体の中に耀る月 3-
みなさま、ドロドロとしたお話、好きなのでしょうか?以前、ブログで公開して、「ネタにしている」と言ったときはアンチにも目をつけられ、「心配してやってたのに!」的なコメントで嫌な思いもしたけど、
踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損損
面白くない世を面白く
離婚不倫程度なら・・・自分の人生だし、自分の人生をおちょくって楽しむのもありと思うんですけどね。
ーーーーこの先、小説
「嘘は序列そのものよ。秘密を守るのに、確かに嘘は便利よ。でも、嘘を吐く人間は、騙される人間を対等とは思わないし、騙されない人間は、嘘を吐く人間を対等とは思わないわ。なんの生産性もないライアーゲームに、私は真剣になれないの。トシユキが嘘吐きだから、私がアンタよりトシユキを評価しているなんてのは、誤解も甚だしい事よ」
「え、よく分かんないんだけど」
辛うじて睦に理解できるのは、
「俊之をスゴいとは思わないってこと?」ということだ。
「トシユキは、アンタとはまた別の自滅型でしょうね。私は、自分を守る事に頭を使わない人間が嫌いなの。身を粉にしてトシユキを更生させなきゃいけない義理もないわ」
「‥‥」
やっぱりよく分からない。しかし、義理くらいあっても良いじゃないか。生徒と先生なんだから。と口答えしたら、またキレられそうなので、止めておく。
「聞きたいことは、それで全部?」
「いや。じゃあ、秘密の上手な隠し方教えてよ」
「ああ?」
睨まれる。怖い。まるでチンピラだ。
「知らないわよ。なんで私が?」
「せ、先生だって、一応教師だろ?!俺だって困ってるんだ。空が飛べるわけでも、ビームが出せるわけでもない。触れば傷が治る便利な手を持ってる訳じゃない。せいぜい、隠れたものの形がわかる程度で、特殊能力とか言われて尊敬されたかと思えば、冷たい目で見られたり疑われたりするんだぜ!」
そして、顔を蒼白にして、睦は黙った。言いたいことをやっとことばにした。睦を典子が冷たくあしらうことはなかった。相変わらず冷たい物言いではあったが。
「まずひとつ言っておくけど」
「は、はい」
「物を頼むなら、それなりの態度が伴っていないとダメ。私にはちゃんとしたことばを使って。良い?」
「りょ、了解ス」
「ふざけてんの?次『で』を省いたら、卒業まで、いびり続けるわよ」
「は、はい」
「じゃあ、行くわよ」
「え、はい‥‥。とりあえず、先生さようなら」
「さよなら、じゃないわよ。アンタも行くのよ」
「え、どこ行くんすか」
「今から行くところへ行くのよ。上手に秘密にするなんて一朝一夕でできることじゃないの」
どういうわけか、睦は行く先も分からぬまま、生玉典子に同行することになった。フェミニンな格好が、典子に似合っていないわけではない。しかし常はタイトな服が多い彼女である。家へ帰るのに、わざわざ着替えたりはしないだろう。
(どこに行くんだろう。)
学校から二駅。昼下がりの電車は空いていた。セミクロスシートで向かい合って座りながら、典子は、まるで睦などいないもののように振る舞っている。窓の外を見つめているが、瞳の中には険があった。
(そもそも「今から行くところに行く」ってなんだよ。世の中の外出する人間の大半が、今から行くところへ向かってるよ )
しかし、睦には、それを面と向かっていう勇気はない。それでなくても、生玉典子と話すとき、睦はいつも緊張している。典子との短いやり取りの間で、既に睦は疲弊していて、勇気も使い果たしていた。
(こういうの、何て言うんだっけ。口八丁で煙に巻く、みたいな‥‥ク‥‥ベン‥‥ベン‥‥ケイ‥弁慶?違うな)
「降りるわよ」
典子の一言で、睦の思考は中断された。慌てて、彼女に付いていく。
ブロック塀から、モチノキの梢が覗いている。閑静な住宅街を歩いて行く。
右手に現れたある一軒家で典子は足を止めた。インターホンを鳴らす。
