2次元 Bravais 格子の分類
本記事では、結晶学・固体物理学の基礎的概念である Bravais 格子について、並進を除いて回転と回映のみで任意の対称操作が記述できることを仮定すれば、2次元 Bravais 格子が5種類に分類できることを証明します。
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背景
私が今期受講している科目の中に、電子物性工学という講義があります。今週の講義では、結晶構造を理解するにあたって基礎となる Bravais 格子 (ブラベ格子、ブラベー格子とも) について解説がありました。講義内で2次元 Bravais 格子は5種類、3次元 Bravais 格子は14種類あると習ったのですが、2次元 Bravais 格子が斜方格子のみの1種類ではなく5種類と数えられること、そしてその分類の理由が中々腑に落ちないままになっていました。
おそらくきちんと文献に当たれば解説が出てくるのでしょうが、ふと先ほど自分で閃いてしまったので整理がてら私の分析を記します。
Bravais 格子とは
まず、Bravais 格子の数学的定義を示します。$${k}$$次元実空間$${\mathbb{R}^k}$$上で一次独立な基本並進ベクトル$${\bm{a}_i\ (i \in \mathbb{N},\ i \leq k)}$$を考えたとき、$${k}$$次元 Bravais 格子とは、基本並進ベクトルの線形結合
$$
\begin{align*}
\bm{R}_n \coloneqq \sum_{i = 1}^k n_i \bm{a}_i \quad \left( {}^\forall i ,\, n_i \in \mathbb{Z} \right)
\end{align*}
$$
によって任意の格子ベクトル (≒ 格子上の点) が表される格子であると定義されます。
これは直観的には、あらゆる格子ベクトルによる並進操作に対して、格子が不変である (並進対称性がある) こと、つまり、格子上のどの点から見ても格子の見た目が変わらないこととして捉えることができます。基本構造が1種類しかない格子ともいえます。
以上の定義から、基本並進ベクトルの選択によって Bravais 格子は一意に定まります。例えば、本記事で扱う2次元 Bravais 格子は平面上の2つの基本並進ベクトルの選択によって形状が決定されます。
さて、ここで、相似であるような格子を同一視すれば、平面上の2つの基本並進ベクトルは2自由度を持ちます。$${\dfrac{\lvert \bm{a}_2 \rvert}{\lvert \bm{a}_1 \rvert} ,\, \bm{a}_1 \cdot \bm{a}_2}$$の2つです。すなわち、ベクトル同士の長さの比となす角の2つです。以上から、2次元 Bravais 格子は2つのパラメータをもつと言うことができます。
対称操作
3次元での対称操作
対称操作とは、結晶 (ここでは格子と読み替えてよい) にある操作を行ったとき、元の構造と同じ構造になるような操作と定義されます。Bravais 格子では格子ベクトルによる移動が対称操作になっていますが、3次元 (本当は任意の次元で考えたいのですが断念) の結晶に対して一般に次のような操作が対称操作として存在できて、それぞれに Hermann–Mauguin 記号 (国際表記) が割り振られています。
① 回転:ある軸に対して$${\dfrac{2\pi}{n}}$$回転する操作で、$${n}$$と表されます。対称操作としては、$${1,\,2,\,3,\,4,\,6}$$の5種類の操作が存在します。
② 回反:回転したのち、ある点に対して反転する操作で、$${\bar{n}}$$と表されます。$${n}$$の取りうる値は回転と同じです。
例えば、あらゆる物質は$${1}$$ [*1] に対して対称です。なぜなら、$${1}$$は$${2\pi}$$回転することを指し、何もしないこと (恒等操作) を指すからです。
また、本当に回転は5種類しかないのか、回転と回反だけで3次元上の任意の対称操作を表すことができるかというのは大変面白いテーマですが、話が本筋から逸れるのでここでは扱わないことにします。
2次元での対称操作
