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宝石を砕いたのには理由がある(岩絵具編)【極私的考察】

色鉛筆や絵の具が並んでいるのを見ると、恍惚とした気分になりませんか?
私は、めっちゃ幸せになります。その極みが日本画材だと思っています。

前回は「日本画材に触れる時、人の心に何が起こるのか?」という大きな視点のテーマでした。

引き続き、その日本画材の世界に分け入っていきます!

今回の主役は、ドドン、日本画材の主軸「岩絵の具」であるぞ。日本画の最も特徴的な画材と言われています。

<目次>
1. 宝石を砕いた(特徴1)
2. バリエーション豊富な粒子(特徴2)
3. 岩絵具は、もはや「日本の美の見所」
4. 宝石を砕いたのには理由がある
5. ついに神様になっちゃった岩絵具

1. 宝石を砕いた(特徴1)

私が、岩絵具をすんごいな〜と思うのは、宝石を砕いて作られることです。
宝石こなごなにして絵の具にするんですよ。「どゆこと?!」ってなりませんか。(この考察は、後半で説明します)

エメラルドグリーンの孔雀石、青緑のアズライト、水色のトルコ石、赤の辰砂、青のラピスラズリ。贅沢の極み。
でもね、やっぱりだからこそ、ため息が出るほど美しいのです。

色とりどりの瓶、瓶、瓶——。
中に入れられているのは、天然の鉱石だ。孔雀石やアズライト(藍銅鉱)、トルコ石、辰砂(しんしゃ)、ラピスラズリ……。宝石に興味のある人ならば、どれも聞いたことがあるはずだ。けれど、ここは宝石店ではない、画材店なのである。

引用元はこちら↓。日本画材の知識を知りたい方は、オススメです。

画材店に行くと「他の画材とは一味違いまっせ〜」というオーラがすごい。
なんせ砕かれた宝石が、粒子のサイズによって分類されて、棚一面にガラス瓶入りでズラーっと陳列されているのだ。壮観。

さすがマテリアルとして並んだ時点で、すでに自然の美しさを湛える、日本固有の描画材料である。


2. バリエーション豊富な粒子(特徴2)

そして岩絵具のもう一つの特徴は、粒子の荒い絵具だという点。
サラサラの色のついた砂のような状態。
それが、粉状の細かさ〜砂場の砂くらいの粗さまである。

岩絵具は「一つの有色鉱物を砕き、水簸(すいひ)により分けられた粒子の大きさの差を持って、その色の幅を生み出して」おり、「これは淡色から濃色までその色も粒子の大きさが均一である油絵の具や水彩絵具などでは生み出すことのできない特性」を備えている(注1)。

(絵具と聞いて思い浮かぶチューブ入りの絵具は、こういった色素と、グルーや添加物とを練ってチューブに詰めたもの。最近は、便利を追求したチューブ入り岩絵具も開発されている。)

岩絵具の原料は、宝石などの鉱石の他にも土や貝殻など。
こうした自然物由来のものは「天然岩絵具」と呼ばれる。

それから現在では、天然由来の色以外にも科学的に生成される岩絵具もある。
これは「人工岩絵具」。

合わせて1500色以上というのだから、24色入りの水彩絵の具に慣れた感覚でいると、「なんでそんなに色数いるの?!」と思うかもしれない。

それは混色が基本的にできない為だ。
特に粒子の大きさが違う絵具同士だと、うまく混じらず、まだらになってしまう。

西欧の絵具だと、粒子が均一だから、混色での色調のバリエーションが可能だし、白を混ぜて淡色にすることもできる。

しかし岩絵具は、混色というアイデアは取らず、原料ごとに「あらかじめ色のバリエーションを作っちゃう」にするという解決策を取ったのだと思う。

例えば同じ孔雀石でも、粉状まで細かくすれば、ほぼ白色の絵具になるし、粗い砂状だと、原石そのまま鮮やかなエメラルドグリーンの絵具になる。

一色につき、粒子のサイズごと13段階に分けると…
あら不思議、トップ画像のような優しいグラデーションが誕生します。(inagakijunyaさんの写真を使用させて頂きました)

