禍話リライト:お迎えコンビニ
その土地には以前、何があったのか。
元号は平成、四国地方の大学生の話だ。
彼は一年生のときに頑張って単位を取得したぶん、二年生になるとバイトをしようと思い立った。求人雑誌を適当に見渡し、全国展開もしているコンビニでのバイトを決めた。
就業時間は融通が利くらしく、店長から「週に1~2回でもいいよ」と話された。口約束は後々無視されることが多いものの、この店は店長の言うとおりにシフトが組めた。
いいところだと彼はありがたく思いながら勤め始めたが、ひとつ気になるところがあった。従業員達がやけにさっさと帰るのだ。交代時間になるとロッカーで話したり、だらけもせずに店を後にする。
違和感はあるが彼にとっては初めてのバイトだ。こんなもんかなと考えてみると、店内に人はいても外にはあまり人影がなかった。
営業する場所は郊外でも学生街の近くだ。少し歩けばゲームセンターもカラオケもある。どの店もコンビニと同じで中は賑わってはいるが、外は人がいない。治安が悪いのかとも彼は考えたものの、いまいちピンと来なかった。
そのうち夜のシフトが三十歳過ぎの女性従業員と被るようになった。服装規定に半袖長袖のどちらでも構わないのもあるのか、彼女は季節関係なく長袖を着ていた。その右手首の裾からは数珠がちらりと覗いている。彼は女性のお洒落に詳しくない。が、アクセサリーとしての数珠ではなさそうだった。
どれだけ学生街が近くても深夜のうちには暇になる時間帯がある。その日は翌朝に必要な搬入もまだ到着せず、二人で暇を持て余していると女性から彼に声を掛けてきた。
「〇〇くんってそのー……数珠とか持ってる?」
何を急に訊いてくるんだと訝しげに感じながらも、彼はてっきり葬式などがあったときの話かと思って答える。
「数珠はあの、何かあったときのために家にはありますけど」
「違う違う違う、今持ってる?」
「今は持ってませんよ」
半笑いの答えに、あくまで普通の会話を続けるテンションで彼女は続けた。
「え、店長から聞いてないの?」
「何も聞いてないっすよ。なになになに」
掘り下げようとする彼に女性は「へー……そう」と曖昧に場を流し、一旦会話は終わった。
糸口の掴めない会話から数日経ち、人の気配がなかったコンビニ前で三人の学生がたむろするようになった。どうやら隣町に住んでいるらしく、地元警察の厳しい目を掻い潜るために町外のコンビニを選んだようだった。彼らは特に悪行を働くわけでもない。ただ集まることに価値を見出して話し込んでいる。
目立つ害が無いのにも関わらず、バイトの彼以外、店長を含む従業員全員が過剰なほど非難めいた視線を彼らに向けていた。時々「暗いから帰ったほうがいいよ」と声をかけては生返事をされ、居座られる様子も目撃した。
バイトからしたら、放っておけばいいのにとも思えた。別にコンビニの印象を損ねたり迷惑をかけてもいない。何度も注意するほどの人数でもないだろう。
しかし彼は自身の立場を考えて、自分だけが浮く意見は言わずに静観していた。
九月になり、彼は数珠を着けた女性従業員とまた二人きりで夜間のシフトに入った。彼女はなかなかの美人で、同じ空間にいられることに彼は内心浮き足立っていた。
小雨がちらついた影響か、店員の手が余る中途半端な時間が生まれた。店からは客が捌け、どこからともなく現れる例の三人だけがたむろっている。
いつもの光景だと彼は思っていたが、彼女だけは妙に雰囲気が違っていた。レジではそわそわと落ち着かない様子で小さなミスを重ねたり、手足をどこかで軽くぶつけたりもしている。挙動不審とも捉えかねない状態だった。心配して手元を見ると、右手だけだった数珠が左手首にも着けられている。
両手に増えている数珠に驚いた彼は思わず茶化した。
「ちょっと、何か変な宗教に入ってるんですか?」
「いや。ここ一年起きてないから、そろそろかと思う……」
冗談だとわかる発言に彼女はおそるおそる、かつ真剣に答えた。しかし彼は自分との話の前後が繋がらないと感じた。
「は? 何が?」
「まだ聞いてないの?」
驚いたのは彼女のほうだ。
「聞いてませんよ。なんすか」
「ここね、【一時的に集めてる】とこだったんだよ」
一時的に、集めているところ……?