3次元から2次元に落とすと、実はこれでは任意の対称操作を表現できません。$${\left\{\bar{1}\right\} = \{2\}}$$となってしまって反転を表現できないからです。そこで、2次元について考えるにあたって、Hermann–Mauguin 記号ではなく Schoenflies 記号を導入します (3次元では2つの記号は等価です)。
① 回転:ある点に対して$${\dfrac{2\pi}{n}}$$回転する操作で、$${C_n}$$と表されます。$${n}$$の取りうる値は3次元と同じです。
② 回映:回転したのち、ある軸に対して反転する操作で、$${S_n}$$と表されます。$${n}$$の取りうる値は回転と同じです。
結晶系による分類
ここでは、2次元 Bravais 格子について、その対称操作から格子を分類する方法について考えます。なお、格子上の最も短い2つのベクトル$${ \bm{a}_1 ,\, \bm{a}_2 }$$を基本並進ベクトルとして$${ r = \lvert \bm{a}_2 \rvert \geq \lvert \bm{a}_1 \rvert = 1 }$$となるように決め、角度$${ \theta \in (0 ,\, \pi) }$$を$${ \theta = \arccos \dfrac{\bm{a}_1 \cdot \bm{a}_2}{r} }$$と定めることにします。また、格子$${ R }$$上の点 (ベクトル) $${ \bm{r} }$$について、その$${ P }$$による変換を$${ P \times \bm{r} }$$と表すことにします。
C6 対称群
$${ \bm{a}_1 }$$が$${ C_6 }$$に対して閉じていることが必要で、$${ \lvert C_6 \times \bm{a}_1 \rvert = \lvert \bm{a}_1 \rvert }$$であることから、$${ \bm{a}_2 = C_6 \times \bm{a}_1 }$$としてよく、逆にこの格子は確かに$${ C_6 }$$対称で十分です。
以上から、格子が$${ C_6 }$$対称である条件は$${ r = 1 ,\ \theta = \dfrac\pi3 }$$と表せます。これを六方格子といいます。
C4 対称群
同様にして、$${ r = 1 ,\ \theta = \dfrac\pi2 }$$が条件です。これを正方格子といいます。
C3 対称群
同様にすると$${ r = 1 ,\ \theta = \dfrac{2\pi}3 }$$が条件ですが、これは六方格子です。
C1, C2 対称群
あらゆる2次元 Bravais 格子は$${ C_1 ,\, C_2 }$$について対称です。
S6 対称群
$${ S_6 \times (S_6 \times \bm{r}) = C_3 \times \bm {r} }$$であることから、$${ S_6 }$$対称ならば$${ C_3 }$$対称であるので、六方格子であることが必要です。逆に、六方格子は$${ S_6 }$$対称となって十分なので、$${ S_6 }$$対称である条件は六方格子であることです。
S4 対称群
$${ l \neq 1 }$$を仮定します。
このとき、$${ \lvert S_4 \times \bm{a}_1 \rvert = \lvert \bm{a}_1 \rvert }$$から$${ S_4 \times \bm{a}_1 = \pm \bm{a}_1 }$$で (以下複号同順とします)、対称軸は$${ \pm \dfrac\pi4 }$$であることが必要です。このとき、$${ S_4 \times \bm{a}_2 }$$の$${ \bm{a}_1 }$$からの角は$${ - \theta + \dfrac\pi2 \pm \dfrac\pi2 }$$となるので、$${ \lvert S_4 \times \bm{a}_2 \rvert = \lvert \bm{a}_2 \rvert }$$であることが必要で、$${ \bm{a}_1 \cdot \bm{a}_2 = 0, \dfrac12 }$$とすることができます。これをそれぞれ長方格子、面心長方格子といいます。逆にこの格子は確かに$${ S_4 }$$対称で十分です。
$${ l = 1 }$$を仮定します。
このとき、$${ S_4 \times \bm{a}_1 = \pm \bm{a}_1 }$$となるならば、$${ \lvert \bm{a}_1 \cdot \bm{a}_2 \rvert = 0, \dfrac12 }$$、すなわち正方格子または六方格子であることが必要で、かつ十分でもあります。
