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「エリートパニック」の闇

     今年の初めに発覚した原発事故で 「東大の早野龍五名誉教授らが市民の被曝線量を過小評価した論文」の問題について、彼を擁護する論調を続ける人々を批判するツイートをしたことがある。

    この「エリートパニック」。もう知っている人は多いだろうが、災害社会学者キャスリーン・ティアニーという人が考えた言葉で、『災害時などに、権力者や文化人など社会のエリートたちが「一般の人がパニックを起こすのではないか」と恐れて、エリート自身がパニックを起こすこと』を言う。

8年前の311のあの大災害の前年に日本でも発売された本『災害ユートピア─なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(レベッカ・ソルニット著) で紹介され、原発事故直後、正にこの「エリートパニック」が日本でも巻き起こった事で話題になった。

 この人の原発事故直後のこのツイートこそが、「エリートパニック」の典型例だが、当時は彼女だけではなく、原子力御用学者は勿論、岩波文化人やあの松本善明の娘までもが、この「エリートパニック」を起こしていたし、政府やマスコミが「国民の不安を煽る」という理由でメルトダウンの事実を始め、原発事故に関するあらゆる情報を国民に隠蔽していたのは事実。

  国民大衆に“冷静に”と訴える彼らエリートこそがパニックを起こしていた訳だから笑うに笑えないが、問題はそれでは済まない。

  国民と違って権力を握る彼らがパニックを起こすと、それはただごとでは済まない。実際、上記の本にも紹介されているが、1906年のサンフランシスコ大地震時の市長や軍指導者による市民への銃撃指示、1972年のニカラグアのマナグア地震時の独裁政権による略奪・暴行、2005年のハリケーンカトリーナの際のニューオリンズで見られた黒人差別や貧困層が避難した避難場所の隔離政策、そして日本でも関東大震災時に行われた大杉栄殺害事件や朝鮮人襲撃などなど、数々の悲劇も引き起こされている。

 因みに、関東大地震時の朝鮮人虐殺を大衆のパニックとみる人が少なくないが、実際は警察幹部やマスコミなどが「エリートパニック」でデマを否定するどころか拡散することで、被害をもたらした面が大きい。

 例えば、米国スリーマイル島原子力発電所事故の際にも市民は大した混乱もなく十五万人が自主的な避難を行ったが、知事の方が住民がパニックになることを怖れる余り、情報公開を遅れさせ、避難命令を出したのは「原子炉底部の半分がメルトダウンして閉じ込め機能が破られる」わずか三十分前になってしまったともいう。本当に怖いのは国民大衆のパニックではなく、権力者などエリートのパニックだし、それこそが国民をパニックに巻き込むのだ。

 また、「エリートパニック」は著者ソルニットの表現を借りれば、“社会的混乱に対する恐怖、貧乏人やマイノリティや移民に対する恐怖、火事場泥棒や窃盗に対する強迫観念、すぐに致死的手段に訴える性向、噂をもとに起こすアクション”だし、それは国民、とくに弱者に対して牙をむくことになる。

 そして、「エリートパニック」が収まったとしても、彼らエリートの多くは自らの非や過ちを認めようとはしないし、そもそも「エリートパニック」によって行った国民への情報隠蔽や抑圧を悪いこととも思っていない。

 その結果、上のツイートでも言ったような原発事故に限らず、薬害や公害などで必ず起きる「被害との因果関係の否定」や「被害の過少化」によってさらに長く被害者、国民を傷つけ続けることになるのだ。

 私たちがエリートにパニックになるな、ということは難しいが、「エリートパニック」という災厄、闇が存在することは知っておくべきなのだろう。

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