やはりそれは、典子の家ではない。俺は付いてきて良かったのか?不安が過る。
そして、ある婦人が玄関の戸を開けたとき、睦は驚愕した。それは、恐怖に近かった。婦人の容姿に驚いたのではない。婦人と相対した、典子の表情に驚いたのだ。典子は、顔中に笑みを浮かべていた。
「ごめんください。敦子さんの具合はいかがですか?」
声も心なしか高い。典子の笑顔に、違和感を持つ様子もなく婦人は応えた。
「あらあ、いつもありがとう」
美人だが、顔色が悪く幸薄そうな女だった。厚塗のファンデーションの下に、小皺のひび割れが無数に隠れていた。若作り、ということばが、睦の頭に浮かんだ。顔は中年だのに、首から下は女子高生の普段着のように思えたビビッドカラーで体のラインが分かる派手目のトップス。ジーパン。
「この子は?」
中年の女は、睦に目をやり、聞いた。
「敦子さんのクラスメートの、幸元睦君と言います。とても正義感の強い子で、敦子さんの話をしたら、ぜひお見舞いに行きたいと‥‥」
ここで、典子は笑みを消し目を伏せた。
「突然では、ご迷惑になるからと、説き伏せようとしたんですが、本当に申し訳ありません‥‥」
女は、ハッとして目を見開き頭を振った。
「とんでもないわよ。わざわざ来てくださったのだから。ボク、お茶でも飲んでいきなさいよ」
ボク?自分の事だろうか。睦は、首を傾げた。なぜだろう。中年女の態度には、なにか、わざとらしいものがある。戸にかけた手を、何気なく見ると、ジェルネイル。小さなビーズが付いている。静脈の浮いた真っ白な手だけが、本当に女子高生のように張りがあって美しい。それが睦には不気味に思えた。
「いいえ、遅くなってしまいましたが、試験までの授業ノートを渡しに来ただけです。それから、補習については、また、敦子さんが登校されたときに」
奥ゆかしく振る舞う、今の典子は、もちろん睦から見れば違和感の塊だ。それは、けばけばしい初対面の中年女が与える不信感以上だった。睦は、趣味の悪いコントを見ている気分になった。そのただ一人の観客として、事の成り行きを呆然と眺めるだけ。
「お邪魔します‥‥」
典子に続いて、家に上がる。すると、この中年女は、典子ではなく、睦を見る。刺すような視線で。初対面であるはずの睦に何か含むところがあるのは、明らかな視線。気にしないよう努めながら、睦たちがリビングのソファに落ち着くと、中年女はキッチンに立った。
お湯を沸かしながら、彼女は言った。「男の子って苦手なのよね」
睦は、ギクリとした。睦の返事も、典子の返事を待たずに、彼女は続けた。
「不潔だし乱暴でしょ?そりゃ、そうじゃない男の子もいるだろうけど、女の子に比べて、やっぱり不躾な子が多いと思うのよ」
睦は、一気に居心地が悪くなった。ソファに奥深く座るのも、彼女の機嫌を損ねるような気がして、体重の半分を足にかけ、肩をすぼめていた。
彼女はよく喋った。盆に紅茶を乗せて、自身も典子の向かいに座りながら、喋り続けた。
「敦子はね、今二階にいるのよ。やっぱり具合が良くないってね。繊細なの。今の共学って、図太い方が良い・どんな子とも気楽に喋れるのが良い子って教育法でしょ。でも、それって、ただ分別がないのと同じじゃない。誰でも仲良くすれば良いってもんじゃないわよ。他人なんて、何考えてるか分からないんだから。私、今でも、あの子を女子校にやった方が良かったんじゃないかと思うの。上品だし、人あしらいは「人あしらい」として、やり方を教えてもらった方が良かったと思うの。でも、主人が、共学でないと嫌だって。お金を出すのは俺だからって。男の人は、自分の意見を通すのに、二言めにはそういう事言うのよね。でも可哀想よね。合理も信念も、娘への情もない。でも、私、納得したフリして、主人の顔を立てたのよ。ね、先生も分かるでしょう?男の人って単純だから、『そうです、アナタの言うとおり』って言えば、機嫌よく働いて、お金を出してくれるでしょ。扱いやすいわ。でも、共学については、後悔してるの。
‥‥中年女は、典子を上から下まで眺めた。
