禍話リライト:なんにもない家
仮に八区とする団地には大層な門構えの屋敷があった。
一目で財を持つ人間が住んでいるのがわかるほど、豪勢な一軒家だった。だが、ある時を境にして住人が失踪した。いつからいないのか、はっきりとした時期はわかっていない。
家のある一角は交通の便もよい立地で人気があった。すぐにでも取り壊して売りに出されそうなものだが、何故か一向に着工されない。門から家までまるごと、そのままの状態で残されていた。
かといって特段管理されてもいない。荒れ放題の庭から隣家に草木が伸びてくれば、さすがに誰かが雑に刈る。しかし、それ以上のことはしない。
それでも立派な門構えで放置されているせいで、ときどき訪問販売が間違えて訪れるらしかった。売り地や管理物件として不動産が出すべき看板がないので仕方のない話だ。人がいないことがわかれば踵を返しそうなものを、外の門には丁寧に張り紙が出されていた。
【この家は無人です】
紙は劣化するたびに新しいものに張り替えられた。簡潔でいて含みを持った文章に続き、別の文章も印字されていた。
【家の裏にある焼却炉には近付かないでください】
家庭でのゴミ焼却が黙認されていた当時の風潮としても、自宅に焼却炉があるのは相当に珍しい。物珍しさもあってか、いつしか焼却炉には「人が焼かれた」などという、くだらない話が広まり始めた。
噂で終わると思いきや、実際に夜に家の前を通りがかると小さな女の子がいるという。敷地の中でひとり、白い浴衣のようなものを着てぱたぱたと走り回っているのを見た人も出てきた。
いよいよ収拾がつかなくなってきたのか、等間隔で並ぶ電柱に付いていた街灯が家の近辺だけ点かなくなった。自然に切れた電灯を切っ掛けに全て撤去され、二度と灯されることはなかった。
「そこはマジでタブーなんです」
騒がしい酒の席で語られる、バブルの真っ最中から広まった奇怪な家の話。口にしたのは件の団地に住む青年であった。ロックを自称する彼は調子に乗って話しているが、他の住人は大通りからひとつ入った家のある通りを迂回しているらしい。
噂話を酒の肴として消費していく雰囲気のなか、声があがった。
「よし! そこ行くしかねぇなぁ!」
意気揚々とした声の主は先輩のOさんだ。突然の発言に場が水を打ったようにしん、と静まりかえる。
「……え?」
青年はぎこちなく聞き直した。青年だけでなく一緒に呑んでいた仲間も「違う違う」「そういう話題じゃない」とうろたえて、やんわりと制止を試みる。Oさんは聞く耳を持たずに青年に詰め寄り「今度行こうや」と勝手に決め、所在を尋ねながらも反論した。
「いや大丈夫、大丈夫。オバケって言うのは気合いとか、明かりとか塩を持ってけば大丈夫だから」
冗談よりも雑な持論を振りかざし、一歩も引く姿勢を見せない。
元々Oさんは強引に押し進める性格だ。強い気合いと根性があればある程度のことはなんとかなると考えている、はた迷惑な気質の持ち主だった。
こうなってしまうと断った後々が面倒くさいのが目に見えている。場には仕方なく従う選択肢しか残されていなかった。
かくして現役の大学生や大学のOBも集合し、噂の家へと向かうことになった。地域で唯一のショッピングセンターに駐車してから徒歩で移動する運びになり、車に乗り込む。
自分の発言から先輩の発案に巻き込ませてしまった責任感からか、青年は道すがらしきりに謝っていた。
「皆ごめんな。あの先輩だけに行かせようや」
頭を下げる彼曰く、話した以上に危険な場所だというのだ。どれほどまでといえば、監視の目があるわけではないが余所者に何があっても自己責任で、住民たちは一切関わるつもりがないらしい。
駐車して団地へ向かうと、噂される一帯だけが本当に真っ暗になっていた。区切られたせいで余計に濃くなる暗闇に、大きな屋敷が雑然とそびえ立っている。門には例の文面が印刷されているだろう紙も貼られていた。
威圧感に気圧される面々とは反対に、Oさんだけやる気に満ちている。
