見た目の美醜とアイドル文化
我が家の娘たちはご多分に漏れず、Kポップアイドルに夢中だ。
なので、私もKポップ文化に触れることが多いんだけど、「職業アイドル」ってかわいそうだなあとつくづく思う。
ドイツなら、歌手なら歌がうまいかどうか、役者なら演技がうまいかどうか、ダンサーならダンスがうまいかどうかを問われるだけだ。
Kポップグループの中には、ダンサーとしてだけ、歌手としてだけやっていける人もたくさんいるのに、あれもこれもやらされて、しかもビデオ配信などのファンサービスも必要だ。
恋愛のご法度など、私生活も厳しいらしい。
ドイツなら、さすがにドラッグとか違法行為はなんだけど、その人が誰と付き合おうが、付き合うまいが、大きな影響はないように思う。
(まあ、人気が出てからなら、かもしれない)
もちろん、ゴシップ雑誌のようなものはあって、くっついたの離れたのという記事は載っているようだけど。
病院の待合室で表紙を眺めるだけなので、芸能情報に詳しくはないんだけどね。
本人たちがあれもこれも望んでいるのならまだしも、ダンスは苦手だけど歌のうまい人がダンスレッスンに苦労していたり、逆にダンスはすごいけど、歌はねえという人もいたりする。
ファンサービスはホスト、ホステスの営業のように感じて、不憫だ。
「夢」を売るというと、聞こえはいいけど、要は「性」を売っているのではないか。
そういう過酷な環境だからか、韓国芸能界は病気(恐らくストレス起因の鬱病など・・・?)による活動休止や自殺も多い。
事務所にやらされているんだと思うけど、それをファンが望んでいると思っているからだろう。
今、過渡期なのかもしれないけど、今後は変わっていけばいいと思う。
日本では今やAdoちゃんみたいに歌だけで勝負!という人もいる。
かつては歌手は見た目は問われていなかったけど、日本でもアイドル全盛期(見た目が多少かわいいだけで、歌も演技も・・・な人たち)があり、また変わりつつあるんだと思う。
そもそも私自身は皮一枚の美醜など、どうでもいいと思っている。
それよりも、内面からにじみ出る知性ややさしさといったものの方がずっと価値がある。
昔よく、「そんなこと(顔や髪をいじること)してるくらいなら、本の1冊でも読め」と学校の先生が言っていたけど、本当にその通りだなあと、今更ながら思う。
ただ、世の中には少なくとも、見た目はある程度どうでもいい人とどうでもよくない人の二種類の人たちがいるようだ。
どうでもよくない人は、見た目重視の人と結ばれるのだろうし、どうでもいい人はその他(経済力? 知力? やさしさ?)重視の人と結ばれるのだろう。
動物で言ったら、羽のきれいな異性が好きか、エサをたくさん貢いでくれる異性が好きか、みたいな感じ?w
ドイツで楽なのは、見た目は清潔でさえあれば、特に何も規定がないところ。
入学式や結婚式、葬式と言った式典でも、カジュアル目の人が多い。
そういう風潮だから、芸能人も見た目はどうでもいいんだろうと思う。
美しさを売りにしているモデルも日本や韓国みたいな画一的な「美しさ」より、個性的な方が受けているように思われるし(ハイディ・クルムのモデルオーディション番組とか)、今やオーディション番組もぽっちゃりモデル、背の低いモデル、ユニセックスなど多様性の時代に入ったし。
ドイツ人女性自体は大してメイクもしない。
白人故、まつ毛、眉毛の色が薄いので、マスカラ命という人もいるけど、ばっちりメイクの人は東欧やイスラム圏からの移民が多い。
まだ「美しさ」が女性の価値という古い価値観なのかと思う。
欧州が、ではなくて、お隣フランスやイタリアはメイクはあっさりでも、お洒落な人が多いけど、ドイツ人のおしゃれはなんか野暮ったい感じw
フランスやイタリア人に比べると、まあ骨格も大きくて、かわいらしい感じとか似合わないからかもしれないけど?!
一方で、日本は比較的文化そのものが見た目にこだわる方向にあると思う。
贈答品はきれいにラッピングされているし、様式美、形式美ということも多々ある。
それが、オフィスではメイクしろ、ストッキング履け、スーツの上着を脱ぐな(クールビズ以前の話かな)、カラーワイシャツ禁止といったことにつながっていってたんだろう。
住んでいないので、あまり実感はないものの、日本でも多様性の時代になってきたように思われる。
見た目ではなく、その人の本質が問われるべきだと思うので、その方向にシフトしていければいい。
そして、韓国も・・・。
ま、そしたら整形関連の失業者が増えちゃうかもしれないけどね~!