはそのまんまに独立 ・ブルガリアは大幅にカットし独立
それでは説明してきましょう。 ロシアがセルビアとモンテネグロを独立させた理由は、情に沸いたからではありません。 全ては利益のため。
セルビアとモンテネグロを独立しバルカン半島に進駐してくるオーストリアのバリアとさせるため。 ブルガリアは海に出られる黒海に軍港を造るため。
それが微調整され全てが換骨奪胎となりました。 結局、バルカン利権で残ったのがベッサラビアだけとなりました。
とても上手い方法でした。 ここで露骨にイギリスとオーストリアを全面的に支援すればロシア国民が起こることがある。 しかし、ロシアの条約をほとんど飲んでいますよと見せかけることでロシア国民は怒らなくなるからです。
大衆というのは政治というものが理解できず感情で動くもの。 ロシア国民にベルリン会議がロシアにとって不都合だったことは理解できるはずがありません。
イギリスもオーストリアもロシア国民も喜びWinーWinの状態。(ロシア政府はloseだが)
激怒したロシア皇帝は三帝同盟を破棄。 ビスマルクは顔面蒼白と思いきやすべては計算通り。 この後、ドイツとロシアは独露再保障条約を結ぶのです。
それは後々に解説していきたいと思います。
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国際において外交というのは重要な物。 判断一つで国を救うこともあれば、どん底に落とすこともあるものです。 しかし、現在の日本の外交は外交と呼べるほどの代物ではありません。
中・韓にひたすら媚びるという弱腰政策。 こんな方法が今まで良い結果を生むはずもありません。
https://note.com/nihonnbannzai/n/nccdab875725b
日本にビスマルクが現れてくることを願っております。