「行こうぜ」
Oさんはこういうときだけ準備がよく、あらかじめ人数分用意した懐中電灯を渡してきた。
来たところで、そもそも入れるのだろうか。考えは杞憂に終わった。門はすんなりと開いた。どうして鍵がかけられていないのか。
鍵も気になるが、全員の意識を持っていったのは門の貼り紙だった。聞いていた紙ともう一枚、貼られている。
ぼろぼろに風化した紙は別の誰かが貼ったのだろう。書き殴られた文字が並んでいた。
【肝試しとか止めろ】
一気にOさん以外は尻込みした。自分たちのことだと思った。Oさんだけが「大丈夫だいじょうぶ」と強気のままだった。気の乗らない仲間を手招き、先陣を切って門の中へと侵入していった。
内側は経過した年月と人の手がないこともあり、相応に荒れていた。しかし荒れている点を除けば、普通の屋敷だった。豪勢なぶん、元々のセキュリティーもしっかりされており、屋内入ることはできない。屋敷を辿るように裏に回り込むと、遠目から焼却炉らしきものが見えた。
「おっ」存在を確認したOさんは提案する。
「じゃあ、今から一人ずつ行こうか」
こいつ馬鹿か。全員が耳を疑った。
「絶対に嫌だからね! 絶っ対に行かないからね!」
Oさんの提案は普段からおとなしい女子でさえ、拒絶した。いつもとは違う断固として譲らない姿勢に、彼女がいうなら駄目だろうと湿気た雰囲気になる。Oさんは譲歩し、それでもじゃんけんで選ばれた数名に確認させることになった。
言い出しっぺのくせに一番手にならないOさんに文句を言いながら、一人目は進んでいった。一人目は近付くだけで戻ってきた。
「まあ、昔学校にあったような焼却炉ですよ。なんでわざわざあるんですかね。でもよくないですよ、気持ち悪いっすよ」
特段焼くものもないのに存在する焼却炉。あるだけで不気味だ。備え付けられた蓋は鉄製で、明らかに重く見えた。観音開きになるだろうと想像できるが、ぼろくなり錆び付いている。彼は怪我をするのも嫌で開けなかった。
二人目も同じように「いやいや、あれはダメだよ」と戻ってくるなり首を横に振った。
「ボロボロの焼却炉があって、煙突があって。いや怖いよ、ダメだ」
続く三人目もすぐに戻ってきては前の二人と同じように無理だの怖いだの言って、近付きもしなかった。
全員が同じ内容を宣い続け、四人目となった。選ばれた小太りの彼は仲間からも一目置かれる、頼もしい存在だった。
「先輩に上手く言って俺が終わらせるよ。行ってきます」
彼が終わったら、Oさんに行かせて「怖かったな」と締めて終わりにすればいい。少し肉付きのいい背中を見送って全員がほっと息をついた。
ところが。彼は一向に戻ってこない。三人目までは各自二分ほどで逃げ帰ってきたのだが、それ以上の時間を要していた。
ちゃんと焼却炉でも見てるのかなと囁き出した頃、彼が異様な早足で帰ってきた。競歩並みの勢いを殺さずに、待っていた仲間を張り手のように押し出しながら敷地からの脱出を促してくる。
「出るぞ出るぞ出るぞ! ほらほら! 早く早く! はやく!!」
普段は目上の人を立てる彼が取り乱し、追い立てるように急かした。さすがにOさんもただ事ではないと肌で感じ取り、素直に従った。
全員が庭を出て、門を抜け、ショッピングセンターまで戻ると、Oさんはまくし立てた彼を問いただした。
「お前、どういうことだよ」
話しかけて、Oさんはぎょっとした。例え彼が小太りだとしても、尋常ではない量の汗をかいていた。脇は服の色が変わるほど、額からは滝のように脂汗が垂れ落ちている。
屋敷から離れたことで安心したのか、彼は少し我を取り戻したらしい。心配する周囲に、自分の目で見たことを説明し始めた。自身でも整理できていないのか、なかなか言葉が出てこない。気の利いた女子から差し出された水分でなんとか喉や口を潤し、第一声をやっとの思いで紡いだ。
「お、女の子がいてさぁ」
女の子。
