のぞいてみよう! 多読の世界 第6回 地域密着の多読活動①
※この記事は2019年公開の過去記事です。
「多読って、聞いたことはあるけど…」これから日本語教師を目指す方、現場に立つ先生方に、日本語多読をもっと知ってもらうための連載。日本語多読支援研究会メンバーで構成されたウェブマガジンスタッフが、すでに多読を行っている国内外の教育機関やボランティア教室の先生方の声をお届けし、日本語多読が持つ可能性についてみなさんと考えていきます。
第6回 地域密着の多読活動①
こんにちは、日本語多読支援研究会の高橋です。これまで大学や日本語学校での多読活動について紹介してきましたが、地域のボランティア教室等でも多読が広まりつつあります。
今回と第8回(予定)の2回に分けて、地域に根付いた多読活動を紹介していきます。
地域の日本語教室の参加者の国籍や世代は多種多様です。日本語のレベルもばらばら。
多読は一人ひとりに対応するので、そんな地域の教室に親和性が高そうです。
実際に、地域の多読クラスでは、支援者はどんな点に留意し、どんな支援をしているのでしょうか。
多種多様な背景、レベルに対応する
『日本語学習者のための「にほんごの本を読む会」』
今回は、地域密着の多読活動の中でも老舗(?)である、新宿の「日本語学習者のための「にほんごの本を読む会」」(以下、「本を読む会」)に潜入します! アジア随一の歓楽街、歌舞伎町を抜けていくと…
病院に隣接する大きなビルに到着。
11階まで上がると、しんじゅく多文化共生プラザがあります。ここでは日本語を勉強したり、蔵書や新聞、多言語の外国人向けのイベント案内などから情報収集をしたりすることができます。
「本を読む会」は、毎週土曜日午後に開かれる新宿区の日本語ボランティア教室「にほんご・どよう・さろん」の後に、1時間ほど行われています。
ゆったりとした部屋で多読
「本を読む会」は2016年1月から行われているそうで、今回はなんと第159回目の開催。老舗感がありますね…。
NPO多言語多読ブログには、詳しい活動内容が報告されています。
https://tadoku.org/blog/blog/category/japanese-class
※現在の実施状況に関しましては、NPO多言語多読HP(https://tadoku.org/)でご確認ください。
中心となって会を運営されているのは、NPO多言語多読の会員である白石ひろ子さん。ご本人も学習者として英語多読やスペイン語多読の大ファンだそうです。
「お手伝いします!」と意気揚々と本を広げはじめた私。そこに、早速白石さんからアドバイスが!
「あ、すみません、レベル3と4の本は下のイスに置いておいてもいいですよ!」
今日の参加者には新しい方がいるので、難しい本から読みはじめないように、まずはやさしい本だけをディスプレイするんだとか。
なるほど、「やさしい本から読む」や「辞書を使わないで読む」という日本語多読のルールを使って読んでもらうためには、このような工夫も有効なんですね。いやあ、勉強になります。
※多読のルールについては、こちらの記事からどうぞ!
レベル別読みものとおすすめ絵本
今日の参加者は4名。白石さんが多読のルールをそれぞれに話して、読み始めます。参加者が少ないとちょっと寂しいですが、こうやって小回りが効くのがいいですね。
4名のうち、新しい参加者は2名。どの本から読もうかとながめている参加者(写真左)のところへ、すかさず白石さんは人気のあるシリーズをすすめます。無事に読む本が決まったようです。
隣にいた新しい参加者の方(写真右)は、人気のジブリのフィルムコミックを手に取りました。
「これ、おもしろいですよ」
隣のテーブルにいるのはもう数回、多読に来ている方。日本語は入門レベルなんだそうです。今日はCDの朗読音声を聞きながら、聞き読みをするようですね。
聞き読みは入門の学習者にも最適!
