新装版、その積雪・降雪観測は誰のため?
今年も暖候期が終わり、降るものが雨と雪を行きつ戻りつする、そんな季節を迎えている。時雨模様に出る虹は晩秋の風物詩だ。雨といえば気象庁以外の様々な機関が測定した雨量の数値が、メディアによって報じられるようになって久しい。一方で、積雪の測定結果は、共有や公表が機関によってまちまちで、住民の情報アクセスはもちろん、大雪警報の精度にも実は地域格差が現れているのではないか?と心配している。少し考えてみた。
気象警報の基準を確認する
皆さんは、気象警報の基準を考えた事があるだろうか。例えば大雨警報は指数、暴風警報は10分間の平均風速、大雪警報は降雪量を基準にしている。
(雨量ではなく)一般にはイメージしづらい「指数」を基準にしている大雨警報と異なり、大雪警報はアメダスの観測データを追っていれば誰でも簡単に、じわじわと警報基準に近づいているかどうかを確認できる。実際には基準に到達する3-6時間前を目処に、気象台が気象警報を発表している。
気象庁が公開している気象警報の基準
違和感と客観性
もちろん雪国の予報士たるもの、アメダスの観測データから積雪の急増している地点がないかを確認するのが冬場の日課だ。その中で時折りアメダスのデータでは、そこまで積雪が増えていないにも関わらず大雪警報が出される事があるのだ。ポイントは、気象庁以外の機関が測定した積雪のデータ(以下「庁外観測値」)の活用だ。
庁外観測値をもとに気象台が情報を出したのではないかと思われる事例を紹介したい。大雪警報の基準を上回るような、短時間の大雪に一層の警戒を呼びかける気象情報として、「顕著な大雪に関する気象情報(以下、顕著雪)がある。
石川県では2020年以降2023-2024年シーズンにかけ7回発表され延べ8つの地名を挙げている。このうち3地点※には気象庁のアメダスは設置されていない。気象庁以外の観測データのおかげで、情報の発表を2回増やすことに成功したと筆者は見ている。
また、青森県や秋田県でも、大雪警報で同様の事例を確認している。なお、情報の発表頻度が増えたことによる精度への影響については調べ切れておらず、今後の個人的な課題である。
ここに挙げた3つの県に共通しているのは、県による観測データが1日24回以上、準リアルタイムでウェブサイトに公開されていることだ。
観測データの共有がもたらすものとは
推測になるが上に挙げた3つの県では、機械による観測、アルタイムでの公表と同時に、気象台に速やかに情報提供する体制が確立されているのではないか。そして気象台は、アメダスでは拾いきれない、緻密な観測データをもとに警報や注意報の発表を判断する。これは従来のような雪尺や雪板を使った、目視による読み取り、人力による情報伝達や集計では到底なし得ないものである。
気象庁のアメダスは、空港や海上を除けばおよそ18km四方の間隔で配置されている。しかし雪国といえども、アメダスの設置環境が積雪深を測定するには適切ではないなどの理由で、すべての観測点で積雪を測定している訳ではなく意外と少ないのが現状だ。
試しに雪国各県が公表している積雪の観測点の数を調べてみた。
上述のサイトは誰でも自由にアクセスすることが出来る。
気象庁以外の人間が気象を測定するには、気象業務法などに基づき届け出を行い、一定の基準を満たした測器を使うことが求められる。すべては自然科学的な手法により客観性を担保することで無用な混乱を避けるためである。
そして、観測データと同様に、気象庁では気象警報や注意報の基準でも客観性を追求している。ルールに則った測定をすればどこでも誰でも、大雪警報や注意報の基準に届いているかどうかを判定できるのだ。
大雪警報を待たないで!
もちろん必ずしも大雪警報の発表に至らなくとも、大雪注意報である程度の危機感を呼びかけることは出来る。大雪注意報が発表され、かつ、実際に雪が降り続いている地域では、今後の降雪に備えて小まめに除雪をするか無理をせず籠城する、外出を控える、早めに帰宅するなどの行動が必要である。大雪警報を待っていてはいけないのだ。
大雪警報を待たないで、でも...
しかし、多くの人に危機感を伝えて一段とギアを上げるには、やはり大雪警報の発表が大きなトリガーとなる。行政としても指をくわえて気象台からの情報を待つのではなく、気象庁のリソースではカバーし切れない緻密な観測網と、リアルタイムでの情報共有により気象台の防災気象情報の発表を支援する、そんな攻めの姿勢が必要なのではないか。
さらなる高度な利活用も
ここまでは気象庁以外の機関が測定した積雪データについて、警報や注意報の判断材料としての利活用を紹介したが、もうひとつ高度な利活用を挙げておきたい。
気象庁では、2019年から積雪深や降雪量についてメッシュ情報の提供を始めた(予測は2021年から。以下「今後の雪」)。アメダスによる観測の有無によらず、全国の雪の分布を面的に把握することが出来る優れものだ。実はこの「今後の雪」を作成するにあたって、気象庁の積雪変質モデルが計算したデータの補正に、庁外観測値が活用されているのだ。もちろんデータはすべてリアルタイムで気象庁に送られ、品質管理を経て取り込まれている(モデル同化)。モデル同化された観測データは、その後も後日の解析や予測精度の向上に役立てられる。メッシュという面的な情報があれば個々の測定はもはや不要では?とも思われがちだが、実際はその逆で点のデータの重要性が増しているのだ。以下に「今後の雪」に関する参考資料を挙げておく(すべて気象庁のウェブサイト)。
報道発表日令和元年11月13日新しい雪の情報の提供を開始します
令和5年9月15日配信資料に関する技術情報第 614 号~解析積雪深・解析降雪量及び降雪短時間予報の改良に伴う精度向上について~
令和4年8月23日配信資料に関する技術情報第 593 号~解析積雪深・解析降雪量及び降雪短時間予報の改良に伴う精度向上について~
測候時報第91巻(2024年度)解析積雪深・解析降雪量及び降雪短時間予報について
日の目を見ない観測データ
個人的には、たとえ雪板を使ったアナログな測定であっても価値があると思っている。特に短時間の積雪急増や数日以上に及ぶ大雪の際には、積雪差イコール降雪量とする機械観測では、積雪が自重で沈む圧密化の影響は避けられない。一方で定時で新雪をリセットするやり方は、圧密化の影響をある程度抑えることができる。
問題はアナログかデジタルかではなく、関係機関との共有はおろか、形ばかりの掲示で市民に還元されることもなく、日の目を見ない観測データが(広域自治体も含めて)案外多いことなのだ。無論、全ての観測を高度化しろとまでは思わないが、果たしてそのデータはいったい誰のためにあるのか、いま一度考えて欲しいものである。
皆さんもお住まいの自治体の気象観測とその活用状況について今一度確認されることをお勧めする。