あまりにも突拍子もない単語に、こんな状態で冗談かと聞かされた側は顔を見合わせる。だが、彼の持つペットボトル内で小刻みに揺れ続ける水が否定した。
「最初さ、誰かが仕込んだと思ったんだよ、さすがに。話どおりだったから……」
集団から離れて彼が焼却炉に行くと、小さな背丈の誰かがこちらに背を向けて立っていた。あまりにも聞いたままの状況に、仕込みだと思った。
先に来て脅かすために待っていたのだろう。そういうことかと油断して、彼は近づく。
気配に気が付いたのか、小さな影はくるりと振り向いた。普通だった。脅かしや、恐怖の演出の意図を全く感じさせない反応だった。なおかつ、いたのが小柄な大人ではなく、小学生ほどの女の子だったことで彼は「そんな仕込みはないな」と考えを改めた。
まるで日本人形のようなおかっぱ頭の少女は、腕の中に何か小さな壷を抱えていた。場所が場所だ。置かれている状況に相手も心配になり、話しかけながら近付いていった。
「ちょっと、きみ。何して……」
彼は言葉を失った。彼女が抱えていたものは一番小さな骨壺だった。あ、と戸惑う大人を少女はじっと見つめる。ホラー映画でよくある不気味な笑みや言葉はなく、純粋に「この人はなんだろう」と疑問を持った素朴な表情を向けていた。
「お母さんとかいないの?」
少女は平然と答えた。
「おかあさん、しんじゃった」
両手で持っていた壷を鳴らすように一度だけ上下に振った。気持ち悪い動きだなと怯みはしても、彼は質問を続ける。
「お母さんは……まあ、ごめんな。お、お父さんは?」
「そのひともしんだ」
また、少女は壷を揺すった。しゃん、と細かい固いものがぶつかり合う音が聞こえてきそうだった。言い方も相まって、嫌になる。
「えーっとね……あの、家族の人は?」
「かぞく?」
「だから、おじいちゃん、おばあちゃん。お兄さん、お姉さん、他にもおじさん、おばさんとか」
「みんなしんだ」
同じ動きが繰り返された。壷を振る動き以外はさも昨日の天気や、夕食で何を食べたのかを答えるかのようだった。
少女は背を見せ、焼却炉へ小走りで近付いていく。その前で立ち止まると、ぴたりと動かなくなった。
見届けた彼の額に冷や汗が一気に滲み出る。
ここで振り向いて「わたしもしんでる」と言うのが怪談としては通説だろう。少女がおどろおどろしく怖さを演出して言い出せば、まだ救いがある。日常会話の延長線で「わたしもしんでる」と言われたら、自分は発狂するのではないかと彼は思った。
少女が何かを言い掛けたのを察し、彼は早足で逃げ出した。
一通り語り終えて「仕込みじゃないよね?」と、改めて周囲に問いただす。仕込むわけがないだろう。聞かされたメンバーも奇妙な雰囲気に包まれていた。
「先輩、仕込んでないですよね?」
「んなことしてねぇよ」
これは駄目だ。場の空気が急激に冷え、落ち込んだ。目撃して会話までしてしまった彼は「明日からどうすればいいのかわからん」と背を丸めてうなだれ出す。
「これ、どこに行きゃあどうなるの? もうやだぁ……」
すっかり頼もしさも消え失せてへたり込んでしまった様子に、見ていた女子達が呟いた。
「責任……」
こぼれた声に呼応して、数人が揉め出す。
「これ、責任とか」
「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃ」
「でもこういうところ連れてくるから、こういうことになってんじゃないっすかぁ」
やり玉にあがったOさんの精神は既に追いつめられていた。
「んなわけねぇよ、勘違いだろ!」
急な怒号が響く。責められていると察した時点で許容範囲の限界を越え、Oさんはおかしくなっていた。
「勘違いで脂汗でこんなびしょびしょになるわけないでしょ」
「ちょっ、お前ら来い!」
Oさんは声を荒げ、用意した懐中電灯の中でも一番眩しいものを手に持った。何をするのかと思いきや、弱腰になった何人か引き連れて屋敷へと戻ろうとする。目撃者が出た手前、嘘とは言えなかった。しかしOさんもそうやすやすと引き下がれはしない。