彼にはまったく言葉の意図が汲み取れなかった。表情をはっきりさせない彼の心境を言った側も察したようだった。
「〇〇くんって地元の人じゃないの?」
「俺、地元は全然違う県で」
「あっ、そうなの。それで言ってないのかな……でもね、ちょっと待ってて」
そう言うと彼女は店の奥へに消え、自身の鞄を持って戻ってきた。
「これ持ってるほうがいい」と、鞄のなかからどこかの御守を取り出して彼に渡す。しょうがなく受け取ると首から下げるように指示もされ、困惑するしかない。
「そろそろ起きるって何が起きるんですか」
「いやちょっとね…………あれ!? あれ!?」
「えっ、ど、どうしたんですか!?」
答えぬまま、彼女はまたバックヤードへと消えていく。従業員用の休憩室で酷く咳き込んでいるようだった。
あまりにも奥で噎せる彼女が気になり近付こうとしたときだった。彼は全身で圧を感じた。
重力がかかるはずもなく、室内で風が吹くわけがない。ましてや熱風などありえない。それでも、このままレジにいてはよくないと自分でも意味不明な直感に苛まれてしまった。戸惑いながらも彼は直感に従い、彼女と同じように裏へと引っ込んだ。
休憩室では先客が床に四つん這いになり「ヤバいヤバいヤバい」と連呼していた。
何がヤバいのか彼にはまったくわからない。ヤバいも何も、確かに店員が二人揃って奥にいるのはマズい状況だろう。搬入のトラックはまだ来ていないが、外ではあの三人がたむろしている。店として成り立っていない状態だ。
行きたくなくても、バイトなりの責任感で戻らなければと葛藤していた最中だった。
外から音が聞こえた。
ファーン。
間延びしたクラクションのような音だった。大通りに面したコンビニであれば、普通なら乗用車のクラクション音だと思ったはずだ。だが何故か彼には葬儀場から出発する際に鳴らされる、霊柩車のものに聞こえた。
たったそれだけで霊柩車だと思ってしまった瞬間、今ここから出てはいけないと彼はその場に立ち尽くした。彼女はあの体勢のまま両手にはめた数珠を撫でさすり、難しい念仏を唱え続けている。
行ってはいけないと頑なに動かず、気付けば十分ほど経過した。ようやく大丈夫だと思えてきていた。まるで誰かに肩を叩かれて合図されたかのようだった。その間、あの音は二度と鳴らなかった。
女性もゆっくりと立ち上がり彼の姿を確認して、慌てた声をあげた。
「うわっ、ちょっと大丈夫!?」
「え? ……うぅわ!? やべ、痛たたたたた、いて、いってぇ……!」
彼は唇から血を流していた。無意識のうちに全身へ力を入れ、噛み千切らんばかりに唇を噛み締めていたのだ。言われてから気付き、驚きと遅れてやって来た痛みに混乱しながら処置に右往左往する。薬を探しながら彼はそういえばと思った。
中にいた自分達がこんな状況なら、外にいた彼らは大丈夫なのだろうか――と。彼らの様子を確認するべく、二人は表へと向かった。
ガラス越しにたむろしていたはずの三人は、二人しかいなかった。確かに三人いたはずだ。バイトの彼が自動ドアから外に出るも、他には誰もいなかった。
車の影かたちもなく、クラクション以外の音もあれから一切していない。音の正体がわからない。人もひとりいなくなっている。怖いと思い始めた矢先、ぱっと周囲を見ればバイクはきちんと三台とも駐輪されていた。
これは、聞くしかないだろう。意を決して彼は背を向けている学生達に話しかけた。
「ねえ。おにいちゃん達、おにいちゃん達。もう一人いたでしょう?」
しかし一向に返事が来ない。仕方なく彼らの正面に回ると、酷く肩を落としてうな垂れていた。理詰めで追い詰められ、完膚なきまでに論破されたかのような落ち込み具合だ。
何事かと一瞬は怯んだが彼は負けずに、比較的人の良さそうなふくよかな青年に話を聞くことにした。
「ちょっと、ね。三人いたじゃん? バイクも……これ、残ってるけど。どうしたの。ねえ、いないじゃん。いないじゃん!」
訊かれた方ではないもう一人が、ぼそっと答えた。
「今あのー、ケンジと一緒に見送ったとこなんスよぉ」
ケンジと言うらしい青年も静かに頷く。
「今、見送ったトコなんスよねぇ……」
一瞬で寒気が彼の体温を奪っていった。肝の冷える恐怖を一人で抱えきれず、戻るとすぐに女性へと報告する。彼女も戦慄してすぐさま店長へと電話を繋いだ。
連絡を受けてやって来た店長は「今日いいよ、あとは俺がするから」と言い、二人は早めに店から帰らされた。そのぶんの給料は後日きちんと振り込まれてはいた。
あの消えたひとりは行方不明のままだった。バイクを残して人ひとりが消えたというのに警察沙汰になった様子はあまりなかった。さすがに捜索は一日目に行われたかもしれないが、積極的な雰囲気がない。
コンビニ内で直接「この店には何かあるのか」と訊くのは憚られたため、彼は大学でさりげなく同級生たちに尋ねてみた。
「え、知らないの?」
「知らないで夜中バイト行ってたの!?」
「ああ、だからか!」
彼らから言わせると、学生であのコンビニに行く人はいないらしい。夜には地区外の人しかいなかったことを指摘されると、彼も素直に「ああ」と頷けた。しかし、どんな理由があって何があるのかまではまだわからない。
「だから【一時的な】ね、【置き場所】だったのよ」
「それ、職場の人に言われた。何の【一時的な置き場所】なの?」
「いや……その、ね」
同級生の声のトーンが一段、低くなった。
「郊外とかで、山とか近いじゃん?」
近いと言われてみれば、コンビニは山に近い土地だとは言えよう。
「トンネルとか、ダムとか奥行ったらあるんだ。まあ、それ昭和の初期とかに作ってて……何かあるじゃん」
時代も時代だ。現代に比べたら安全性も重視されず、確保もされない。何かあると言われたら、その通りだと彼も思った。
「何かあったときのために【置き場所】にしてたんだよ」
事実に気付いた彼は、すぐにバイトを辞めた。
(終)
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この文章はツイキャスで毎週配信されている、怖い話が聞ける『禍話』のTHE 禍話 第9夜(2019/09/18)にて約3:49から語られたものを書き手なりに編集および再構築、表現を加えて文章化したものです。
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