のぞいてみよう! 多読の世界 第2回 「日本の大学の多読授業」
※この記事は2019年公開の過去記事です。
「多読って、聞いたことはあるけど…」これから日本語教師を目指す方、現場に立つ先生方に、日本語多読をもっと知ってもらうための連載。
日本語多読支援研究会のメンバーが、すでに多読を行っている国内外の教育機関やボランティア教室の先生方の声をお届けし、日本語多読が持つ可能性についてみなさんと考えていきます。
取材・編集:日本語多読支援研究会
第2回目は、日本語多読の実践レポート「日本の大学の多読授業」風景です。NPO多言語多読の会員で日本語多読支援研究会のメンバーでもある作田が、大学で支援者として実施している自分自身の授業の内容をご紹介します。
津田塾大学交換留学生の授業から
多読授業風景
「多読授業が、本をたくさん読む授業だということはわかっているけれど、実際の授業はどんな感じになるの?」 と、想像がつかない方もいらっしゃると思います。そこでまず、この動画をご覧ください。
静かに多読をしている津田塾大学の授業風景
シーンとしていて、ただひたすら本を読んでいます。これが多読の授業のもっとも中心になる部分です。ちょっと笑ったりする人もいるかと思えば、身動き一つせずに本を見つめている人もいます。みんな、本の世界にどっぷりつかっているのです。
もちろん、ずっとこうだというわけではありません。おもしろいことを見つけたら、友達に見せて笑いころげたりもします。
なぞなぞ絵本を見て笑い合う
お天気のいい日には、気分転換に校庭に出て、読書を楽しむこともあります。
多読授業はインプットを増やすための授業です。より良いインプットのためには学習者がリラックスして楽しく読むことが大事です。自分が好きなことや興味のあることにのめり込んで読んだ言葉は、学習者の頭と心に蓄積し、「勉強」と意識することもなく身についていきます。動画で見ていただくと、授業では一見何も起こっていないように見えるかもしれませんが、実はこの時、彼らの中に、静かに降り積もる雪のように日本語がじんわりと染み込んでいっているのです
*多読について、より詳しく知りたい方はこちらへ!
最初にご紹介した動画は、津田塾大学の留学生の日本語の授業です。
津田塾大学の留学生は、ほぼ全員が交換留学生です。多読を実施している授業は交換留学生のための選択授業(1コマ90分×9回×4ターム)ですが、出身国はもちろん、日本語学習の経歴も、専門分野も、全然違う人たちが履修します。初級の人もいれば、上級の人もいます。文系の人もいるし、理系の人もいます。それでも、みんな同じ授業に参加して、それぞれが好みにあった本を選び、リラックスして読書を楽しんでいます。
授業の進め方
私はどこの大学で多読授業をするときも、初めて多読をする人には、日本語のレベルに関係なく、レベル0や1の本から読んでもらっています。特に最初のうちは、表紙の絵を見て選べるように、ズラーっと机いっぱいに本を広げます。好みのものが選びやすいように、「日本の昔話」「知識・情報」「小説」などとジャンル別に分けたり、「悲しい」「おもしろい」など、内容の傾向で分けたりして、学習者が選びやすいように置きます。
授業が何回か進むと、それぞれがどんな本が好きかわかってきますから、好みに合わせて日本語母語話者用の絵本や児童書、マンガなども持っていきます。
絵本や児童書は、この人にはこの本、あの人はきっとこれが好き…と、支援者の私があちこちの図書館で本を探して持って行くようにしています。もちろん、この人のためにと持って行ったのに、当人が全然見向きもしてくれず、思わぬ人が思わぬ反応をしたりと、学習者の好みを当てるのは簡単ではありません。それでも、好きな本に出会って夢中で読みふける姿を見ているのは、多読支援者として喜びを感じます。
ご存知のように、マンガやアニメから日本語学習に入る人も今は少なくありません。そのためか、国で母語で読んだマンガを、原語の日本語で読んでうれしそうにする人もよくいます。
地域の図書館も利用
