生きる。


「まだ若いのに……」
「まだこれからなのに」
「何か辛い事があったんだねえ」
「生きてさえいればどうにでもなるのに」
「将来有望だったそうだよ」

よくそんな台詞が吐けたものだ。
誰も救おうとしなかった。
手を差しのべなかった。
悩んでる事さえ知らなかったし、知ったとしてもまともに取り合わなかった。
君は疲れてるのさ。こんな具合に。

だが俺は、俺等は知っていた。
世の中こんな奴等ばかりだという事を。
こんな世の中で生きていく意味なんてないという事を。
だから言ったんだ。

「生きてる間は何者にもなれやしない。死ねば神や仏になれるぜ。勝手に美化して崇めてくれる。死人に口なし。死人は裏切らないからさ」

そして奴から小説のような、手記のような手紙が届いた。

ーー

大人は決まって「死んではいけないよ」と言います。
うんざりする程そう聞かされてきましたし、洗脳されてしまうのではないかと思う程に執拗でした。その都度、自分の運命というものが白けてゆくのを感じない訳にはゆきませんでした。

「人には皆、権利があります。死ぬ権利もあるのです」と私はロマンスの足らない大人に伝えた事があります。
「そんな事、言ってはいけないよ。君を愛する親御さんが悲しむぞ」と逆にお説教を受けた事がありました。
この時の事は忘れもしません。
幼い私は人としての権利の話をしたにも関わらず大人は親が悲しむという理由で否定したのです。誰が聞いても会話として成立していないのです。
そしてもっと言えば私の両親は私を愛してなどはいませんでした。両親が私に与えたものは愛などではなく酷くつまらない世間体や常識といったものでしかないのですから。

だから私は結婚はしませんし、子供なんて作らないと心に決めているのです。自分達の快楽の為に産み落とされた赤ん坊にとって迷惑な話ですから。

私は常々長生きはしたくないと思っているのです。だってそうでしょう? 長生きした所で何があるというのです。体は言う事を聞かなくなり、時代の流れには着いていけず、あらゆるものに取り残されてゆくのです。
そうして昔は良かったなどと過去を美化し、今を受け入れない老害になるのです。最後はお節介な我が国が私の穴という穴に管を取り付け一秒でも長く生かそうとします。

人には権利があります。
死ぬ権利が。
人が人として生きる為に。


ーー

後悔している。
奴の遺影を前にして、俺は間違えてしまったと思った。
生きる意味がないのなら死ぬ意味もまたない。生きて尊厳が見出だせないのなら死んで尚踏みにじられるだけだ。
誰もお前の本当を知らないし見ようとしない。
どんなに怒りを腹の底で煮えたぎらせ、枯れる事のない悲しみに溺れていた事か。
どんなに破滅的で激しい衝動を、その欲望を抱いていた事か。
どんなに想像を絶する理性の鎖に繋がれていた事か。
そんなお前を想像する者は死んで尚いないのだ。

「御愁傷様です……」
「神様みたいに優しい子でした」

奴の将来は有望なんかじゃなかった。
何せやりたい事もやるべき事も何一つなかったのだから。

それでも断言出来る。
神や仏になんかならなくて良い。
馬鹿に慰められる事程馬鹿な事はない。

俺は生きる。
生きて悪魔になる。
ここにいる奴等全員
地獄に突き落とすのだ。

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