そして、$${ S_4 \times \bm{a}_1 \neq \pm \bm{a}_1 ,\, \pm \bm{a}_2 }$$となるならば、これは六方格子であることが必要で、かつ十分でもあります。
また、$${ S_4 \times \bm{a}_1 = \pm \bm{a}_2 }$$となるならば (以下複号同順とします)、対称軸は$${ \dfrac\theta2 + \dfrac\pi2 \mp \dfrac\pi4 }$$であることが必要で、逆にこのとき$${ S_4 \times \bm{a}_2 = \pm \bm{a}_1 }$$となって十分です。この格子も面心立方格子です。
以上から、格子が$${ S_4 }$$対称である条件は長方格子、面心立方格子、正方格子あるいは六方格子であることです。
S3 対称群
$${ (S_3 \times (S_3 \times (S_3 \times (S_3 \times \bm{r})))) = C_3 \times \bm {r} }$$であることから、$${ S_3 }$$対称ならば$${ C_3 }$$対称であるので、六方格子であることが必要です。逆に、六方格子は$${ S_3 }$$対称となって十分なので、$${ S_3 }$$対称である条件は六方格子であることです。
S1, S2 対称群
$${ S_4 }$$対称群と同様にして、長方格子、面心立方格子、正方格子あるいは六方格子であることが条件です。
2次元 Bravais 格子と対称操作
以上より、対称操作と格子の構造の観点から、2次元 Bravais 格子を正方格子、六方格子、長方格子、面心立方格子、斜方格子 (4つのうちいずれでもないもの) に分類することができます。それぞれの対称操作は以下の通りです。
$$
\begin{array}{c|l}
\text{格子} & \text{ 対称操作} \\ \hline
\text{正方格子} & C_1 ,\, C_2 ,\, C_4 ,\, S_1 ,\, S_2 ,\, S_4 \\
\text{六方格子} & C_1 ,\, C_2 ,\, C_3 ,\, C_6 ,\, S_1 ,\, S_2 ,\, S_3 ,\, S_4 ,\, S_6 \\
\text{長方格子} & C_1 ,\, C_2 ,\, S_1 ,\, S_2 ,\, S_4 \\
\text{面心長方格子} & C_1 ,\, C_2 ,\, S_1 ,\, S_2 ,\, S_4 \\
\text{斜方格子} & C_1 ,\, C_2
\end{array}
$$
長方格子と面心長方格子はいずれも同じ結晶系 (長方晶系) ですが、格子としては異なるので、2次元 Bravais 格子は5種類であることが確認できました。
おわりに
本記事では、2次元 Bravais 格子の対称操作が回転と回映のみからなるとき、これが結晶系と格子系によって5種類に分類されることを証明しました。もし時間が許せば、回転が5種類しかないことや、3次元 Bravais 格子が14種類であること、2次元および3次元 Bravais 格子の対称操作が回転・回反・回映のみで尽くされることの証明や、$${ n }$$次元 Bravais 格子の対称操作について考えてみたいと思います。
そういえば、今月で note を始めて4年目になったらしいですね。note を始めたのは2021年10月1日。高3の秋でした。学校の同期に触発されて始めた記憶があります。あの頃は毎週投稿なんてしていましたね。大学に入ってからほとんど触らなくなってしまいましたが、ふと気が向いたときにこうして物を書いています。
かなり久しぶりの記事で、今までの記事と毛色の違う記事になってしまいましたが、楽しんで読んでいただけたら幸いです。記事がよかったよと思った方は、スキやシェア、フォローで応援してもらえたら嬉しいです!
注釈
[*1] 通例、単体の数字は本文と同じ書体 (例えば「$${2}$$次元」ではなく「2次元」など) で書いていますが、ここでは数式としています。これは$${1}$$が$${2\pi / 1}$$回転する操作を表す数式表現であるためです。
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