津田塾大学は近所に児童書の蔵書が豊富な公立図書館(津田図書館)がありますから、夏休み前の授業では、クラスみんなで出かけて行って、自分で本を選んで読みます。すると、学習者が自分で選ぶ本に、支援者の私が思いもよらないものがあって、「そういう本が読みたかったのか!」とびっくりすることもあります。おしゃれの大好きな人が、メイクアップのハウツー本やファッションの本を何冊も選んでいるのを見た時は、「この人がファッションやメイクに興味を持っていることを知っていたというのに、どうして私は思いつかなかったんだろう」と自分でも自分のマヌケぶりに嘆息しました。
同じ授業を取っている友達の国に興味を持って、図書館でその人の国についての本を探してきた人もいました。本人に追加の知識を教えてもらいながら読んでいます。このような本を通した学習者同士の交流も、多読授業ならではの姿だと思います。
文京学院大学留学生の授業から
津田塾大学では地域の図書館を利用していますが、次にご紹介する文京学院大学では、図書館の中に使えるスペースがあるため、学内図書館内で多読授業を実施しています。
こちらは学部留学生と交換留学生が混在する選択授業(1コマ90分×15回×前後2期)です。こちらも出身地域や母語はさまざまです。
図書館内の教室での多読授業
図書館での多読のいいところは、本がたくさんあるだけではなく、視聴覚資料も手軽に利用できることです。特に文京学院大学の図書館はアニメ映画が豊富です。
多読では、たくさん読むだけではなく、たくさん聞いたり観たりすることも重要だと考えています。そのため、多読授業では、映画などの動画を「多聴・多観」することもあります。せっかく環境が整っている大学ですから、この授業では多聴・多観を導入しました(以下、多聴・多観で動画などを見ることを「観る」と表記します)。すると、留学生たちは前から観たかった日本の映画をじっくり観たり、友達といっしょに一つの映画を観たり、自由自在に楽しんでいました。
多読に慣れてくると、その日の体調や気分に合わせて、映画にしたり、本にしたり、自分で素材を選んで自律的に多読ができるようになってきます。字を読んでも頭に入ってこないような日は映画にするとか、じっくり読みたい日は読書にするとか、それぞれが自分で決めて多読・多聴・多観に取り組んでいました。
やがて、その場にある本や映画を選ぶだけではなく、自分で探してくる力もついてきます。自分で本を買って持ってきたり、友達が勧めてくれたドラマをわざわざ自分のPCを持ってきて観たり、アルバイト先の店長さんが勧めてくれたマンガを持ってきて読んだりするようになりました。
ブックトーク
それぞれの好きなやり方で日本語の世界に浸る授業ですが、最後にはその日に自分が読んだり観たりしたものを紹介し合います。ブックトークの時間です。これも、文京学院大学の授業だけではなく、私が他の大学で行っている多読授業でも、この時間をもつようにしています。
ブックトークの時間には、こういう本を読んだ、こういう映画を観た、こういうことを考えた、などと話し合います。同じ本を読んでも、同じ映画を観ても、感想は人によって全然違います。時には全く反対の感想が語られることもあります。
話し合いの中では「この主人公の行動は私には不思議に思えた」「こういうところは日本も私の国も同じだ」などという感想がよく出ますが、そうすると、それぞれが出身文化も個性も違うので、「えー、ちょっとわからない」「それは私の国では…」などと議論が始まることがあります。
読んだり観たりしたことを材料にして、日本だけではなく互いの文化を紹介し合い、視野を広める留学生たち。彼らが、同じ場を共有し、互いの考えを知ることによって、化学反応が起こるように、発見し、気づき、思索を深めていくブックトークは、支援者の私にとってもワクワクするような刺激的な時間でした。
学習者の感想
そんな彼らに多読授業の感想を聞きました。
「映画も観られるからよかった。音声が出るから集中できます。本も音声付きの方が集中できました。発音もわかります」