「なわけないから、勘違いだから、なんかの間違いだから……もう来い! 俺が確認してやるから! 無いから、絶対無いから!」
ヤケクソになった先輩を全員で引き留め、一度は戻った。それでも「全員で行くぞ!」と意地を張って話を聞かない。
説得は無駄に終わり、彼らはまた門をくぐるはめになってしまった。
例の拒絶した女子が「ちょっと止めてくださいよ!」と言っても通じない。今度こそ、全員で焼却炉のある家の裏まで来た。奥には焼却炉だけがぽつねんとたたずんでおり、人影など一切ない。
「オラァ! ただの焼却炉じゃねぇか!」
「いやいやいや……もぉ」
遅れて追いついた小太りの彼も加わり、たった一人でイキがるOさんを止める。
「駄目です、駄目ですよ! 駄目ですって!」
「そこにいろよ! お前ら!」
Oさんはずかずかと焼却炉に近づき、両手をかけて力任せに鉄の扉を開けた。中を覗く後ろ姿は後方にも見えた。
「止めましょうよぉ!」
「なんにもねぇよ、ほらぁ!」
大声で報せながら、Oさんが勢いよく扉を閉める。固いもの同士がぶつかる重い音が大きく響き渡った。
「ゴミもないよ、綺麗なもんだ」
報告に不満があるとでも思ったのだろうか。Oさんは焼却炉の側面にある灰を掃除するための小さな扉もわざわざ開いて覗き、手も突っ込んだ。
「なんにもねぇよ! ほら! なんにもないから!」
「駄目ですよ、帰りましょうよ……!」
「なんにもねぇから!」
「わかりました、なんにもないのわかりましたから。帰りましょうよ」
「なんにもねぇから!」
Oさんはお構いなしに叫ぶ。
「なんにもないから!」
「なんにもないから!」
さっきから同じことの繰り返しで、返答になっていなかった。メンバーも何かおかしいと違和感を覚え始める。
「いや、わかりましたから……帰りましょうよ」
「なんにもないっつってんだろーが!!」
Oさんは片手を突っ込んだまま、微動だにしない。
「なんにもねぇから!」
「なんにもねぇからぁ!」
未だ叫び続けるOさんは気味が悪かった。あれだけ精神をすり減らし、散々怖い目にあったはずの小太りの彼が勇敢にも二歩三歩、歩み出る。懐中電灯をかざし、闇に相手の顔を照らし出した。
「うっ……!」
短く呻き、動きを止めた。照らした彼だけが、相手の様子を伺い知ることができる。最も頼りがいのある男の様子に不穏な空気が漂う。
それでも、ひとりが勇気を出して近寄った。
「え、なになになに。どうしたんすか」
「先輩、な……な、泣いてねぇか?」
「え?」
絞り出された言葉に釣られて、青年もOさんを見た。第三者の目からしても、明らかに泣いていた。両目から大粒の涙が幾度となく出ている。泣いているにも関わらず、相変わらず叫んでいる。
「なんにもねぇからぁ!」
「なんにもねぇからぁ!」
何もなければ、泣かないだろう。Oさんに悪いと思いながら、二人はゆっくりと後ずさりする。泣いていたと全員に説明する背後で、絶叫がこだましていた。Oさんはもうそれしか言えなくなっていたのだ。
緊張が張りつめ、何か切っ掛けさえあれば決壊してもおかしくなかった。謎の硬直状態に耐えきれなかったのか、普段と違って感情を露わにしていた例の女子が訊ねてしまった。
「先輩」
「なんだよぉ!」
「先輩、何か掴んでるんですか? それとも、何か掴まれてるんですか?」
訊いてしまったと、周囲はうろたえた。踏み込んだ質問にOさんもはっとした表情になり、叫びが途切れた。
まさか静かになるとは思っておらず、どう答えるのか固唾を呑んでOさんを待つ。
Oさんは困っていた。しばらく唸りながら考えたあと、口を開く。
混乱している彼も彼なりに考えたのだろう。考えた末に、自分なりに状況へのフォローをしなければならないと、先輩や発案者としての自覚から言葉を選んだのだろう。
「大丈夫だ!」
意味不明の第一声から、さらに続く。
「これ冷たくねぇから! 温かいから!」
