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年の瀬

年末ということで、逃げた魚の2024年を振り返ってみます。

1月

現在のサポートメンバーで初のバンド編成でのライブをpangeaで行いました。後に結婚式にも出席する藤原くんのお誘いでした。藤原くんの後押しがなければ、逃げた魚のライブ活動は始まっていなかったかもしれません。それくらい、背中を押されました。色々落ち着いたらまた、対バンしようよ。

2023年の年末に、今のメンバーで初めてスタジオに入って、ベースのかすみんとは全くの初対面だったので、めちゃくちゃ緊張してたのを覚えている。だけど、最初のスタジオで既にとても良い手応えを感じて、すごくワクワクしていたのと同時に、やっぱり久しぶりのライブだったので不安も多いにあった。

だけど、いざ本番。「夢を追わないバンドマン」を弾き語りで歌った後、メンバーが出て来て「かくれんぼ」の一音目を鳴らした瞬間。

これだよ!これなんだよ!

演奏が終わると、いつのまにか目頭が熱くなって泣きそうになっていた。ソロでやっていくと強がってはいたけれど、やっぱり昨年メンバーが休止したのは寂しかったし、かなり精神的に参っていたのかもしれない。だからこそ、誰かと音を合わせる感触が、その日とても愛しく感じて涙が溢れたのだと思う。

その後、ホームのFireloopで2回目のバンド編成。そして、1月の終わりには、弾き語りで名古屋の「反撃文化祭」に参加した。

昨年11月に発表した弾き語りアルバムから「オーバーゲームオーバー」という曲と、年明けにMVを公開した「もしも僕が僕だったなら」の2曲を演奏した。
この日、温かく迎えて入れてくれた反撃メンバーと篠さんには感謝してもしきれない。関西では音楽仲間とも疎遠になってしまっていて、新たな繋がりを作ることにも億劫になっていた僕にとっては、人の温かさに再び気付けた大事な日で、この日以降も「鍵」くんとコラボキャスをしたり、SNSで気にかけてくれる人が一気に増えた気がする。みんな関東だから、なかなか会えないけど、またいつか反撃メンバーに会いたい。

2月

反撃文化祭が終わってすぐ、梅田シャングリラで弾き語りライブ。懐かしい友人と再開し、話は盛り上がり、後日一緒にスタジオへ。
ピアノとギターという新たな編成の可能性を見出しつつも、まだ一度しか合わせられていない。遠くない未来で、またピアノ弾いて欲しいな。
従姉妹の結婚式で親父とスピッツの「運命の人」を歌う。

3月

サポートメンバー2人が在籍する「フェイクファー」のラストライブに参戦。同じ大学の軽音サークルの懐かしい面々が大集結。ライブも多いに盛り上がり、愛され惜しまれながら解散したフェイクファーが少し羨ましかった。
藤原くんと、ももか氏の結婚式に行った。良い式だった。帰りに篠さんの路上ライブをみんなで見に行く。

4月

ここから毎月お世話になる、2つのライブハウスに初出演したのは4月。神戸PADOMAと京都GATTACA。まさか毎月出るようになるとは、思ってなくて、どちらも僕の音楽に真摯に向き合ってくれる素敵なブッキングの方と出会えたことは、この上ない幸運だった。
今のメンバーで初めて1からアレンジを作った「かといって」を初披露。
暖かくなったので公園で歌いはじめる。

5月

PADOMAでのライブ前に、みんなでロープウェイに行った。メンバーとも少しずつ打ち解けてきて、絶賛バンドって楽しい〜状態。

6月


逃げた魚、初のバンド音源シングル「かくれんぼ」リリース

福島EARTH DIVER最初で最後の出演。カレー美味しかった。

7月

初のバンドでの関東遠征。アラレループのレコ発に呼ばれて埼玉へ。夜8時頃出発。道中、メンバーと色んな話をしたり好きな音楽をかけたりして、さらにメンバーとの絆が深まった気がする。
早朝、越谷に到着。スーパー銭湯で仮眠を取ろうとしたが、全く眠れずEASY GOINGSへ。
アラレループのカナイくんは、僕にとっての今年のMVPで、よく長電話したし、その度にお互いの抱えている悩みを吐き出し合って、少し楽になれた。友達は多くなくていい。だけどやっぱり、人生には1人くらいは何でも話せる親友って必要だと思った。
今度は大阪で会う約束をして、僕らは帰路に着いた。

