ワクチンを武器に置き換えると見えてくること2(ウクライナ戦争開始後)
「あんなにワクチン打ったのに、今日の感染者数が世界最多!」
「私はワクチン打ってないけど罹ってない。」
ウクライナにて、国が攻められたら誰でも銃を手に取る。それが自然な感情だと報じられた。それで亡くなる人は亡くなるし、生き残る人は生き残る。武器を手に取らない選択をして生き残る人もいるし、亡くなる人もいる。武器を手に取らなかった人を武器を手にしたみんなが守ったかもしれない。
武器が効かない敵もいる。武器で儲ける業者や国がある。足りない国には融通する。
難癖さえつけなければ分かりやすいメタファーだ。
出社を余儀なくされているエッセンシャルワーカー、インフラ系の技師、等々は、ワクチンを打ち、マスクを着ける、という行為を粛々と守ることによって秩序を保っている。
ワクチンを打たないことを国が選択した世界線があったとして、感染者数が今と同じように乱高下したとしよう。そうすると職場では今より感染者がまん延するので、インフラの保守は今より難しくなっていただろう。
サラリーマンでワクチンを打たないことを若手に説いている人はいる。彼はインフルエンサーのようには扱ってもらえず、変人として扱われている。
自由な発言ができるのは、自由なお金と時間を手に入れた成功者たちだけで、それ以外は自分がその種の人と同じと勘違いした人たちだ。
自由でお金のある人は、その欺瞞についてはフォロワーに教えてあげたりしない。そしてフォロワーは疲弊しているのに頑張ってフォローし続けている。典型的な認知的不協和だ。
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