そういえば、先生、私のオススメ聞いてくれたのね。やっぱり年頃の女性は、そういう服装が似合うと思うの。○○○は、安いけど、海外製がだから、縫製がいい加減で。かと言って、△△△は、ちょっと高いわよね。私のオススメのメーカーは、販促モノだけど、値段もお手頃だし、国内製で良いわよ。もちろん、高級ブランドも一二着はあっても良いけど、家計を管理するのも、女の仕事でしょ? ね?ボクも今は分からないだろうけど、男の子が頼りないと、女の子がうんと苦労することになるのよ。頑張りなさいね」
典子の来訪の理由は、きっと、敦子の学校生活について、話をするためだったのだろう。しかし、中年女の話は、どんどん娘の「敦子」の事から弓なりに逸れていった。
典子は、話の先を戻すことなく、相槌を打っていた。
そうですね。はい。ご心配、ありがとうございます。流石です。至言ですね。すごい。センスが良いですね。
耐えず笑みを浮かべて、相槌を打っていた。女は、頬を紅潮させ、どんどん饒舌になった。
「私なんて、何ほどでもないのよ。先生みたいに良い大学も出ていないし。でもやっぱり、人あしらいはうまい方かしら。いろいろ苦労してきたし、それくらいわね。先生も早く結婚しなくちゃ。結婚無しで、人生は語れないわよ」
喋る、喋る。睦は、典子が怒らない事には持たなかった。それより先に、女の話に厭きた。中年女はずっと、いかに美貌の維持と教育に心を砕いているか語っていた。
それは、家庭円満と未来を担う子どもの為に、尊敬されるべき行動の数々である。うんぬん。典子が、女の話を聞くのは必ず将来の為になる、正しい選択である。典子は正しい。典子の態度は素晴らしい。典子を説教できる私はもっと素晴らしい。かんぬん。そんな感じだった。
俺は何しにここへ来た。
それより紀子は何しにここへ来た?
「ちょっと、お手洗いに行ってくるわね」
中年女が、席を外した。
飲むのを躊躇っていたが、洒脱なカップに注がれた紅茶を、啜る。渋い。それが美味しいのか美味しくないのか、判断が付かない。女が席を外している間、ふと、隣に座る典子の顔を見て、睦はギョッとした。なんの感情もない。苔むした阿羅漢の像のようだった。
「せ、先生」
小声で問いかける。
「俺、帰った方が良いかな」
「あ?」
やっぱり怒っている。
腸に怒りを湛えている。
「だって、何もすることないし、あの人、俺の事嫌ってるみたいだし」
「アンタ、ここに茶飲みに来たの?」
怒りの矛先が、自分に向いていることを悟りすくむ。どうして俺が怒られるんだ。
「じゃあ、どうすれば良いんだよ」
「そうね。あの人に気に入られるよう振る舞いなさい。とりあえず褒めて」
なぜ。そう思ったが、憮然とした表情の典子に逆らえない。とりあえず従う。
「わ、わかったよ‥‥。ともかく褒めれば良いんだね。」
「待ちなさい。頓珍漢な事言わないか不安だわ。まず、この間来たときと、カーテンと絨毯が違うわ。グスタビアンスタイルの雑誌でも見たんじゃないかしら。そこを褒めて」
「ぐ、ぐす?なんて?」
「ことばは覚えなくて良いわ、別に。むしろ、『雑誌で見ました。何というんですか?』ぐらいの方が、あの人は喜んで話すわ。」
典子は、あの中年女を見下しているのではないか。睦は、ふと思った。
では、彼女はどちらなんだろう。嘘吐きか「自分を守れない」人間か。
典子は続けた。
「あとは、ひたすら相槌をうちなさい。相槌の語彙はどれくらいあるの?」
「ゴイってなに?」
典子は、こめかみを押さえた。
「じゃあ、相手の鼻あたりを見て、頷いていなさい。相手の話を全部聞かなくても良いわ。いくつか耳慣れない単語だけを拾って、『それは何ですか?』って聞くの。そうしたら話は途切れないわ」
「分かったけど、そんな事して、何になるの?」
「アレに好かれるためよ」
アレって。中年女のことか。
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