そうして粒の大きさを段階別にすることによって、色を増やした岩絵具。

その粒それぞれが、粗くなればなるほど光の乱反射を起こして、繊細な宝石が集まって天の川のようです。それはそれは美しいのですよ。


3. 岩絵具は、もはや「日本の美の見所」

これらの特徴が、岩絵具独自の美しさを生み出す所以。

美しすぎるゆえに、私の語彙力が追いつかない為、
岩絵具の魅力を存分に語っている言葉をご紹介しましょう。

この岩絵具の微妙な色合いを生み出す粒子の乱反射について「単色の絵の具そのものだけでも美しく、それに何よりも大切なことだが、品を湛えているということである。」(注2)

品を湛えている…!!!イミテーションではなく、ホンモノゆえに居るだけで美しい。控えめでも隠しきれない品の良さ。なんだか石川さゆりさんの佇まいを思い出しました。

「絹本や紙本の基底材の上に膠でといた鉱物顔料を持ってしたことは、油彩顔料による西洋の絵画の場合と格段の違い」がある。
岩絵の具の「発色はあくまで柔軟で澄みわたっており、華麗でいてしかも渋みを含む」「日本の美の見所」(注3)

柔軟で澄み渡っている…!!!華麗でいてしかも渋みを含む…!!!
これほど日本の美を、的確に表した言葉を私は他に知りません。
いや、あるならばもっと知りたい。
そして岩絵具は、もはや「日本の美の見所」とまで評されています。

日本の美意識にかなう素材としての「岩絵具」。
また特筆すべきは、自然物由来の美しさにありましょう。

ただ瓶に入った岩絵具でさえキラキラと光を反射して輝く様は、日本が恩恵を受けてきた自然の美をおのずから伝えているのです。

4. 宝石を砕いたのには理由がある

自然崇拝であった日本の人々が、どれほど自然物由来の色を大切にしてきたかがわかるエピソードがあります。

植物や鉱物由来の日本の伝統色名を多く採用することで「色名の中に自然信仰を巧みに織り込み愛で」、平安時代の女性が「自然の色への畏敬の念」を表すために季節に合う色の「装いをすることは自然と同化することにほかならなかった」。(注4)

最近は、文房具やアパレルなどで日本の伝統色を意識した商品がありますので、
ご存知の名前も多いかもしれません。

蓬色、茜色、浅葱、海老茶、、、こうした名前は、岩絵具の色の名前でもあります。

色に自然の名前をつけることで、自然への親愛な気持ちを表したのですね。
そして、さらにそうした色を身に付けることは、自然への畏敬の念と同化のための行動化だった。

とするならば、岩絵具を用いて、日本画を描くこともやはり、自然崇拝による希求心を体現する行為としての意味をおびてきます。

絵を描くことがゴールならば、もっと手に入りやすい原料で絵の具を作ればいい。

そうではなく、祈りや願いをカタチにする、その一つの方法として用いるからこそ、砕いた宝石を絵の具にする、という大胆な伝統が生まれたのかもしれません。

はい、ただ単に贅沢で、宝石こなごなにしちゃった訳じゃありませんでした。


5. ついに神様になっちゃった岩絵具

さらに岩絵具の中でも、赤の「辰砂」は、古くから呪術や神事に使われてきたとも伝えられる、特別な存在です。
どれくらい特別かというと、なんと女神として祀られているほど。

辰砂という名のついた岩絵具の赤色の一種を神とし、『「辰砂」そのものの女神』を祀る神社が日本全国にある点からは、日本画材が神として扱われた歴史が示された。(注5)

こうした事実からも、日本の人々にとって、自然と繋がるための依代として岩絵具が珍重されたことが分かります。


だたの絵具じゃなかった、岩絵具。

絵画材料としては、世界に類を見ない、粒子状の鉱物絵具という特徴があり。
日本の人々にとっては、その精神的意味合いは、自然崇拝という基軸の元に発展した表現ツールだった。

ということで今日の【極私的考察】はおしまい。


<引用文献>

(注1)化学と教育61(8),408-409,2013. 上田邦介「岩絵具の化学:粒状顔料が織りなす美」
(注2)金沢美術工芸大学紀要49号,17-26, 2005. 岩田崇「なぜ今、日本画なのか」
(注3)日本国立近代美術館(1994), 日本の美ー伝統と近代ー,富山秀夫「日本の美ーその線と色」pp, 9-13.
(注4)城一夫(2017). 日本の色のルーツを探して, パイインターナショナル, 東京

ありがとうございます。サポートは、日本画の心理的効果の研究に使わせていただきます。自然物由来の日本画材と、精神道の性質を備える日本画法。これらが融合した日本画はアートセラピーとなり得る、と言う仮説検証の為の研究です(まじめ)。