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20年近くの婚活で見つけた女性は・・・

 就職して以来、職場でずっと言われ続けてきたことがあります。

 「hiro君は、彼女はおらんのかね?」「いい人いててそうなのに、なんで見つからんのかね?」「僕の知り合いを合わせてあげよう。」などなど。

 うつ病などもあり、また四国の山奥という同年代の友人が少なく(というかこころ通わせられる人はほぼ皆無)、そんな場所から急に東京・八王子という同年代が集う学園都市に移り住んだことで自信は失せ果て、自分がイケてないことへの劣等感はマックスに達していました。

 垢抜けない風体の僕に対し、大学生活を謳歌している友人たち、カップルでキャンパスを闊歩している人たちを見ると、本当に羨ましくおもえたことを、いまでも思い出します。

 卒業後は、「東京にいたら自分はブラックアルバイトを遍歴して貧困になり、とんでもない人生になってしまう」という恐怖感もあって、緊急避難のように地元に帰り、役所に職を得ました。すると、「役所勤めやったら、向こうからでも人が寄ってくるよ」と言われ、結婚相談所や前述の友人がフィックスしてくれたお見合いにも数限りなく参加しました。

 でも、その結果は、全部、ことごとく、向こうからのお断りとお祈りで終わりました。

 絶望していたある日、いつものように登録していた出会い系サイトに、近所の方からメールが入りました。年齢を聞くと、8歳年上で離婚歴あり、自らもこころを病み、近くに住んでいる両親や兄弟にも迷惑かけ通しであるとのこと。恋愛対象にはならないなぁと思いつつ、なぜかその日の夕方、会うことにしました。

 会って話すと、辛酸をなめてきた人生にもかかわらず、今まで会ってきた人よりはるかに純粋で物事の道理をわきまえ、しっかりした考えを持っている方だなぁと感じました。何回か会ううちに、恋心が次第に固まっていき、ついに、人生で初めてお付き合いすることになり、今に至ってます。

 彼女の病が発症したとき病棟に直行すると、泣いて喜んでくれました。聞くと、この発症で、僕が離れていってしまうと思い込んでいたとのこと。彼女も今までに散々な目にあってきて、ぼくの優しさがうれしいと病院の面会室でありがとうを何回も言ってくれました。

 お見合いや結婚相談所、ネット婚活でのぼくの条件は、5歳くらいまで年下で初婚、地元じゃなくて隣県の方でどちらかというと都会的な方といった条件で探してきました。が、それら全てに該当しない女性が彼女で、しかも自らも病みながらぼくの病のことを気遣ってくれ、手作りのパンやクッキー、ピザまで作ってくれるんです。「無理せんでええよ。」というと、「hiro君にこうやって作るのが、私の生きがいで元気になれるの。」とのこと。なんか、こっちが涙が出るほどうれしい毎日です。

 ありきたりな言い方になってしまいますが、ファッションセンスや綺麗にみえるとか、そういうぼくの心配をすべて受け入れてくれる愛情というのは、このことをいうのか・・・と、40歳にして初めて気が付きました。

 お返ししなければと思い、「ぼくに甲斐性があったらええのやけどなぁ。」というと、「いまのまんまで十分よ。前みたいに、社会的に偉くなるとか考えんといて」と言ってくれるのが、またうれしいです。

 遅すぎた春ですが、おなじこころ病むものとして励まし合い、病を乗り越えていきたいと思ってます。

写真は、彼女といった瀬戸大橋。初めて渡ったと言っていました。

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