レベル別の多読用図書(「レベル別日本語多読ライブラリー」シリーズなど)には、全てに朗読音声がついています。聞きながら、ストーリーも追うことができるので、ひらがなを覚えたての学習者や、字を読むより音で聞くほうが頭に入るタイプ(耳型)の学習者に特におすすめです。
あっという間に、多読の時間終了。ブックトークに移ります。自分のことばで、面白かった本や場面を話す時間です。
この方は「西町交番の良さん にわにわに?」(『レベル別日本語多読ライブラリー』レベル0 アスク出版)がお気に入りだそうです。
大人でも楽しめるオチで、私もおすすめの1冊です。
インタビュー
和やかな雰囲気の中、あっという間に1時間の会が終了。
白石さんにお話を伺いました。
ー 今回がなんと159回目…。長く続けていらっしゃいますね。
白石:私が担当するようになったのが2016年1月で、その前にも平日に多読の会を開いていたので、それを含めると300回以上になるようです。ずっとどんな方が来たか、記録をつけているんですよ。これです。
ー わあ、貴重な資料ですね! 参加者がこんなに多いと、印象的な参加者の方も多くいらっしゃったんじゃないでしょうか。
白石:はい。やっぱりここは新宿だなという特徴を感じるのは、いろんな背景の方が来ることですね。特に、ワーキングホリデーで来た方や、短期のビジネスマンもよく来るんですよ。その他にもこの会のwebサイトを見て、来る人もいます。
観光か仕事かわからないんですけど、1回だけでも参加していいですかと問い合わせが時々あります。とてもうれしいですね。
ー へえ、ビジネスマンも来るんですか。
白石:そうなんです。あるビジネスマンの方は、最近来なくなったなと思ったら、また半年後に現れるんです。出張で日本に来るたびに寄ってくれるんですよ。多読で頭を日本語に慣らしているようです。
ー それはおもしろい参加理由ですね。
白石:はい。でも逆に、土曜日ですし、いつも来ている人も、本を読む会の前のボランティア教室が終わると、友達と誘い合わせて帰ってしまうこともたびたびあるのが残念です。
ー ああ、週末の午後、しかも会話クラスに1時間半参加したあとだと、どうしてもそうなりがちですよね。その他に支援をされているときに、大変だなと思ったことはありましたか。
白石:そうですね。本を紹介するときに、その参加者はどんな本が好きなのか見極めるのが難しいですね。今でも2~3回観察しないとうまくおすすめの本を紹介できないなと思います。
参加者をよく観察することが大事
ー 長く支援されていても、難しいんですね。参加者をよく見ることはとても大事なんだなあ。
白石:あとは、さっきも少し話しましたが、ほら、いろんな背景の人が来るでしょう。ひらがな学習もこれからで、レベル0の1ページ1文ぐらいの本も難しいようなレべルの人もよく来ます。なので、そういった人たちの支援方法をいつも考えながらやっているんです。
ー へえ、それぜひ詳しく教えてください!
レベル0でも難しい学習者には、どう支援したらよいのでしょうか…?
白石:まず1つ目に、一緒に読むということでしょうか。
じゃ、ちょっとやってみましょうか。これ、見てください。
「くだもの」(福音館書店)を使って、読み聞かせ体験!
ー おお、本の読み聞かせをしてくださるんですね。
白石:「すいか」「さあ どうぞ」
真ん中の「さあ」はむずかしいので、「どうぞ」だけでもいいです。
(ページをめくって)
「もも どうぞ」
ーすいか。どうぞ。へえ、内容が繰り返しのパターンになっているんですね。
「すいか」
「もも」
「さあ どうぞ」
白石:そうそう。2つ目は、こういう生活に出てくる言葉がある本を読んでもらうのが良いのかなと思います。めったにない外の話より、身の回りのもの、身の回りの出来事のほうが親近感が湧くんですよ。
ー 普段使う言葉ですもんね。
白石:はい。勉強したり人から聞いて目に触れたりしているものから入ると、良いですよね。私は「本を読む会」の前のボランティア教室でよく果物のカードを使うんです。その後にこの「くだもの」の本を読むと、参加者は覚えたっていう実感が湧きますよね。本にすっと入り込むのが難しい人にも良い方法ですね。
ー ああ、たしかに。新しい外国語を学びはじめたとき、私もそうだったかもしれません。
白石:もしこの「すいか」という言葉を忘れてしまったとしても、頭の中では絵の方を覚えているんです。実物のすいかが出てきた時に、他の人に「これ、何?」って聞けるじゃないですか。そうすると、ああ、あの本にあった「すいか」だった! ということを思い出せるんです。
ー 本と日常生活をリンクさせることが大事なんですね。
白石:そうなんです。それと、3つ目に支援者が最初から全部この内容を学習者にわかってもらわなくてもよいと思うことが、レベル0未満の方の支援では大事かなと思います。
だから、絵でだいたいの内容がわかる本も読んでもらうといいですね。ストーリーのことは言わないで、絵の中にあるものの中から参加者が気になりそうなところを拾っていくんです。
ー あ、これは「ウサギとカメ」ですね。
白石:(絵を指差しながら)「うさぎ」、「かめ」。あとは、「ははははは!」とか。その他のストーリーには関係ないところについては、「これ、何?」と聞かれたときに答えています。絵を読むことに近いやり方ですね。
ー へえ、絵を読んで一緒に対話していくのが、効果的なんですね。