「日本に来てから本を読み始めました。日本に来る前は文法とかを勉強するほうがいいと思ってずっとしてきたんだけど、ここに来て、本を読めば読むほどおもしろいし、言葉とか諺とか相づちとか、日常生活の中で自然に言えるようになった」
「多読のいい点は自分のスピードに合わせて読むことができること。止まりたい時、休みたい時、自分で自由にできること」
「本を読みながら漢字とかも覚えられますね」
「日本の本を読んで、少しずつ日本人の考えがわかるようになりました」
「他の文化を知るのが楽しかった。文化とか、人の生活とかのことを知ることができました」
「多読は知識が得られるだけではなく、話すことにも役に立ちました。話すのが早くなりました。ゼロレベルから読んだことで、読むのも速くなりました」
「本が多くて選べないけれど、ほかの人の感想を聞くと、あ、この本を読みたい、と思うことがあるから、たくさんの人と本を読めば、その人たちの感想が聞けて、本を選ぶことができて、選びやすいです」
このような声は、特別なものではなく、他の多読授業の感想でもよく聞かれるものです。彼らの声から、多読が学習者にどのような効果をもたらすのか、その片鱗をわかっていただけると思います。
日本の様々な大学における多読授業の取り組み
今、日本国内の教育機関で、もっとも日本語多読が広まっているのは、大学ではないかと思います。
そこで、上で紹介した大学以外の多読授業の様子についても、担当する教師のみなさんから一言ずつそれぞれの大学での取り組みについて紹介していただきます。
拓殖大学・大越貴子先生
東京外国語大学・西島絵里子先生
名古屋経済大学・横山りえこ先生
*横山先生がNPO多言語多読のブログでお書きになった実践報告はこちら「日本語多読実践報告 ~ 名古屋経済大学」https://tadoku.org/blog/blog/2018/10/01/6804
神田外語大学・高橋亘先生
東京学芸大学・桂千佳子先生
大学で多読を取り入れやすい理由
大学で多読が広がりやすい理由はいくつか考えられます。一つは、授業の内容に関して、教員の裁量が大きい場合が多いことではないかと思います。また、それに関連したことですが、JLPTなど試験の対策に追われたりしていないため、腰を据えて日本語のインプットに取り組めることです。さらに、本にせよ映画にせよ国内の大学の日本語教育では、表面的な文法や語彙などだけではなく、言葉で表された中身についても、考えたり、ディスカッションしたりする授業が行われることがもともと多いことも関係がありそうです。中身そのものを楽しむことを重視する多読は、このような大学での学習のあり方と親和性が高いのだろうと思われます。
上述の学習者の一人も話していますが、多くの学習者にとって、大学に入るまで、または、日本に留学してくるまで、日本語学習とは文法や語彙を覚える「勉強」であるようです。多読授業では、その「勉強」した日本語が、生きた言葉として息を吹き返すのです。
しかし、だからといって、多読をするのは大学でなくてもいいはずです。例えば、アニメやマンガが好きで日本語学習を始めたものの、学校で勉強している日本語はなんだか違うものだったとがっかりしていた人も、多読をすれば、アニメも漫画も同じ日本語学習の一つの輪の中に繋げられます。
初級の教科書だけでガリガリ勉強していた人が、多読の本を読んで「自分の知っている文法と単語で本が読めるんだ!」と驚き、喜んで、日本語学習の意欲を強めることも少なくありません。
多様な母語、レベル、学習目的の学習者が共存し、のびのびと多読・多聴・多観を楽しむ多読授業は、支援者である教員にとっても喜びの多い授業です。学習者がこんなに自由でリラックスして学ぶ様子は、ほかの形の授業ではなかなか見られないと思うからです。この充実感を未経験の方は、ぜひ多読授業を試してみてください。
今回は国内の大学で行われている多読授業の実践をご紹介しました。
さて、次回は日本語学校で行われている多読授業に潜入します。どうぞお楽しみに!
*この連載は、JSPS科研費 19K20963の助成を受けています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?