限界だった。Oさんを置いて彼らは一目散に、負けず劣らずの叫び声をあげながら敷地から逃走する。背後から「大丈夫だからぁー!」と聞こえようが、足を止める度胸など微塵も持ち合わせていなかった。
今度は小太りの彼も足が速く、一緒になって駐車場へと舞い戻る。彼は免許証も持っており、残酷ながら乗ってきたOさんの車で全員が帰った。
それぞれを送り届けながらこれからどうするかを相談したとき、ハンドルを握っていた彼は戻ると言う。
「しょうがねぇから警察にも電話して……俺、戻るよ」
どこまでも頼りになる男でも、一人だけで行かせるのは忍びない。仲間もひとりは残ることになり、団地へとハンドルが重く切られた。
警察に言うにしても屋敷の住所がわからない。仕方なく付近まで車で戻ると、近所の人が集まってきていた。人だかりといっても、街灯で照らされた明るいところまでしか人々はいない。夜中の騒ぎに寝間着で出てくる人もいるが、誰も暗闇には踏み入りもしなかった。まるで闇を囲うように人の壁ができていた。
車内にいても、まだ「全然大丈夫」などと叫ぶOさんの声が聞こえてくる。近付きたくないがそういうわけにもいかない。
駐車して徒歩で近づく彼らに野次馬のなかにいた年配の女性が話しかけてきた。
「お友達?」
「まあ、はい……すいません。ちょっと此処の住所とか教えてもらっていいですか。申し訳ないんですけど、警察呼ばなきゃ」
「もう呼んでる、もうすぐ来る」
勝手に踏み行って騒ぎを大きくして起床させた挙げ句、既に後処理まで手を回してもらっていた。心を締め上げる申し訳なさは心苦しいと言うには軽すぎる。
二人は平身低頭で何度も住人たちに頭を下げた。
「あの、すみません。叫んでる感じで、みなさん起きた感じですかね……すみません。あの、ホントごめんなさい。僕らも来たくなかったんですけど……」
「ああ、起きたのは……んー、その。なんていうのかなぁ」
含みのある言い方からするに、叫び声で起きたのではないらしい。
「あのね、大体こういうことがあるとね。玄関叩いたりね、窓叩いたりしてね。教えてくれるんだよねぇ」
二人の顔からざっと血の気が退いた。
住人曰く、叩く音はいつも優しく、叩かれるたびにまた屋敷に不法侵入があったのだとわかってしまうらしい。
返す言葉もなくそのうち警察が到着し、救急車も来た。車両も示し合わせたように、必ず明かりの下にしか停車しなかった。屋敷に入っていったのは若手だけで、ベテランと呼べる年長者は待機している。二人も入ろうとしたが制止されてしまった。その際、「あんま呼吸するなよ」と警察官が忌避する旨の発言も聞こえてしまった。
しばらくするとOさんは救出され、病院へと搬送された。
後日また色々あったが、結果Oさんは仕事に復帰できず、実家に戻った。
実際に会話をしてしまった小太りの彼も交通事故に遭い、医療機関に割引が適応されるような状態になった。(身体以外は元気で、結婚もした。)
だが関わった者は全員、少なからず何かが起こってしまっているという。
一体、あの少女はなんだったのだろう。近所に報せに行ったのも彼女に違いない。
この話を語ったのはOさんが運び出される最後までを見た、もう一人の青年である。
当時あまりの恐怖に、話をした年配の女性に尋ねたという。
「あの、ちょっと……女の子を先輩も見たって言うんですけど」
「その子はね、養女だったんだけどね。あの家の養女だったらしいんだけどねぇ……」
――そうか、血が繋がってないのか……。
濁された言葉尻に、青年は深く考えるのを止めた。
未だ屋敷周辺には明かりが灯されていない。
(終)
◆◆◆
この文章はツイキャスで毎週配信されている、怖い話が聞ける『禍話』のザ・禍話 第二十九夜(2020/10/10)にて約48:58から語られたものを書き手なりに編集および再構築、表現を加えて文章化したものです。
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