白石:本の内容で大事なことは繰り返し出てくるんですよ。(ページをめくって)あ、また「ははははは!」が出てきましたね。はじめはこれぐらいでいいんじゃないかなと思います。というのも、レベル0未満の学習者だと、疲れちゃうんです。
ー そうなんですか。たしかに知らないことだらけですもんね。
白石:支援者は、自分で読めない学習者を見ると、つい、つきっきりで本の内容をわかってもらおうと思ってしまうことが多いんです。絵を指さしながら、全部説明をしてしまいがちです。これでは学習者も支援者も疲れてしまうんです。だから、レベル0未満の学習者でも、一人で本に向かう時間を作ってあげたほうがいいと思っています。一人で朗読音声を聞きながら読む、聞き読みをしてもらってもよいですね。
ー もう一度自分で読んでみたら、また新しい発見がありそうですよね。
ここで、レベル0未満の学習者に対する支援のポイントをまとめてみます。
生活に出てくることばがあって、繰り返しが多い本を選ぶ
支援者と参加者がいっしょに読む
絵を見ながら、いくつかのキーワードだけを楽しむ
本の内容を全部説明しない
支援者はそばにつきっきりにならず、
学習者が読みたいようにその本と向き合う時間も作る
ー そういえば今回、参加者のみなさんがけっこう集中して読んでいましたよね。そういうときって声かけのタイミングはいつもどうしていらっしゃるんですか。
白石:本を1冊読み終わったタイミングで声をかけています。私も英語多読で本を読んでいるときに声をかけられるのがあまり好きじゃないんです(笑)。だから、次の本をすすめるためにもこのタイミングをいつも見計らっています。
ー そのためには、参加者の観察って大事なんですね。
白石:ええ、初めて来た方には、どんなレベルの人でもいつもレベル0から読んでもらっているんですが、「なーんだ、つまらない」と思ってしまって、次の回には来なくなってしまう、なんてことがよくあるんです。
次に来てもらうためにも、もう少し上のレベルが読めそうな人には、1冊読み終わったタイミングで声をかけて反応をみて、大丈夫そうならレベル1、あるいはそれ以上のものをすすめてあげることが、とても大事なんです。
ー 長く、楽しくたくさん読んでもらうための工夫なんですね。
実は私も、大学で授業外の活動を支援していたとき、2回目以降に来てもらうためにはどうすればいいんだろうとよく考えていました。参加者はどうして多読を続けるんだと思いますか。
白石:長く多読を続けている人って、なんとなくですが、じわじわ効果が現れてきているのがわかるし、効果がわかってくることが心地いいことに気づいていると思うんです。初めは多読が役に立つかどうかわからなかったけれど、やっているうちに、その良さにだんだん気がついてくるんじゃないかと思います。
ー へえ、ご自身の英語多読の経験も関係していそうですね。
白石:私自身、英語多読をずっとやって来ていますが、具体的にどう伸びているかということはあんまり気づかないものなんですよね。語彙が増えているかどうかもよくわからないんです。
でも、そういうことではない、読み飛ばすスキルとかは身についたと思います。
ー へえ、さっきおっしゃったように、気がついたら身についているんですね。
そういったご経験からも、楽しく読んでいる人っていうのは観察していてすぐわかるんですか。
白石:はい、いくつか特徴がありますよ。こんなところでしょうか。
目があちこち動いていない
リラックスしている
前のめりになって読んでいる
ー うんうん、いますよね。「今話しかけないで!」と背中で語る学習者って。姿勢が変わらないっていうか。
白石:そうなんです。
ー さて、楽しいお話をしていたらこんな時間になってしまいました。そろそろ本を片付けなくちゃですよね。本日はどうもありがとうございました!
多読用の読みものはレベル0からしかないので、ひらがなも読めない人などのようなレベル0未満の人が多読を始めるのも、そして支援するのも難しいのではないだろうかと、私は正直思っていました。読者のみなさんはいかがでしたでしょうか。
白石さんからレベル0未満の支援に悩みながらも、効果的な方法を模索して、参加者に対してより良い支援をという話をお聞きし、多読支援は奥深いなあと感じることができました。
※レベル0未満のための読みものリストはこちら!
また、第3回でご紹介した仙台国際日本語学校の「あいちゃん」シリーズや、無料の読みものである「青い」や「白い? 黒い?」もおすすめです。
次回は、海外の多読活動をお送りします。地域密着の多読現場②は、第8回でお送りする予定です。どうぞお楽しみに!
最後に
新型コロナウィルス感染拡大の影響で、学校や図書館が休みになったり、オンライン授業になって、多読の材料に困っている先生や学習者のみなさんがいらっしゃると思います。
そこで、この機会に多読や多聴多観ができるWebサイトをご紹介します。どうぞご活用ください。
・NPO多言語多読「にほんごたどく 特設サイト」の無料の読みものhttps://tadoku.org/japanese/free-books/
取材・編集:日本語多読支援研究会
日本語多読支援研究会は、NPO多言語多読の中のグループです。NPO多言語多読の会員の中で、特に日本語多読の研究普及を目指すメンバーで構成されています。
※この連載は、JSPS科研費 19K20963の助成を受けています。
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