8月

私小説の連載を始めた。今年で弟の7回忌だった。
この夏は無理だったけれど、いつかちゃんと製本して作品にしたい。

9月

オイカワ&チモト生誕祭に出演。久しぶりにアサモドキの曲を2曲演奏した。

それでも世界が続くならが活動休止した。

10月

「影」のMVを公開した。

楽曲以上に個人的にもっと評価されてもいいアニメーションだと思う。目黒さんの絵は素晴らしい。

10月の終わりに、とあるレコーディングをした。僕の人生の転換点となるかもしれない。

11月

PADOMAとGATTACAの編成が、この月は入れ替わった。バンドも弾き語りも、良かったと言ってもらえた。

来年2月のレコ発を発表。同時に緑山はやとさんのジャケットも公開。昨年に引き続き、本当にお世話になっている。

猫の日。来てな。

最高のメンツが決まった。一番ワクワクしているのは、自分自身かもしれない。

12月

地域の無料イベントで公民館で歌った。
人生初の路上を黒瀬まりなさんと行った。
初めてライブハウスにも出た。
ついに、ミニアルバムの全曲のミックスが来週終わる、、!はず、、

まとめ総評

個人的には、充実した1年だった。そりゃ、他のバンドと比べたら集客も相変わらずだし、再生数も投稿する度に減ってるし、状況は一年前と何も変わっていないかもしれない。
だけど、1番大きかったのは、なんといっても人間関係の変遷と拡張だろう。
2023年。一人ぼっちになった僕は、ひっそりこそこそインターネット上のみで、楽曲を発表していくつもりだった。だけど今年2024年。
共に音を重ねて来たメンバーをはじめ、ライブハウスの人達、反撃メンバーや対バン、新しい音楽との出会い。そして、何より興味を持ってくれた方、興味はなくても聞いてくれた人、相変わらず応援してくれるかけがえのないあなた。
全ての出会いに、本当に感謝しかないです。捻くれている暇もないくらい、人との関わりがこの1年を鮮やかに彩ってくれました。
確かに人間関係って良いことばかりじゃないし、時に煩わしいし、失望することもある。
だけど、それがあったから生まれた曲もあって、人間って愚かだよなとか、人間なんて嫌いだと思うことの方が多いけど、きっとそれすら「繋がり」であるのかもしれない。
他人が許せなかったり、愚かに見えてしまうのは、きっと人に興味があるからで、きっと自分の中にもそんな許せない「人間」がいるからだ。不快感の正体は断ち切れない「人の性」そのものなのかもしれない。
それでも、僕はこの繋がりが破滅への導火線であったとしても。きっと、それを手放すことは出来ないのだろう。それほどまでに、繋がりとは「安心」そのもので、人生においてなくてはならない調味料なのである。
それなら、この繋がりを今は目一杯大切に握りしめて「離すもんか」と息巻いてみる。僕は僕の信じたい人を信じ抜くし、決して裏切るようなことはしない。僕に出来ることは後にも先にもそれだけで、それを体現出来るのが僕の音楽なのだから。

来年は飛躍の年と呼べるように。今はまだ、川底で冬の空を見上げる魚であった。



P.S

人間関係は変わっていくけれど、巡り巡って再開することだってある。


まさにこの日は「再開」と呼ぶに相応しい日となるだろう。新年1発目。1月17日。
再開出来ることを願って。

取り置きなんかしなくていい 約束なんていらない

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